第14話
「ふん! ぬぐぐぐぐ」
毛のない頭部に汗を光らせ、私が何を必死に力んでいるかというと、切り株の引き抜きだ。
砦を作るにあたり、周りから結構な数の樹を伐採したため、近場は切り株だらけになってしまった。
そのままでは歩きにくいし、動物も寄り付かないため、引っこ抜いて地均ししておこうと奮闘しているのだ。
つい最近、リンゴの果樹を引き抜いて移植したものだが、あの時の樹はまだ若木。太さも左程でもないものだった。
比べると建材とした樹は、樹齢を重ね、その分根もしっかり張っていた大木である。
切り株に縄をかけて引っ張り起こそうとしているのだが、中々に手ごわい。
ある程度は、掘り下げて斧で根を切っておかないと、揺らぎすらしないのだ。
調子にのって、柱だ壁だ。はたまた床だ、家具だと便利に大自然を使い倒したツケのようなものだろうか。
始末に係る手間も、相応に積み重なっていた。
「プリンセ様。一族の皆様に御協力をお願いしては?」
スコップを携えたアプリ―リルは穴埋め担当だ。一生懸命手伝ってはくれるのだが、筋力的な意味合いではあまり助けにはならない。だが、一人でやってると心折れそうな作業なのである意味助かっている。
「ここの処、穴掘りだ建築だ伐採だとみんなを引っ張りまわしたからね。それに狩りもしていかないと、お肉が食べられないし」
それに加えて、中途半端なところで雨に降られたり等の天候不順に合いたくなかった砦づくりとは違い、伐根は急がなくてもいいものだ。
生活用具も充実してきたし、砦ではブラウンが張り切ってリネン類を充実させていることだろう。
さしあたって多少私が
これでも、普通の
「アプリ―リル、精霊の反応はどう?」
「土の精霊の方々の気配はあるのですが。名を交わせそうな様子はありません……」
うーん、まだ駄目かぁ。
アプリ―リルは、
精霊への親和性は高い種族なので、洞窟に寝起きし、こうして土に親しんでいれば友誼を交わす精霊の1~2体は現れるかなと思ったのだけれど、そうそう上手い話はないらしい。
こればっかりは相性であるそうだから、長い目で見るしかないのだろうが。
「アプリ―リルは真面目でいい子だし、案外神聖魔法の方に適性があったりしてね」
そんな、自分なんて! と、
神聖魔法は、神々を力の源泉として行使する魔法である。
しかし、人々に寄り添い見守るといった姿勢が共通しているためか、ある程度似た現象しか起こすことはできない。
かつて結ばれた神々の協定によるものであると、神殿では説かれているそうだ。
大体どの神の信徒であっても、回復・浄化・祝福・不死払いなどが共通して行える魔法である。
そしておおよその普人族、および一部の
司るものの一つに”正義”があるとされているせいか、聖職者と言えども案外苛烈で攻撃的であったりするそうな。
前世の知識があるせいか、どうにも光には殺菌・消毒を行うものといったイメージがある。
この世界では語られていないが、実際には、司るものの中に”死”や”破壊”があるような気がしてならない。
神の導きを得た神聖魔法使いは、大いなる意思に触れた。と、人が変わってしまうような事も稀にあるらしい。
闇の女神プロセルピナ様に見初められたなら喜ばしいけれど、種族的に難しいだろうか。
とりとめのないことを考えつつも、この日はそれなりの数の切り株の処理を終えた。
先は長いが、ぼちぼち
ぱらぱらと、雨が屋根を叩く音がする。
久方ぶりの雨天である。この地方は割と温暖で、時折程々の雨が降っては1日程度であけていく。
暗闇にも対応するトロルは夜目も効くが、獲物となる動物たちは住処に籠ってしまうので狩りはお休みとなる。
大抵のトロルはこんな時、寝て過ごすのだが一部勤勉な者は手仕事に従事したりする。
私が教え込んだのだけれども。
「プリンセ様、今縫っているのは下着ですか?」
腰のところを紐で縛る、どでかいトランクスタイプだ。
大体のトロルは腰巻でも問題ないのだが、一部激しくぶらぶらするものが見え隠れしている
父は縦にも横にもデカいために、相応量の布地を必要とする故今まで見送ってきたのだ。
基本は切って直線に縫い裏返すだけであるので、
縫い目は大きいが、使用上特に問題にはならないだろう。実用できる事こそが第一である。
「アプリ―リルも。欲しいなら服縫うよ?」
いま彼女が身に着けているのは、応急処置的に着せた貫頭衣に腰を革帯で締めた簡単な衣服である。
裸で放り出された境遇からして、もう少しまともな衣服をしつらえてあげたいとは思っていたのだ。
あまり凝ったものを作るようなら、ブラウンの手を借りなければならないが、エプロンドレスくらいなら私でもどうにかなるだろう。
