第11話

「ええい! 貴様らには諸島部族との間に販路があるじゃろが! 他所行け他所へ!」


「何を言う! お前達こそ、山岳民族との取引は独占しているだろう。ここは譲れ!」


仕込みを終えて、二週間ほど経ちそろそろ試飲かなと思っていた矢先。


物見櫓から見えたのは、なんというか似たり寄ったりの格好で互いにけん制し合う、短躯族ドワーフの男と有翼族フォルクの女のコンビだった。


風の精霊シルフに音を運んでもらえば、どうにも二人は商売敵?のような印象だ。


しかし、待望の行商人が。それも二人纏めて来るなんて。ただの幸運という訳でもないのだろうか?


どちらにせよ、折角なので諸々を見て交易していって欲しい。


大分色々と作れるようになったとはいえ、欲しいものはいくらでもある。


言い争いで騒がしくしているうちに狩りから帰ってきた一族の者に囲まれて、必死に飛んで逃げようとする有翼族フォルクに、これまた必死の形相でしがみつく短躯族ドワーフを、どう宥めるべきか頭を抱えつつ、迎えに出よう。




「いやぁ。トロルに囲まれたときはワシも最早これまでかと覚悟を決めるところだったぞ」


快活に笑う短躯族ドワーフに、有翼族フォルクの商人がじとりとねめつける。


「よく言う。飛んで逃げようとしたあーしの脚に、しがみついて離れなかったくせに」


私が声を掛けるまで半狂乱だったからなぁ。他所でのトロルがどういった扱いになっているのか窺い知れる。


「ど、どうぞ。ハーブティです……」


二人ともが、お茶を供したアプリーリルに一瞬瞠目するも私の方を見て、今更かと肩をすくめる。


ダークエルフは珍しくはあるけれど、商談をするトロルに比べれば度肝を抜かれないって感じかな。


出自に言及しないあたり、中々に出来た商人たちのようだ。


これは気合を入れねば掌の上で転がされてしまうとみた。思わず舌で唇を湿らせる。


なぜか敏腕商人の筈の二人がおののいているけれど、まずは交易品をテーブルに乗せないとね。


まずは基本の、炭に陶器。これはまあ二人も大した反応ではなかった。どこにでもあるものだしね。


ついで、洞窟や崖際で拾える水晶や岩塩。これは利益が見込めなくはないって感じかな。


そして本命の、金属器と布を取り出したときの反応は劇的だった。


「こ、これは。まさか、ミスリル銀っ!?」


「撥水布かい! こいつを織るのは馬鹿みたいに手間がかかる代物の筈だけど」


どっちも気合と根性と、精霊魔法でどうにかした代物です。


しかし、思った以上に反応が良い。


「世間一般に流通しているものに比べたら、荒い出来だとは思うけれど。対価にはなりそうですか」


私の言葉に、今更ながら驚きすぎた事に気まずそうにしている。


「ふむ。確かに精練は大したものだが、作り自体はただ形にしただけといった処かの。あとそっちの布も良ければ買うぞ。ヴィンディアより高値を付けて」


「あー。うん。こいつは丈夫で耐水性がいいんでね、海をゆく民族にはそこそこ売れるのさ。基本帆にするから量は欲しいんだけれど。あと、銀も買うよ。イグニのトコよりは高く」


あぁんと、物騒な唸り声を発しだした二人を差し置いて、算段をつける。


思ってたよりも、これらの品々は価値がありそうである。


ならば対価として、定期的な来訪を願う事も十分に可能であろう。


生活雑貨や工具、容器に食料。調味料なんかも出来たら欲しい。


豊かな生活には、必要なものがまだ数多くあるのだ。


「そういえば、お二人はどうしてこちらへ? 正直今の今でも、人が寄り付くような場所ではないと思っていたのですが」


アプリ―リルは追放されて来たようだし、少なくとも未開の土地だと長耳族エルフは考えているだろう。


そして、それ以外の種族は今日初めて目にしたのだ。情報の伝わりようがない。


「ああ、それはね。この子に聞いたんよ。風の精霊ルフ


「ワシはこいつじゃな。火の精霊ラダ


ゆらりとそれぞれの傍に揺蕩たゆたう、気配。


名前を預けるほど精霊と親密になり、身近に置いて共に過ごせるのは、一部の魔法使いのみである。


旅商人という危険な仕事をこなすうえで、二人には大いに頼れる相棒なのだろう。


その精霊たちは、ばれるが早いかぴゅーっと一目散に調理場の方に飛来していく。


そちらにある、精霊の気を惹きそうなものと言えば先日仕込んだあれくらいしかない。


「お酒、ですか?」


「い、いやいや。無理にとって来いだとか変な願いはしておらぬぞ、ワシは!」


「あーしだってそうだよ! 確かにうちの子は他よりもちょっと酒好きかなとは思うけど!」


つまり、どういった経路をたどったかは分からないけれど、新しいお酒の話が精霊たちの間で噂になっていると。


それで、近場に居たお二人がここに向かうよう促されて来訪した。という訳か。


「けれど、試飲もまだのお酒ですよ。美味しいかどうかは判らないのでは?」


「あー。そこは多分、酒飲みの勘とかそのへんかなぁ」


「ワシら、旅人と共にある精霊は各地で色々飲み食いしとるからのぅ」


なるほど。ならば試作品ではあったが比較的物は良いのだろうか。


ちょうど今、ブラウンが試飲してみようかと封を切ってたところだ。


折角なので二人にも飲んで批評して貰うとしよう。

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