第27話

「むぅ。文面はどうしよっかなぁ」


まな板のように切り出した、手頃な板を前に頭を捻る。


傍に侍るアプリ―リルも、公式文書に触れる機会はそもそも無かった為、定型文は望むべくもない。


境遇を思えば。文字の読み書きができるだけでも十分、努力家だと思う。


今回、襲撃してきた長耳族エルフは12人。


全て返り討ちにしてしまったため、向こうの陣営に事の次第を伝える者がいないのだ。


使者を出そうにも、アプリ―リルを向かわせるには酷だろうし、かと言って他に適当な人員も居ない。


また、襲われた側が釈明に向かうというのも変な話である。向こう的には狩りの獲物どころか害獣の認識なのだろうが。


よって、看板を立てて向こう側の様子見に送ってくるであろう長耳族エルフに情報を提供するのだ。


下手に放置して、二次被害。三次被害と犠牲者が増えていっては互いにとって良くないだろう。


これまで数年間、干渉なしにやってこれた間柄である。


触らぬ神に祟りなしとばかりに身を引いてくれればそれでいいのだが。


「襲われたので返り討ちにしました。だけではダメなんですか?」


「最低限それは書くけどね。”誰が”のところにトロルと書くと信じてもらえるかどうかが微妙で」


掛け値なしの真実なのだが、トロルが字を書くとはこの世界において豚が逆立ちするのとほぼ同意にとらえられている。


受け取ったものが考えれば考えるほど、陰謀めいた何かを感じ取るだろう。


無論、そんな事実はないので徒労にしかならないのであるが。


「ま、それで手控えしてくれれば十分かな」


エルフの里を相手取った戦略など、うちの王に描けるはずもないのだが。勝手に警戒して敬遠してくれる分には万々歳だ。


「”過日、無法にも我らに襲い掛かりし長耳族エルフを討ち果たす。共存の意思なき者、この地に踏み入るなかれ。トロルの王” こんな感じかな?」


「自分はエルフ語で同じように書けばいいんですね」


この地で用いられている文字は表音文字のようで、習得は比較的楽だった。共通語イヴリートと言うらしい。


ブラウンによると、識字率はあまり高くないとか。


それでも、旅をするものならば集団の中に一人は読み書きできるものが居て重宝されていたるするそうだ。


エルフ語は、同じく表音文字なのだが、擦過音を表現する記号がやたらと多く妖精語を元にしている筈なのに、使用者は長耳族エルフだけという汎用性に欠ける言語だ。


サ行だけで12通りあると言えば分かりやすいだろうか。


「あとは杭でも打って立て札にしておけば勝手に周知してくれるでしょう」


無論、どこの勢力の罠かと疑心暗鬼に陥るだろうが知ったことではない。


問い合わせに来るなら応えるが、襲撃者たちの反応からして可能性は低いだろう。


礼を取らぬものに返す義理は無いのだ。


「プリンセ様。襲われたばかりですし、自分が付いて行けないのは兎も角、供回りは連れて行ってくださいね……?」


「あー。うん、流石に一人二人はついて来てもらうよ」


後ほど父らに伺ってみたところ、食堂に大勢で居るところに聞いたのが悪かったのだろうか。


おでが、おでがと大騒ぎになり、最終的に乱闘によって同行者が決まった。


人気者ですね、と微笑ましく見守ってくれるアプリ―リルは大分うちトロルの流儀に馴染んだものだと思われる。

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