第23話
『いやぁ。びっくりしたねぇ。まさか魔獣を連れて来るとは思わなかったよ』
からかい口調のブラウンを押しやって、薄く割った石のタイルを壁に貼り付けていく。
石灰石の粉と粘土を混ぜて作ったモルタルを目地材にしての耐火加工だ。
正直、リンゴを焼いて食べだしたあたりで手に負えないと放逐しようととしたのだが。諸般の事情で取り止めることとなった。
悲しそうなアプリ―リルの目線に耐えきれなかったのだ。
「大人しいし、言って聞かせたらちゃんと聞く。そんな手間はかからないよ」
そう
実際、手に負えないからと放り出すのはアプリ―リルの境遇的に許容しづらい訳で。
せめてリンゴを出す前ならまだ言い含めることも出来たかもしれないが、分け合って食べたならもう身内である。
なので住まいとなる厩舎に、大急ぎで防火対策を施している。
幸いにして、カバとしても魔力のような何かを使うのか、高頻度で火を噴くようなことはない。
食事の時と、おそらくは外敵に襲われた時くらいだろう。
最大火力は流石に試していないが、少々の火なら可燃物を避けていれば対応できる。
リンゴを気に入っていたようであるし、どことなくこちらの言葉を理解していそうな素振りのある賢いカバだ。自分からローストされるような事態は避けてくれるだろう。
『
カバの頭にどうベルトを回せば固定できるかなど、実際に試す以外にないだろう。主に口の可動域が違いすぎる。
しかも火を噴くカバである。ブラウンの魔法をもってしても難題だったようだ。
「人を乗せるのに慣れてもらうから、できれば早めにお願いね」
リンゴを供し終わったあと、私もおっかなびっくり跨ってみたのだが、カバは嫌がることなく乗せてくれた。
アプリ―リルの誘導に従い、歩いてもくれたので前世も併せて人生初の乗用体験は言い知れぬ感動を覚えさせた。
思わず、マーベラスと名前を付けてしまった。名もなき野良の火吹きカバ、改めマーベラス号だ。
『
「いやいや、思いの外気分が良かったから次は駆け足で走ってみたいなとか」
企んでないよ? でも、手綱とお手入れ用のブラシも宜しくねブラウン。
まだ、温かい季節なので必要はないかもしれないがキルトで馬衣なども作ってやるといいかもしれない。
厩舎に入っている動物には手出ししないよう教えておいたけれど、うっかりすっぽ抜けるのがうちの一族なのだ。識別用の服は要る。
そして労働力として働いてもらう相手ではあるが、多分にペット感覚が入っている。
『乗るのはいいけれど。荷車とか曳かせたりはするの?』
「ううん。そっちは考えてないかな。今のところ大量の荷物を輸送する先とかないし」
そもそも、荷運びなら載せるより先に自分たちで大抵のものを運んでしまえる。
取引相手さえいれば、身一つで大量の物資を運べるトロルのキャラバン隊など編成しても良かったのだ。
下手に普人族の街にでも近寄ろうものなら、歓迎の言葉より先に矢が飛んでくるだろうから断念しているだけである。
聞くところによると、
アプリ―リルの様子を見ても、年相応でありさほど差はあるようには見えない。
トロルが力持ちの範疇を超え、半ば以上
石造りの家屋をぶち抜ける大型動物に、平気で寄り添う事が出来るのは相当な博愛主義者か、ネジの吹き飛んだ聖職者くらいだろう。
なので、荷運び用の荷車は必要ない。だが、一応需要がありそうな案も考えついてはいるのだ。
小さな踏み台状の足場に、左右に1つずつの車輪を付け高速で動物に引いてもらう事により一撃離脱を可能とする兵器。
いまだマーベラス号の最高速度がどれほど出せるのかは分からないが、火を吹くカバに曳かせる荷台に剛力で知られるトロルが乗って槍を振るうとか
惜しむらくは、侵略側としては使えるが防衛には不向きな兵科であるところか。
平和とは、お互いに殴り合えることを理解した上にこそ訪れるという。
私とて、勿論一族を戦火に晒したいなどとは露とも思っていない。
だけれど本当にどうしようもなくなった時。たとえ偏見の目が一層濃くなると分かっていたとしても、取れる手段は1つでもあった方がいいだろう。
生きることは戦いである。
傷つき倒れるトロルが一人でも減るのなら、その時は躊躇わない。
尤も、そんな戦乱の気配など欠片すらないスローライフを満喫中の身の上である。
トロルの明日より、今日の晩御飯なのだ。平和でいい。
雑談をしながらも黙々とタイルを張っていった結果、半日で何とかマーベラス号の馬房を整えた。
可燃物を置けないので、寝床は耕した土になったが満足してくれたようだ。
アプリ―リルにも懐いているので、世話を頼むことも出来る。
こうしてトロルの一族に機動戦力が加わったのだった。
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