第18話

水とは命の源にして、人の営みにおいて欠かせぬ資源である。


いかに尋常ならざる生命力を誇るトロルと言えど、三週間程度水分を一切取らなければ動きが鈍くなり、ついには仮死状態で休眠するらしい。


おのれの事ながら大概にしぶとい。ここまでやっても死なないとは。


さておき我が一族は、岩山の洞窟の奥より湧き出す水脈により喉を潤している。


ささやかな小川の源泉になる程度には湧出量はあるようで、飲料以外にも生活用水として大いに利用させていただいている。


現段階では、上流にて水瓶を用いて取水し、汚水は下流に合流させて流す極めてシンプルな活用法である。


貯水タンクを屋根に乗せようかな、とも考えたのであるが。


「流れない水は澱むし、虫やらカビやら湧き放題になるんだよね」


おそらく直ちに影響はないくらいに問題にはならないだろうが、気分的に宜しくない。


砦を囲む水堀も検討していたが、この問題が解決できなかったので今をもって保留しているのだ。


ある程度の水量が無ければ、水は流れず腐沼と化してしまう。


浄化ピュリファイや、湧水スプリットの魔法頼りじゃ追いつかないからね』


私が扱える範囲の魔法だと、精々水瓶一つ分をどうにかするくらい。


水の絶対量が足りない以上、元を増やさない事には計画倒れに終わりそうだ。防衛設備は諦めきれないが要検討といった所だろうか。


そして、それとは別に欲しいものもある。


『お風呂と、サウナ? だっけ』


「そうだね。できれば大きめな湯舟と。温水のシャワーがあればなお嬉しい」


曲がりなりにも、トロルは分類するとなれば人族の亜種。妖精に属する種族らしい。


汗や垢などは比較的出にくく、代謝自体は緩やかなのだ。


生存において必要か、そうでないかと言えば、あまり優先度は高くないだろう。


また、ホースに該当するものがない。ゴムや樹脂のような水に強く加工しやすい素材は、なかなか見つかるようなものでもない。


さすがの古家精ブラウニーも、何もないところから物を作ることはできない。


できるのは、お湯を入れておいて一定時間だけ降らせる固定シャワーと、焼き石で温める個人用の湯舟だろうか。


どちらも排水にさえ気をつければ、作成難易度は低めだ。


「いつまでも水浴びだけっていうのもね」


氷の張った真冬の水浴びであっても別段体調を崩す事が無いのは、トロルだけだ。ダークエルフのアプリ―リルには厳しいだろう。


それに、温かい湯に全身を浸すのは身体もほぐれ、さっぱりする。


他の皆も経験はないかもしれないが、温泉には野生動物たちも入りに来るのだ。


是非とも堪能し、リラックスしてもらいたい。


反面、サウナは私かアプリ―リルの専用になりそうである。


下手にトロルを入れると、延々と耐えて蒸しあがる者が続出するであろうから危険なのだ。多分それでも死にはしないが。


生憎と生前はサウナを体験したことが無かった為、聞きかじりであるが逆にその分憧れが強い。


良い香りのするハーブなどを添えて、デトックスに勤しむのはちょっとした夢であったのだ。


個人的に楽しむ設備であるため多少気がとがめるが、お風呂のついでなので許して欲しい。


『それで水車の作成に着手するんだから、短躯族ドワーフじみてるよ』


呆れたようにブラウンがぼやく。


ドワーフは無ければ作れ、を地で行く種族らしいね。反面、じっくり育む農業なんかは苦手らしいけれど。


「雨樋みたいに、ちょっと高いところに水を通せば行き渡ると思うんだよね」


水圧がないので蛇口をひねるようには行かないが、栓を抜けば水を汲み入れることができる簡易水道である。


一か所で使うと他から水は流れず、定期的な清掃と部材の交換を要するが、利便性は大きく向上する見込みだ。


水車自体はそう複雑な仕組みでもない。


板を組み合わせて円盤を2枚作り、水を受けて回るように羽を取り付けるだけである。


あとは側面にバケツでも括り付ければ、立派な揚水水車ようすいすいしゃとなる。


機械の動力として考えなくていいなら、小川程度の流水量でも十分実用に耐えると見込まれる。


『折角だから噴水でも追加で作る?』


「冗談。そんな手間は、って返しを期待してるのかもしれないけれど。一考の余地はあるかな」


なにも大規模なものでなくていい。思い浮かぶのは公園の水飲み場や給水機だ。


ちょろちょろと水を噴き出してやれば、水面に顔を突っ込むよりよほど飲みやすい。


みな食事の折は食器を使えるようになったが、マグカップを持ち出すような殊勝なトロルはまだ居ないのだ。


確か、ローマかどこかには大昔から現役の噴水式の水飲み場があるらしい。


仕組みは単純で、二つに割った石に溝を掘ってまた合わせ。より高い位置から水を注いでやれば、サイフォンの原理で吹き上がる。


折角水車まで使って水を持ち上げているのだ、お風呂の隣壁に一台位用意しておこう。


『砦の反応が良かったからかな。プリンセの大工熱に火が灯ってるよ』


処置なし、とばかりに板材を運んできてくれる。


うん、でも自重はしないよブラウン。

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