第21話

宇宙人と初見で会話できる職業の一つに数学者があるという。


数式はたとえ言語が異なろうが、同一の結果を導き出せるものだからだ。


勿論私は、数列を2つ3つ追いかけてますと言った専門的な知識は一切ないので、中学・高校水準の数学しか修めてはいない。だが、それでも意外と活用のしどころがある。


円と、垂直と水平。天然自然から得るのが容易い基準を元に、車軸、歯車、クランクなどが組みあがる。


円を等分に分けることが叶うので、五芒星や六芒星はかつて数学者の秘奥とされていた時代もあるという。


先だっての揚水水車も、これを以て作られている。


すべからく人力作業の工作であるが、木工限定でいいならそれなりの精度で部品を作ることが叶うようになった。


大八車や、それこそ荷馬車なんかも時間を掛ければ組み上げることができるだろう。


そして、回転体を扱えるという事は機械工作を可能とする。


旋盤、ろくろ、回転砥石。製糸に製粉と、一息に文明レベルは駆け上がる。


「どうにも、手が足りないけれどね」


ぼやきながら円柱を削り出す。


自重の必要はないのだが、工作に使える人員は自分とアプリ―リルの二人だけ。


機械の動力がトロル手回し式の為に実質一人だけのワンマン体制だ。


材料集めから完成品の配置まで手を離れることがない。


日々着実に良くなっていく暮らしには満足を覚えるけれど、延々と同じ規格の板などを削っていると多少は気も滅入ってくる。


効率的であるという事は、変化に乏しいと同義である。


こうして人は、家具の足を凸凹に削り始めたんだねと実感を伴って理解できる。


そして作る側の意識としてもだが、使う側としても簡素な物より手の込んでいる物の方が価値があると見做される事も多い。


分かりやすく歓迎の意図がとれるし、居心地の良さは四角四面の部屋で過ごすよりもよほど良い。


トロルは家具の足が珠だろうが猫だろうが気にはしないが、客人までそうとは限らない。


先だって厩舎を突貫で仕立てたのも、商人に注文はしていても、歓待にまで考えが及んでいなかった私の落ち度である。


今までは一族トロルであることが大前提の環境整備がほとんどで、アプリ―リルの分だけ専用のものを設えた形であった。


勿論、主体はトロル達であるので大幅に手を入れるようなことはしないが、客室の一つ二つくらいは手を入れてみてもいいだろう。


脳裏に浮かぶのは、パンフレットなどで見たリゾートホテルの一室である。


森の中ゆえにオーシャンビューは望むべくもないが、解放感ある間取りと芸術性の高い家具なんていいかもしれない。


こうして益々手が足りなくなり、人は牛馬の如く働かざるを得なくなるのかとじっと掌を見つめてみる。


グローブのようにゴツイ掌だった。肌荒れとも無縁である。頑丈きわまりなし。


「どうかしたんですか? プリンセ様」


「ううん。何でもないよアプリ―リル。もうひと頑張りしようか」


元気よく返事を返してくれるこの子の為であるのなら、妥協は適当に締め上げてポイ捨てしても差し支えないだろう。


トロルは丈夫であるのだ。





おのれが仕事中毒ワーカーホリックではないかと疑ってより翌日。


やはり単純作業は心の健康に良くないと判じて、久々に凝った料理にでも手を出してみるかと厨房へとお邪魔する。


砦へと生活拠点を移すにあたり、調理場も勿論移築を行った。


切り出した石材で組んだ煙突付きの石窯をはじめ、トロル銀を棒状にして幾本も並べた肉焼き台。


スープなどを大量に煮込める鍋とかまどに、持ち込んでもらった乾燥ハーブ類や香辛料まで揃えた調味料ラックすら完備している。


食料庫も、取引で手に入った大麦小麦をはじめ、収穫されたした各種豆や野菜。保存の利くチーズなど量も種類も豊富にある。


