第19話

「プリンセ。おで、おで。ふろ、きにいった!!」


湯上りでほこほこ湯気を立てつつ、小型噴水式の給水器から水分補給も済ませたキングはご満悦だ。


かつての聖堂作りで出た岩ブロックを、ふんだんに使った浴場はお気に召したらしい。


それはそれで、作った側からすると大いに誇らしくはあるが、まず脱衣所から出てくる前に服を着ろと言いたい。


給水器は廊下の壁面に備え付けた為、湯上りの一杯を欲して来たのだろうが、ぶらぶらしているものは隠して欲しいものだ。


その後ろからも、どやどやと男衆が出てくる。


こちらは教育の賜物か、全員腰布を身に着けている。


なおさら、全裸で飛び出してきたキングの残念ぶりが際立つ気がする。


特に嫌がっている者も居ないので、これなら定期的な入浴を習慣づけることができるだろう。


父の側近的な役割を担いがちな年長のトロル、ヘルヴエッジが腰布とパンツを手渡す。いつも父がすまないね。


うちの一族は大体その人物の特徴的な身体部位や、癖なんかで名前が決まる。


父がはじめた事らしく、私たちの名前は全て父が言い出し、それを周知してまわりが呼びかけることで本人が名を認識していくというシステムだ。


名を交わして友誼を結ぶ、精霊の法則から着想を得たのだと思う。


他所では、おそらくだけれど名前すらないトロルなども当たり前に居るのだろう。


開明的な指導者リーダーなのだ、父は。パンツと腰巻が裏表で後ろ前になってて首を傾げていたりしていても。



そして、男性陣が入り終われば女性陣の番である。


ほぼ同じものを2か所も作るのはなんなので交代制で運用することにしたのだ。


水や焼き石の補充もあるので、この方が都合がいい。


全員で豪快に掛け湯を行った後はまったりくつろぎタイムだ。


一族においては私が一番若く、周りはみな恵体のお姉さま方である。括れているところなど微塵もないが。


男性陣の反応に比べると静か目であるようだけれど、満喫しているのか誰しも表情が緩んでいる。


むくみや冷え性、肩こりや腰痛、関節痛まで効くからね。入浴は健康にいいのだ。


トロルにはあまり、性差による運動能力の差などはない。外見的にも見分けづらいと思う。


ただ、性格は比較的温厚で受動的になる傾向があるようだ。手作業の手伝いなども大体彼女たちにお願いしている。


「プリンセ様。さうな? の方かなり熱くなってますけれど、これで良いんですか?」


恥ずかしがり屋のアプリ―リルは当初、一緒に入浴する事自体に躊躇いを見せたので湯あみ着を着用させている。


薄着ではあるが、衣服の着用。そして補給の手伝いも必要であるからとの理由づけもあって、どうにか一緒に入ることを了承してくれた。


「そうだね。サウナは高温で汗をかくための設備だから」


クインに、みな適度に温まったら上がるように伝えて、独立した大きな桶のようなサウナ室へと足を運ぶ。


ここだけ区切って、煙突も通し熱気を逃がさないように設えている。


明かりもない狭い空間であるが、私もアプリ―リルもどちらも夜目が効く種族なので問題はない。


「……何か、いい香りがしますね。柑橘のような」


「それっぽい草を束ねて吊るしてあるからね」


癒し効果はマシマシになるだろう。多分。


中の温度は、じりじりと炙られるような感覚はあるものの我慢できないという程でもなく、70℃から80℃程度だろうか。


アプリ―リルと並んで、デトックスに勤しんでみる。


むぅ。食事は常に共に取るようにしているがまだまだ細く痩せている。


湯あみ着に隠れてはいるが肋骨とか浮いているんじゃないだろうか。


いい機会だ。もののついでに、普段聞きづらい事でも尋ねてみようか。


「ねぇ、アプリ―リル。ここでの生活はどうかな?」


正直未開の蛮族同然であった生活諸々を、どうにか取り繕っているだけに過ぎないのだ。


最近やっと屋根とベッドを導入できただけで、きっと長耳族エルフの村での生活からすると数段落ちるのではないだろうか。


行く当てがないからと我慢させているようだったら申し訳ないし、行商人との伝手だってできた今ならば、大きな街にでも同行させてもらう事もできる。


ダークエルフが他所でどれだけ受け入れられているのかは分からないが、容姿に優れたアプリ―リルならば少なくとも話くらいは聞いてもらえるだろう。


気性も真面目だし、下働きでもしながら生計を立てていくのは決して不可能事ではないと思われる。


「最初は戸惑いました。けど、プリンセ様の仰っていたとおり皆さん受け入れてくださって」


生まれとか、種族とか。そんなに気にしなくってもいいんだって実感できて、凄く息がし易いんです。と、滔々と語る言葉は本心からのものだろう。


「それでもさ、基本生活様式はトロルだよ?」


「プリンセ様が尽力されてるじゃないですか。こうしてお風呂も作られましたし」


自分も、微力ながらお手伝いできるの。やりがいがあって嬉しいんです、と。


そんな、仄かな自負を垣間見せてくれるなら。もはやこれ以上言い募るのは野暮だろう。


私の拙い知識でどこまでできるか怪しいところであるが、せめて裸で追い出すような外道どもよりまともな生活を送らせてあげなければ、敬称をつけて敬われている甲斐がない。


気合が漲る。これ以上ない程に。


この健気な少女が、堂々と胸を張って誰にでも相対できるように。


案外、父王キングも似たような心境で群を率いているのかもしれない。


険しき道行きなれど、陰に従う者があればこそ。踏み出す気概も沸いてくるというものだ。


思いの外、心構えを問い直す入浴になったけれど、サウナってこんな問答するようなものだったのだろうか。


心身のデトックスという意味では、なるほど効果的であると認めざるを得ない。


アプリ―リルもなんだか入る前よりすっきりした顔で桶に汲んだ冷水を被っている。


今後も定期的に使わせてもらおう。豊かなる生活の一部として。

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