第15話

新築のトロル砦は、分類するなら平城。堡塁ほるい渠壁きょへきを持たない、建物だけの砦である。


分類的にモンスター寄りな我が種族に、いつか討伐隊が送られてくるんじゃないかという不安と、日常生活全てにおいてパワフルであるトロルに対応するため、丈夫さを求めて建築した結果だ。


館というには無骨に過ぎ、城というには防御設備が足りない。なので、砦と呼称している。


そもそもトロルに弓は扱えないため、矢座間やざま胸壁きょうへきなどは無用の長物である。


水は洞窟より流れ出る小川がある為、防火対策に桶をいくつか重ねておくくらいだろうか。


堀を備えて防御力を上げる算段もあったのだが、水量の不安から保留している。


「今一つ決め手に欠ける気がするんだけれど……」


『プリンセ。君は何と戦ってるのさ』


ブラウンは呆れたような半眼で窘めるけれど、私の心配し過ぎなのだろうか。


今生において、我が一族で危機に備えるという事が出来るのは私しか居ない。


おごりでも、傲慢ごうまんでもなく純然たる事実であると思う。


ここが中世っぽいファンタジーな世界だと察してからは、特に暴力への警戒を強めている。


法は、自分たちを守ってくれない。なら、自衛するに越したことはないだろうと。


死に分かれる事ほど、辛く悲しい思いを。私は再体験したくはないのだ。


「……大型据付弩バリスタかな。やっぱり」


『飛竜でも狩れそうだね。仕留めたら大宴会だよ、まったくもう』


処置なしとでも言いたげなブラウンに促されて、洞窟の工房改め工作室へと歩を進める。


改築に伴い、洞窟は完全に物置がわりとして、砦の方に作業用の部屋を作った形だ。


耐火煉瓦とはいかないが、割れ辛いらしい石で頑丈に組んだ炉と、鋸盤のこばんを備え付けた。


生産能力は上がったけれど、扱える人材が他に居ないため相変わらずほぼ私の専用施設だ。


どこかに不遇をかこっている鍛冶師でも居ないだろうか。居ても扱える金属がトロル銀――ミスリル銀が正式名称だったらしいが、それくらいしか無いのであれば人を選ぶだろうか。


『それで、今度は蜜箱? だっけ?』


「ああ、うん。交易品にもなるし、放置しててもいいから今以上に手は取られないかなって」


前回の取引では、持ち込まれた商品と渡した製品とでトントンの取引であったけれど、今後を見据えるのなら品目は増やしておきたい。


蜂蜜は薬にもなるし、基本的に腐敗しないから商売人の目線で見ても魅力的だろう。


養蜂はまだ一般的ではないようだし、黄金色の輝きを目が眩んでしまう。二重の意味で。


蜜蜂の巣箱は、基本的にはただの箱である。大きな肉食性の蜂が入れないくらいの隙間だとか、採蜜のための網枠であるとか、細工は必要なもののそこまで技術力を必要としたりはしない。


無事に蜜蜂が住んでくれるかは運であるため、箱の側面に闇の女神プロセルピナ様の聖名みなを焼印で記しておく。


巣箱の中は真っ暗であることだし、安寧あんねいはうちの闇の女神の本領であると思われる。


余談になるが、生命を司るのも闇の領分なのではないだろうか。闇属性の強い種族である、トロルを顧みるにその可能性は高いだろう。どこからどう見ても、光属性のエルフより生命力に溢れている。


出来上がった巣箱は、岩山の菜園。ブラウン曰くの姫様の秘密の花園シークレットガーデンの日陰に安置する。


植えているのは野菜に果樹であるが、花の咲く種類もなくはないし、周囲は森である。


どうにか蜜集めを頑張って欲しいものだ。期待を込めて、槌を振るう。


不安は未だ頭の片隅に居座り続けるが、日々の生活のためにもそればかりにかまけてはいられないのだ。




唸り声を上げながら、机に向かう一体のトロルがいた。


他でもない私の事だ。念願の総フローリングの自室を手に入れ、机をはじめとした家具も入れているのだが、殺風景なのは否めない。


まだ、出来上がって間もなく余計なものまで作る余力がないのに加え、わざわざ小物に凝ろうとしない私の性格もあるのだろう。


実用一辺倒である。その割にはサイズ感を間違えており、ちょっと机に腹がつかえて書きづらいが。


悩んでいるのは、祭壇の図面である。


何かと便利に聖名みなを使用している、プロセルピナ様をお祀りする廟を拵えようと考えたのだが、問題なのは私のセンスである。


かつての人生で見た、煌びやかなお堂や社の記憶はあるものの、再現するとなれば難しい。


単純な構造のものなら、見様見真似でもどうにかなるのであるが、芸術性となると途端に難易度が跳ね上がる。


豆腐ハウスに、真四角の石柱ではあまりに不憫ふびんであろうし、物寂しい。


さらに名前を刻むだけだと、途端に墓石の様相を見せ始める。前世の意識に拠るものであるが、あまりに不敬ではないかと頭を悩ませるところだ。


今、ブラウンには偵察に出てもらっている。


闇の女神様は、単独で崇められている神殿こそほぼ無いものの、光の神の姉神で在らせられるからして合同で祀られることはままあるそうである。


そういった神殿から、シンボルや飾りなんかを調査して貰っているのだ。


再現が難しくとも、参考にはなるだろう。あとは、アプリ―リルをモデルにして像を彫るくらいか。


いかに闇を司る神であったとしても、トロル体型という事はないだろう。迫力とインパクトがありすぎる。


『ただいま、プリンセ。調べてきたよー』


「ありがと。意匠は何だったの?」


出来れば特徴的で作りやすいものだとありがたい。メイプルリーフとかなら嬉しいのだけれど。


『象徴する花は柘榴ざくろ。好まれる意匠はミント。シンボルは七芒星。色合いだと黒地に金みたいだね』


「ブラウン、台所からスプーン取ってきてくれない?」


表現できそうなのが、七芒星と黒塗りくらいしかない。行商人のイグニに頼んで金を仕入れたとしても、出来上がるのは大きくなった位牌である。南無三。


匙を投げたくなっても仕方ないと、プロセルピナ様もお許しくださるのではないだろうか。


『気持ちが籠っていれば、それでいいんじゃない?』


「そりゃ焼いたお肉をお供えすれば、それだけでトロル的には最大級の敬意だけれどね」


こうなれば、シンプルでも粗末に感じず、敬意と尊敬を集めることのできる数少ない手法。


すなわち、大きさで勝負をかけるべきだろう。規模の大きなものはそれだけでなぜか立派に感じるものなのだ。


当初予定していた、お地蔵様のお堂のような素案はすっぱり破棄し、本格的な神殿計画に変更する。


砦の材料を削り出した岩山の一部に、階段を刻んで参道とし、中腹を削って礼拝堂にするのだ。


曲面は難しいが、直線になら土の精霊に頼んで岩を割ることはできる。


いささか手は取られるが、それこそが敬意と考えれば中々悪くない発想ではないだろうか。


『……また、若干暴走してるね。プリンセ、程々にしとくんだよ』


ブラウンの忠言が耳に痛い。


こう、思い立ったら一直線なのはトロルの特性なのだろうか。一族の面々を思い浮かべると、そうでもない。


強いて言うなら父王キング譲りか。血は争えない、この世界でもそうなのかと少し可笑しくなった。

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