第25話

「グゴォオオオオオオオオォォッ!!!」


咆哮が森を震わせる。それが自分の喉からほとばしったとは思えない大音声。


攻め方のエルフ達が、一瞬顔をしかめて手を止める。


そしてその一瞬で、彼らの見ていた景色は様変わりした。


「は?」


手近に居た槍を持つエルフが目にしたのは、視界一杯に広がるトロルの巨体と掌だった。


頭を掴まれ、こきゅりと捻られる。たったそれだけで、彼の長い一生は幕を下ろした。


同様の光景がその場に居たトロルの人数分行われていた。


「な、せ、戦士たちが!? おのれ、醜き怪物め!」


ならば射殺してくれると、矢を放つ弓持ちに向かいトロルが跳ぶ。


元々、トロルは足が遅い。巨体と足の短さゆえどうしてもどたどたと不格好にしか走ることができない。


そんな彼らが、どうやって野生動物を狩るかというと、こうして跳躍して仕留めるのだ。兎や猫科の動物の動きに似ているだろう。


そして、彼我の間隔が縮まり。距離を詰めて掴んでしまえば。


「ひいっ、や、やめ――こぺ!」


トロルの腕力に耐えられる生き物はそう多くはない。


手あたり次第、捕まえては首をへし折っている彼らに、私がしたことは単純だ。


ただ、王に変わって合図を出したに過ぎない。ただ単純に”狩れ!”とだけ。


同胞たちは迷わない。合図があったのなら、全力で事に当たるだけだ。


エルフがトロルに仕掛けたように、単なる獲物として無慈悲に命を奪ってゆく。


少々矢や火を食らおうとも、頑健で丈夫な生命力あふれる彼らの動きに陰りなど微塵もない。


中でも、両手に一体ずつエルフの頭を握りしめ、握力のみで粉砕してのけたのはひときわ巨体なトロルであって。……ん?


「グォアァアアアアアアッ!!!」


キングだった。錯覚でも何でもない、死体になったエルフをぶち当てて木の上に陣取る生き残りを落としてたりする。胸にまだ矢も刺さっているから間違えようもない。


あ、引き抜いて大量の血が。やっぱり致命傷の筈で―――ええ。見てる間に止まった。


魔法の火を放って牽制してくるエルフがうっとおしかったのか、キングは手近な樹を引き抜いてぶん回す。


虫みたいに叩き潰されるエルフに多少同情心も沸いた。


そもそも止めようにも攻撃中止の吠え声なんて無いので如何ともしがたい。


「て、撤退だ! 体勢を立て直す!」


当初より指示を出していたエルフは全体を見るために一番後方に居た。


ほぼ壊滅状態に陥ったが、それでも数名の同族を纏め踵を返し逃げていく。


長耳族エルフは身軽にして俊敏だ。地を蹴る足も長くトロルでは追いつくことは叶わないだろう。


「グォ! お、おで。キング! おで、なんかいたかった!!」


興奮状態のキングの回りには一族の仲間がいる。そしてキングは逃げていく指揮官を真っすぐ見据えており。


「バルク! やり、かす! お、おであいつ。しとめる!!」


咆哮搏撃ほうこうはくげき。次の瞬間―――



感じられる気配は、強大ながらも凄烈。その姿は、鎧兜を纏った乙女の姿を象りキングの呼びかけに応えている。


戦乙女ヴァルキリー。勇気を司り、怯懦を嫌う。上位を超えた王の位階を持つ精霊。


「グロォアアアアアアアアアォァァッッ!!!」


キングの全身の筋肉を躍動させて放った槍は、一塊となって逃げる長耳族エルフを纏めて串刺しにた。


あまつさえ、それでも止まらず飛び続け、たまたま進路上にあった大木へと貼り付けにした後諸共爆散した。


ぼとぼとと、だいぶ離れていた筈なのにこちらにまで肉片らしきものが降ってくる。


恐ろしい威力であるが、考えてみれば当然か。上級の火精霊であれば街一つ焼くことが適うという。


それを超えた精霊王のクラスの魔法、それをバカみたいな膂力を誇るトロルが全力で叩き付けたのだ。


脆い耐久力しか持たないエルフが原形を留めていられるはずもない。豆腐に120ミリ戦車砲を放ったようなものだ。


雄々しく咆哮をあげるキングと、一族トロルを前にして。


気の抜けた私は、情けなくもへたり込んでしまった。立ち向かうと覚悟を決めていた筈なのにこの為体ていたらく


言葉を交わせる相手との殺し合いは、想像していた以上に負担だったようだ。


向こうに対話する気はまったく無かったのが良かったのか悪かったのか。


なんにせよ狩りは後日に回して出直すべきだろう。矢傷に火傷に切創、ほぼ全員何かしらの手傷を負っていたのだ。


そのはずだ。私の前にエルフの死体を積み上げて誇らしげに喉を鳴らしているけれど、一歩間違えれば死ぬ怪我だった。


確かに合図を出したのは私だが、別に獲物として欲しい訳じゃないので持ってこなくともいいのだけれど。罪悪感が微妙に刺激される。


野ざらしにする訳にも行かないので、その場で穴を掘って埋めてゆく事にする。


冥福を祈る義理もないが、疫病や悪臭の元になっても困るが故の最低限の土葬だ。


獣のように狩り殺そうとした相手に埋葬までされるのは、エルフには恥の上塗りかもしれないが、そもそもが突然襲い掛かってきた外敵である。


聞く限り理由も欲望に端を発した理不尽なものであったようだし、遠慮もいるまい。


墓碑も何もない、ただ掘り返して埋めただけの墓地は数カ月もすれば森に飲まれて何処にあったのかすら分からなくなる。


森に還るのだ。森林の守護者を語る長耳族エルフに相応しい末路であるだろう。


砦へと帰るころには、当初の目的などすっかり忘れ。皆、腹が減ったと何時もの如く騒ぎ立てていた。

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