アプリ―リルは可愛いし、折角ならば着飾らせたいという思いもある。
「いえ! プリンセ様もまださほど衣装をお持ちではないのに、自分が先になどとは!」
慌てて先に私からと促してくれるが、ふりふりのドレスを纏うトロルと、その横に佇む粗末な貫頭衣のエルフ少女。
想像するだに酷い絵面になりそうなのだが、アプリ―リルはその辺り自覚できているのだろうか。
まぁ、身体のラインに合わせた単純なシャツやズボンの類であれば手間もかからない。遠慮がちだし多少強引でも受け取ってはくれるだろう。
ただ、受け取ってはくれるだろうが心労を掛けさせるのは本意ではない。
衣服とは個人個人に合わせたオーダーメイドな訳で、特にアプリ―リルの物は使い回すのも難しい点が気にかかっているのだろう。
ならば、もう少し政策難易度が低い衣類。昔のギリシャで用いられていたような
基本一枚布を肩から掛け、帯で留めるだけであるし、長さを測って端処理するだけで出来上がる。
さくっと作れるし、私とお揃いで仕立ててしまおう。
なお、ひだを余らせて富裕さを示したり、足首まで包んで労働階級でないことをアピールしたりする意味が向こうの文化ではあったりするのだが。現状での必要はまったくないので、いたってシンプルな仕上がりである。
イグサモドキの布。行商人のヴィンディア曰く撥水布は、目が詰まっており硬めなのでかっちりとした仕上がりになる。
新しい畳のような色合いを、もう少し鮮やかにした若草色をしているのでアプリ―リルにはよく似合う事だろう。
『プリンセー。魔力頂戴、もう限界ぃ』
追加の布地を運んできたブラウンが、夏の終わりの蝉みたいに力尽きている。
家人の見ていない所で、いつの間にか家事を終わらせるという一風変わった魔法を使える
「お疲れ様。大分無茶してもらったし、あとはゆっくり休んでよ」
萎れたブラウンを手に乗せて、魔力を巡らせた。疲れ切ったサラリーマンが、温泉であげるみたいな呻き声を漏らしている。
『あ”ー。五臓六腑に染み渡るようだよぅ……』
「そんな大げさな。そういえば、トロルマタギのお酒。ブラウンも飲んだんだよね。楽しめた?」
交易してからはバタバタして聞きそびれてた。思い立ったが吉日とはいえ、急に砦なんて建てるものじゃない。
『正直ヤバいね! あれほどのものが出来上がるとは思ってなかったよ』
絞っただけの生酒の状態でも、どこか高貴な花を思わせる香りと深みがあったそうだ。
酒が特に好きという行商人たちの火と風の精霊が駆け付けたのも無理はないとか。
「風の噂で聞いたって事らしいけれど、精霊ってどうやって情報交換してるの」
偶に遊んでいるのは見かけるけれど、積極的に井戸端会議などしているのは見たことがない。
それに、行商人の二人に付いていた精霊とは面識もなかったはずだ。
『んー。ちょっと複雑かな。ついでだからアプリ―リルも聞いといで』
「あ、はい。勉強させていただきます」
居住まいを正す。けどそんな真剣に聞かなくても雑談の延長だと思うよ。
ブラウンの語る所によると、私たちの今いる世界に重ね合わされるようにもう一つの世界。即ち、妖精界と呼ばれるものがあるそうな。
妖精界においては、個は個でなく。流れゆく力の一部として、全てが混在する世界であるらしい。
そして、ブラウンたちの本体もそちらに在り、今この場に居るのはそこから伸ばした触覚のようなものであるとか。
『――ちょっと理解するのは難しいかもしれないね。精霊の生態みたいなものだし』
厳密には違うんだけれど、と前置きしてかみ砕いて説明してくれた。
空にでっかい伝言板があって、そこに何でも書いてある。そこから各精霊ごとに興味のあることを拾ってくる感じかなと、まとめた。
アプリ―リルは想像しづらいのか一生懸命悩んでいるようであるが、私は前の世界の
いいお酒を普段から注視してるから、珍しいお酒の情報に食いついたって事かな。
大陸中の精霊使いが、この地を目指して集団で押し寄せるという心配はしなくてもいいみたいだ。
「なるほどね。上の精霊と友誼を交わすと、下位の精霊が言う事を聞いてくれるようになるのもそれが理由?」
『そうだね。ボク達は向こうでは一つながりだから』
太い枝が動けば、繋がる細枝や葉っぱが同時に動くのと似たようなものらしい。
ちゃんと個もあって、好き嫌いもあるし、掟や規則も定められてはいるそうだけれど。よほど性根が曲がった精霊以外は従うという。
そんな四方山話を聞きつつ、手を動かしていたらあっさりと
これを着て心機一転、頑張るといいよアプリ―リル。
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