第26話

「……なんともないね。よし、ちゃんとお肉を食べるように」


「グォ、お、おで。おで、いっぱいくう!!」


図らずも長耳族エルフと戦った、狩りに同行したメンバー最後の一人を検診し終わった。


彼は確か、炎の魔法で丸焼きにされていたのだが、改めて見ると火傷らしい跡すらない。


どうやら帰宅、一風呂浴びてこれから飯といった短時間の間にすっかり癒えてしまったらしい。


その分、エネルギーは消費するのか、食堂から聞こえてくる喧騒はいつもの5割増しである。


傷の具合を確かめるために引き留めていた彼も、遅れてはならじと食堂へと駆けこんで行く。


「その、プリンセ様。襲撃があったって本当ですか……?」


傷は残っていないものの、狩りに出た者たちの衣服は武器による損傷や返り血でボロボロだった。


アプリ―リルが不安そうにしているのも無理はない。襲撃してきたのは長耳族エルフだったというのも既に伝えている。


おそらくは、元々アプリ―リルが居た里の者だろう。エルフはあまり個体数が多くはない。


「エルフは大体似たような顔や髪型をしてるから、見分けはつき辛いけど。指揮をとってたのはだいぶ慇懃いんぎんな感じの少し生え際が怪しい男だったね」


戦士長、かな。多分。と、改めて役職を教えてくれる。真っ先に逃げてたけれど、一応は長なのか。


「この度はご迷惑をおかけして、誠に……っ!?」


「アプリ―リルが謝る必要はないよ。追い出した里の奴らが、益体もない理由でやらかしたって事なんだし」


謝罪の言葉を遮って、下げようとした頭を押し留める。


それに、報いはしっかりと受けている。


内側から破裂して爆散は、あまり体感したくない死に方である。戦乙女の槍に貫かれた、と表現すれば大分名誉な感じもするのだが。


真面目なアプリ―リルはそれでも責任を感じているのか、顔色が悪い。


私自身、キングが倒れた時は我を失ったし、怒りも覚えたものだ。


警告もなく、ただただ一方的に命を脅かされるなど理不尽極まりない。分かってはいたが、人と見做されないのは意外ときついものがある。


「けれど、多分もうみんな忘れてるから」


心臓を射抜かれたはずのキングには流石に心配もしたのだが、元気に暴れまわっていたし、風呂も食事も一番に堪能していた。ついでに局部も元気にぶらぶらしていた。またパンツを履き忘れていた模様である。


