第20話

「なんじゃ、随分と立派な建物ができたのぅ」


「あーしらが旅立ってすぐ、かい? それでも二ヶ月も空いてない筈だけど」


呆然と砦を見上げるのは、この建物を建てるにも随分とお世話になった旅商人の二人だ。


短躯族ドワーフの行商人イグニと、有翼族フォルクの行商人ヴィンディア。


前回は様子見でもあったため、背負えるだけの荷を持って取引に臨んだのであるが、用意した取引材料はそれなりに魅力的に映ってくれたのであろう。


今回二人は荷馬車を引いて訪れてくれたようだ。


必要な物は前回伝えておいたので、多くは食料品であろうがほぼ満載にして尋ねてくれたことは素直に嬉しい。


ある意味生命線を握られているに等しいが、こちらも彼らの相棒たちが欲して已まない、お酒トロルマタギを仕込んでいるのでお互い様であるのだろう。


「ようこそ、お二人さん。歓迎するよ、うまやは……そういえば作ってなかったね」


周囲は切り開いたとはいえ、森の中である。


狼やクマなどの肉食の動物は普通に出るし、何なら魔物と呼ばれている種類の生物も出る。


あまり長時間目を離すのは、彼らに食事を提供するのと同義だろう。


「気にするな、とは言えんのう。商材もわんさか積んでおるし」


「このままここで取引するかい? 積み下ろしにゃ人手を借りたいけれど」


砦は岩山に張り付いた形で窓も少ないが、正門は大きくとっている。


馬車をそのまま入れることもできるのだが、ペットなどなら兎も角、動物と生活空間を共にするのはあまり好ましくない。向こうの感覚で言うとリビングに車で乗り入れるようなものであるし。


馬にとっても寛げる場所にはならないであろう。


「アプリ―リル、4~5人ほど呼んできてくれる? 穴掘り得意な面々で」


「あ、はい。只今」


ぱたぱたと駆けていくアプリ―リルを尻目に、場所を見繕う。邪魔になりそうな切株は掘り起こしたし広さは十分。


幸い釘も、補修用の木材も在庫は十分に積んである。


小川の流れは砦の東側に寄っているし、西側でいいかな。


気を利かせたアプリ―リルが、スコップを持たせてくれたトロルに4隅に穴を掘ってもらい、丸太をぶっこむ。


板を投げ上げて身の軽いアプリ―リルに釘を打ってもらえば、ものの10分程度で屋根付きの厩舎の完成だ。


床は土のむき出しのままだし、外壁も荒い板壁。四方の柱のみしっかりと土に埋めたし、頑丈であるので倒壊はひとまずしないであろう。


個別の馬房も何もない、文字通りの掘っ立て小屋だが、馬を繋いで休ませておくには十分の筈だ。


飼い葉になるようなものはうちは貯蔵していないが、あとでアプリ―リルに林檎でも差し入れて貰えば馬も喜ぶだろうか。


「あは、こいつはいいや。あっという間に厩舎ができたじゃん」


感心しながら荷馬車を入れるヴィンディアとは対照的に、イグニは実に複雑そうな表情をしている。


物作りの匠たる短躯族ドワーフ的に、やっつけ仕事にも程があると文句の一つでもつけたいといった所だろうか。


申し訳ないが、技術者でも何でもないトロルであることを思い出して目をつぶってくれるとありがたい。


「それじゃ、取引といきましょうか。お手柔らかにね」




貨幣とは、すなわち信用の定量化である。


前世においては、紙幣や電子マネーなども用いられたが、この世界においては貴金属をそのまま価値としての担保にした、金貨・銀貨などが用いられている。


技術レベルや採掘量の差もあるのだろう。最初に見せてもらった銀貨は、コインとは思えないほど薄く歪で、封蝋か何かかと思ったくらいだ。


しかし、物は変わっても役割は変わらない。


腐敗せず、持ち運びも容易。そして普遍的な取引全般に使える便利なアイテムだ。


二人の行商人が共に活動しているあたりの地域では、大きな取引はアウルム金貨。日常的にはアルゲントゥム銀貨が使われているらしい。


交換比率は、1:12。銀貨1枚で三日分の食料と同程度と聞いているので、前世換算なら3000円くらいだろうか。


そのままでは使いづらいため、半分に割った半銀貨。四分割した四半銀貨などが流通しているらしい。


勿論うちの一族内では流通など望むべくもないが、他所と取引するには便利な指標である為、物々交換の取引ついでにいくらか融通してもらった。


名前も知らない偉人の横顔が刻印されたコインは、いかにも異国情緒に溢れており見てて楽しい。


魔除けや願掛け、葬送の儀礼などにも用いられるこれは、今後への備えでもある。


今はまだ二人の行商人しか訪れる者も居ない未開の地であるが、目の色を変えるような産物がある以上、取引を望む者も出てくるだろう。


さらには、未開の地こそ我が故郷と言わんばかりの命知らず。冒険者を名乗る者たちも、きっといつかは。


金貨の輝きは人を狂わす魔力も持つが、正しく使えば苦難を避ける護符となる。


まず、話を聞いてくれるかどうかという高い高いハードルを超えなければならないが、それさえ無事に済ませれば、銭袋で殴るという大変平和的で文化的な交渉が可能となる。


未だかつて脅威となるようなモンスターなどは目にしたことはないが、備えとは危機的状況になってから用意できるようなものではないのだ。


幸いにして、ブラウンが試作したトロルマタギの蒸留酒。


改めて名付けた銘酒・精霊殺しは、熟成期間がほとんど取れてないにもかかわらず結構な値段で引き取ってもらえた。


カスミを食べるような特徴のなさを持った植物だったが、醸造したてのトゲトゲしさすらないとは恐れ入った。


トロルは酒を飲まないので惜しむようなものでもない。気前よく引き換えさせてもらったという訳だ。


『プリンセ。精霊ボクの上前を撥ねて得た、金貨を数えるのは楽しいかい……?』


恨めしそうなジト目のブラウンに、多少後ろめたくなる。


前回も、さぁ試飲だという所で持って行かれたからね。


それでも樽一つ分、おおよそ180リットルは残してあるのだから十分ではなかろうか。


小さな体躯の古家精ブラウニーなら、中で泳ぐことすら可能な量である。


――精霊を漬けたお酒。魔法発現に一役買うのではないだろうか。一考に値する気もしなくもない。


『また、変なこと考えてるね。たしかにボクはそんな呑まないけどさ』


こつこつ手入れして、お酒で埋めてた酒蔵が空っぽになったあの切なさに共感してよ。などと言われてもね。


「食料品だから、消費して当然じゃない?」


違うんだ! と、なぜか切に訴えかけられる。


あれか、話に聞くワインセラーを埋めるのが趣味のお父さんみたいなものか。


話に聞くが、実際集めるばかりでほとんど飲まないそうだけれど、異様な情熱をもって蒐集コレクションに走るのだとか。


「アップルブランデーと蜂蜜酒ミードはこれから作るし、また埋めてけばいいじゃない」


方や仕込みはじめ。もう片方に至っては、材料集めの段階だけれど将来的には作れるであろう目途は立っている。


こっちは、精霊殺しほど極端な特性はしていないであろうし熟成の時間もかかるだろう。


『それで、飲み頃になったらまた出荷するんだよね』


当然。酒は天の美禄なり。女神様に感謝を捧げて恵みをありがたく拝領いたします。

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