これらを駆使して、単純ながらも私やアプリ―リルですら美味しいと思うような食事を作れるクインは、実は父に負けず劣らず凄いのではなかろうか。


種族が種族であれば、国一番の魔女だとか、賢者の慧知をもつ王妃だとか持て囃されていたかもしれない。


さて、肉類は父たちが狩ってくるので常に豊富にストックがある。


骨を煮込んだスープは、クインの得意料理なのでお任せするとして、今回私がチャレンジするのはハンバーガーである。


小麦粉を水でこねて、林檎酵母を混ぜて放置。その間に仲間の誰かがとってきたシカのモモ肉を、包丁で叩いて叩いて叩きまくる。


鹿肉は牛に比べると淡泊なので、猪の脂身も混ぜてひき肉にしていく。


比率は8:2程度。割とジューシィな仕上がりになるだろう。


玉葱と大蒜。塩とナツメグと山椒っぽい香辛料を適当に混ぜ、器の中で捏ねていく。


手のひらサイズに形成まで済ませて、あとは焼くだけの状態で置いておく。


そうこうしているうちに膨らんだパン生地をまるめて丸パンサイズに小分け、鉄板の上に並べていく。


パン焼きなど勿論したことがないので、これが初の経験だが、磨かれ抜いたものづくりの勘とトロルの嗅覚を信じよう。


こと食べ物に関してだけなら、人型をしている生き物の内で最高クラスの疑惑がある。あくまで推測だが。


焼けた炭を放り込み、いい感じに温まっている石窯に生地を並べた鉄板を押し込んでしばし待つ。


体感で10分から15分くらいだろうか?


じっと待っているのもどうかとは思うが、流石に並行作業しながら焼き具合を確認できるほど熟達してはいないのだ。クインはあまり手の掛からないスープなので、横で一緒に並んで手順を見ている。


小麦の焼けるいい匂いが鼻孔を刺激したので、手早く取り出す。


見た感じ、焼く前よりそこそこ膨らみ食欲をそそるキツネ色が眩しい。程よく焼けているようである。


このために用意したパン籠に盛り、荒熱を取りつつパティの準備である。


フライパンを火にかけ、強火でどんどん焼いて行く。そう言うものだとは分かっていたが、焼き場の上に設けた煙突の排煙効果が意外とすごい。


肉類は焼くとかなりの煙が出る。BBQやステーキハウスなどではお馴染みだろう。


燃焼した脂が白煙化して充満するのが原因だが、二階の高さまで伸ばした石組煙突は確りとその役割を果たしてくれているようだ。


丸パンを二つに割り、焼けたパティを載せてトマトとピクルス、少量のチーズも挟む。


手のひらサイズではあるが、その基準はトロルの掌である。十分にでかい。


一つ二つで満足するトロルが一族に居るとはとても思えないので、ガンガン量産しトレーに盛りに盛ってゆく。


ハンバーガーのピラミッド。いや、チョモランマであろうか。


菜食主義者が悲鳴を上げそうな威容であるが、やはり調理はいい。なぜだかやり切ったような満足感がある。


クインのスープも出来上がっているようなので、鍋ごと引っ張り出し二人で食堂へと向かう。


ご飯を食べる時は食堂で! と強く言い聞かせた成果か、皆守ってくれているがあまり待たせるのもかわいそうだ。


ジャンクな食べ物にありがちなのだが、なぜこうも食欲を刺激する暴力的な匂いを放つのか。


特に変わった食材を使っている訳でもないのに、大変に腹の減る匂いが漂う。


前世では叶わなかった、ハンバーガーのドカ食いというのも中々に楽しみである。


なお、食堂に運んだ後。猛り狂う者共を鎮めるために殴り飛ばした回数は、片手では足りなかった。


手づかみでモリモリ食えるのが猶更拍車をかけていた気がする。


フライドポテトまでつけなくて本当に良かった。しばらく揚げ物は封印しておくと心に決めた。

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