「気になるようなら給仕を手伝ってあげて。今日はほんと何時もよりお腹空かせてるみたいだし」


「は、はい! プリンセ様も食堂へ向かってください」


ぱたぱたと駆けていくアプリ―リルを見送る。


返り討ちとはいえ、かつての同族エルフを惨殺したのだが、申し訳なさはあっても忌避感などは特にないようだ。


食べるためには生き物を殺さなくてはならない、生殺与奪が身近な世界だからだろうか。


私自身、一族は大切であるが、他の群れのトロルが襲われたとしても怒りなどは覚えないだろう。


近場であれば、こちらも襲われないかと警戒はするだろうが、あくまで身内大事の意識が根幹である。


差別とは、無理解と無関心がその根にある。


悲しいことではあるのだが、生きるに厳しいこの世界では多すぎる死に逐一心を痛めるのは辛いことなのだろう。


仲間を慈しみ、遠き死には泰然と。そして、敵は殺す。


今だ多少なりと動揺している自覚のある私は、甘すぎる。名前通りのお姫様といった所だろうか。


グゥ。


言葉を話す生き物と殺し合った後だ。食事なんて喉を通らないかと予想していたが、無用の心配らしい。


あまり遅くなると、それこそ皆に要らぬ心労を掛けてしまうだろう。トロルにとって食事を抜くというのは、焼き鏝を握りしめる行為に等しい。


食べて、笑って、寝る。


他は全て余禄である。シンプルだけれど、逞しいこの生き方は好ましい。


思い悩むのは一時棚上げ、腹を満たそう。それこそが我らトロルの生き方なのだから。





『なるほど、心臓にぐっさりと。その上で矢を生やしたまま二人仕留めて、しかも自分で矢を引き抜いたって?』


なんで生きてるの王サマ。そんな古家精ブラウンの思わず漏れた呟きには、同意するところしかない。


「最初は出血も酷かったし。確実に致命傷だった筈なんだよね」


だからこそ私も激高した訳で。まさか、掛かれの合図で諸共飛び掛かっていくとは思ってもみなかった。


「精霊魔法に傷を癒すようなのってあるの?」


『ないない。命を育んだり、成長を促したりくらいならあるけどさ』


そういうのは神聖魔法の領分だよ、と。そうだよね。


つまり我がキングは、自前の体力と生命力で心臓に穴が開いても耐えきったと。


化け物かな。そういえば一部では扱いが怪物モンスターだった。もありなん。


「他も大なり小なり怪我してたんだけれども」


『帰り着くまでにすっかり治っちゃった。かぁ』


呆れたような声が上がるが、私が何かしたわけではないのだ。生来の機能である以上、単なる種族差である。


『ボクもトロルと一緒に暮らしたのは初めてだから、そこまで詳しい訳でもないけどさ』


世間一般に語られるトロルはもう少し控えめな性能をしているようだ。


頑強性も、筋力も。それこそ体力・生命力も、栄養状態に強く依存する以上、それらが十全に満たされたうちの一族トロルのスペックは別格の様だ。


『謂わば上位ハイトロルだね』


「ご飯食べるだけで進化するの。うちの種族……」


かつての地球においても、支配階級・戦士層と被支配階級での能力の差は、普段食べている物の差だった国などもあるのだけれど。


『まぁ、それはそれとして。戦闘で破れた服の補修だね』


「うん。燃えたり破れたりもあるけれど血塗れだからね。ついでにこの機にもう少し布を足そう」


皮の腰巻か、胴衣くらいだったが、生産や取引で布地も増えているのだ。


あまり複雑な衣類だと着脱に難儀もするし、森を駆けるのには向かないだろうけれど、腰帯で締める丈夫な貫頭衣くらいなら問題ないだろう。


腰巻やベストをその上で身に纏えば威風堂々として見栄えも悪くない。


それに、布一枚とはいえ丈夫さには行商人の折り紙がついた、偽イグサ布。撥水布はっすいふを使うのだ。


多少は防御力の向上にも期待できる。


「金属の鎧を着せる訳にもいかないし……」


重さは苦にしないだろうが、トロルは動きにくければ引き剝がす。必要性も理解しづらいだろう。父王に至っては未だパンツすら履き忘れる。


鎧に慣れてもらうためにはそれなりに時間が必要だ。


硬皮ハードレザーでも縫い付けとこうか。上半身だけだけど、首と心臓はガードできるよ』


蜜蠟で煮た革は樹皮程度には固くなる。ルネサンス期貴族のような立襟シャツに構造は近い。


「十分だよ。ありがと、ブラウン」


『同じ屋根の下に住んでるんだ。ボクも王サマ達に親愛の気持ちを持ってるんだよ』


そういえば、と。布地と革を合わせながら思い出したように訪ねてくる。


『王サマの名前を交わした相手、戦乙女ヴァルキリーだったんだねぇ』


「そうだね。ちょっと意外だったけど……」


地水火風の自然の精霊は割とそこら彼処で見ることができる。反面、古家精ブラウニーを含めた人の営みを司る精霊は極めて珍しい。


連綿と続く、人類種族の歴史から寄り添うようにして生まれた、自然精霊に比して新しい属種であるのだ。


その中でも、戦乙女ヴァルキリーは戦場。勇者と呼ばれるものに寄り添う精霊だと言われているそうだ。


精霊使いは、相性が大きくものを言うのは体感している。だが、我が父ながら高潔さともカリスマ性とも無縁なキングのぐふぐふ笑いを思い返すと如何にも納得が行き辛い。


『そうでもないんじゃない? だってあれでしょ、王サマ。勇敢かどうかは分からないけど』


恐れるってしたことないんじゃないかな。などと。


なるほど、彼我の差を以て想像するが故に人は恐怖を抱く。


父はおそらくそこまで頭が働かないのではないだろうか。酷い理由で気に入られた勇者も居たものである。


「光で出来た槍のようなのを投げてたんだけれど、あれが魔法?」


『あー。うん、勇者に聖剣を授けるって伝承が割と知られてるかな』


力の限りぶん投げてたなぁ。もともとそういう魔法なのかと思っていたけれど、投擲は想定外な使い方な気がひしひしとする。


「盾は投げるものだよね。フリスビーみたいに」


何の話? と、訝しむブラウンに、前世の与太だよと返して服の穴を繕っていく。


当て布ならぬ当て革だ。折角だから星っぽいアップリケにしとこう。


『ねぇ。プリンセ』


「なに? インナー終ったのなら、アプリ―リルが浴場のほうで待機してるからそっちへ」


『ああ、うん。思えば中々ハードな仕事任せてるよね、あの子。それはそれとしてだよ』


わざわざ居住まいを正してまで、何を言うのかと訝しげに見ていれば咳ばらいを一つ。


『君が無事でよかったよ』


若干照れ臭いのか、落ち着かなげに身動ぎをする。


『ほら、ボクはどうしたって争い事には向かないもんだから。せめて気持ちくらいはね』


精霊使いは、友誼を交わした精霊に頼む以外にも魔法を扱うことはできるが、効果は一段落ちる物になる。


火や土の精霊と名を交わしたものに比べたら、私の魔法戦闘能力は確かに劣るだろう。


「ありがと。文字通り、気持ちだけ受け取っとくよ」


だけれどそれが如何したと流してしまえるような話だ。


大体今を以てして、ボロボロになった衣類を、修繕・洗浄・縫製・形成と能力をフル活用して繕っている最中である。


それに、戦場において私に出来たのはただ掛かれの合図を出しただけ。


殺す、と。意を以て発したものとは言えど、実際に動いたのは一族の皆であるのだ。


生命の危機において、真っ先に頼りにしたのは魔力ではなく筋力である。


大抵の危険は、物理的に押し退ければ何とかなるという経験則に用いた判断。


すなわち、脳筋思考である。


改めて己の性根が、トロルに染まりつつあるなと鑑みる。素直に喜ぶべきかどうか判断の分かれるところだ。


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