第17話
「喜ばしい事、なんだけどねぇ」
未だ釈然としない気持ちで微妙に湾曲させた板と板の側面を合わせていく。
手桶に
隣では、アプリ―リルも同じ作業をしているがこちらは普通に上機嫌だ。
「ちゃんと女神様は見てるって事ですよ。いいじゃないですか、身内に神聖魔法が使える者が出たというのは結構な
恐らくは、聖堂作りの一環で目覚めたのではないかと推測できたくらい。2度目が使えるのかどうかすら判然としない。
あえて推測を入れるとしたら、あの時聖堂を作った面々の中で一番私欲に塗れていなかったのがサイレスだったのであろうか。
打算とは、信仰に最も遠き感情であると聞いた覚えがある。
神の御心を測るようでは、信心深いとはとても言えはしなかったのだろう。無私無欲の勝利である。
嘆息を一つ。切り替えて
円柱状に設えた板を、外縄や枠で締めていく。木槌で叩いて調整する作業は得意なのか、アプリ―リルの方が大物を作るのが上手い。
「お祝いはしたけど。うん、宴の理由。理解できてたのかなみんな」
件の
サイレス自身も一塊になって御馳走を貪り食ってたから、いい、のだろうか?
『とりあえず、お腹いっぱいで満足そうにはしてたよね』
プリンセ、出来たのは貰ってくよーとブラウンが樽や桶を運び出してく。
謎の銘酒トロルマタギを、さらに蒸留したらどうなるのかの実験中なのだ。並行して、お酢とみりん。アップルブランデーの開発にも着手している。
先の宴でも思ったのだが、やはりうちの食糧事情だと炭水化物の備蓄が貧弱に過ぎる。
麦や米、蕎麦なんかの穀類を育てるにはきちんとした農地と管理人が必要なのだ。
他所から運んでもらおうにも、食べたら無くなる食料品。しかも主食の類は量が必要なこともあって、輸送コストがお高めである。
それでも必要であると依頼をするなら、きちんと対価は用意しなければならない。
酒をはじめとする発酵食品の類は、交易の代表みたいなものだ。余るようなら自分たちで消費してしまえばいいので、リスクも低い。
「洞窟内、ほぼ丸々使えるようになりましたから置き場には困りませんね」
「温度管理もしやすいからね」
かつての居城は、今や食糧庫として活用させていただいている。
温度は一定だし、何よりも扉を付けたのでトロルが入らないのがいい。
かつて無理やり扉をぶち破って入ってきた
居室を移し、私が籠らなくなった洞窟の扉は、いまだ一度たりとも破砕されたことはないのだから。
「そういえば、プリンセ様が飼われている黒山羊さん。無事に赤ちゃん生まれましたね」
かつて岩山から叩き落されても生還した幸運の黒山羊は、この度無事に出産した。
生まれてきた子は、白に茶色にぶち模様と一匹たりとも同じ色が無かった。
食べられたりしないように念のためこの子達もケープマントを装備である。実に可愛い。
暫くは、子育て優先ではあるけれど今後は乳製品も視野に入ると目論んでいる。
「そうだね。チーズは諦めるしかないけど」
不思議そうな顔をするアプリ―リル。現物は知ってても作り方までは知らなかったか。
チーズは乳をレンネットという酵素で凝固させることで出来上がる。現代では化学合成もできるそうだがさすがにそんな知識も材料もない。
手っ取り早く手に入るのは、子山羊の第四胃からである。
成長した山羊は食べているし、つい昨日も丸焼きにしたのだが、生まれたばかりの子山羊は抵抗がある。
そうこうしているうちに情が移ってしまえば、余計しんどくなりそうだと判ってはいるのだが。
きっと、いつかは決断を迫られるのだろう。だけれど、今すぐじゃなくてもよい。
後回しに出来るのは、余裕を作ってきたからで、それは今までの試行錯誤の成果である。
ならば、この生きるにおいて蛇足でしかない甘さを胸を張って誇ってもいいだろう。
名前を付けてやるのもいいかもしれない。折角だから立派で呼ぶのにも困るような長めなのを。
「そうなんですか? あ、イチジクが無いのかな」
めをぱちくりと瞬かせる。詳しく聞いてみれば、エルフの里では植物由来の素材でチーズを作るのだという。
アーティチョークやベニバナでも作れるらしい。日持ちはしない種類になるが、お酢でも作れるとか。
「よく知ってたね、アプリ―リル」
「えへへ。実は好物なんです。あんまり食べた機会はなかったんですけれど……」
ダークエルフはエルフに比べ、体力や生命力に秀でているという。
栄養豊富で、身体を作る素材がふんだんに含まれているチーズは嗜好に合致する食べ物だったのだろう。
「そうと知ったからには、少しお母さん山羊には頑張ってもらおっか」
あくまで余剰分。赤ちゃんの分まで横取りするつもりはないけれど、住処を提供する大家として幾ばくかの利益を徴収させてもらおう。
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