第9話

リンゴの樹の移植も済み、アプリ―リルも少し肩の力を抜いてくれた気がする。


食糧事情も安定を見せつつある今、取り掛かるべきは衣類だろう。


皮革は、丈夫さは良いのだが通気性は悪く。ものによってはチクチクとした毛で肌触りも悪い。


特に下着類にするにはあまり向いていない素材と言える。


「うちの洞窟から流れ出て行っている川を辿っていけば、何かしらの繊維になりそうな草が生えてると思うんだよね」


麻や亜麻、そこまでいかなくても茅や葦があれば。糸を取り、布を編むことができる。


材料さえ刈れれば、あとは古家精ブラウンに任せて衣類に仕立てて貰おう。


「前の村で糸紡ぎも機織りもやったことがあります。服も自分で縫ってて。追い出されたときには全部取り上げられたんですけれど……」


手間がかかるからこそ布や服は財産になるものだからね。うちは力を貸してくれる精霊が居てくれるからまだましな方なんだけど。


お弁当がわりに、燻製肉と焼いた芋を包んで水の行方を追いかけることにする。ちょっとした遠出だ。


アプリ―リルの歩みに合わせて好天の中ごつごつした岩がちな河原を歩く、両岸は森だ。


希少石の採取にはもってこいな地形だろうけれど、生憎と目当ての植物は見当たらない。


「もう少し流れが穏やかで、中洲とかあるような地形でしたら見つかるんですけれど……」


「川が合流して広がる事に期待かな」


アプリ―リルがぴょんと飛び越えられそうな細い小川だ。川岸に幾らかそれらしき植物も生えているが一株二株程度。


繊維取りが目的であるからして、できれば群生地をみつけたい。


予想とは裏腹に、歩を進めるごとに川幅は広くなることなどなく泥状のぬかるんだ足元になっていく。


どうやら、水は太い川に合流することなく地面に浸透していき、ぐずぐずの泥濘地になっているらしい。


「ちょっとこれは予想外だったかな。この辺り、湿地帯になってたんだ」


「でもプリンセ様。所々に繊維の取れそうな植物、生えてますよ」


踏み込むたびに水が滲み、ついには踏み出すとずぼっと足が埋まるようになり出したあたりで、アプリ―リルが見つけたのは細く長い穂のある植物だった。


「これは、イグサ? でも、穂のなるような植物でもないし」


しだれ柳や、蒲らしき植物も見て取れる。が、色合いが紫だったり。真っ赤な実がついてたりと、見た目以上の推察は出来そうにない。


異世界だから仕方がないとはいえ、似たような場所に生える植物なら特性もまた似たようなものだろうと思うのだが。


まぁしかし、目当てとしていた群生地だ。使えそうな植物でもあるし、こいつにしよう。


アプリ―リルと一緒に、偽イグサをざこざこ刈ってゆく。ある程度刈ったら、革ひもで縛って束ねて積み上げるのだ。


「結構刈ってますけれど持って帰れますか?」


「重量の事なら大丈夫。ただ嵩張るから背負い方には工夫しないとね」


荷崩れさえしなければ、中型トラックと同程度は運べる。悪路だろうが何のそのだ。


トロルは走破性に優れている。足の裏もデカい。脚自体は体型に比して短いのだが。


途中で深みに嵌りかけたアプリ―リルを救助などしつつ、担げる限界まで素材を集めていく。


見た目じゃ底なしかどうかなんて分からないうえ、体重が軽く沈みにくい分、一度足を取られるとそこで身動きが出来なくなるようだ。


なお、私はあっという間に沈む。けれど泥濘だろうが何だろうが平然と搔き分け、脱出できるため問題にはならない。


「すみません、お手数をお掛けして……」


「どういたしまして。けれど、どろっどろだね。水の精霊ウィンディアナんで流してもらおっか」


水の気配が強い場所なので、そこら中に居る中の一体に頼んで清水を出してもらい頭から被る。


長耳族エルフが行うと、飛沫すら輝く非常に絵になる一幕であるが。


トロルが行うと怪獣モンスターの登場シーンである。同じ魔法を使用しているのに、解せぬ。


「薬効がある植物も結構見つかったね」


エルフの里で吞まれていた薬らしい。煎じ薬や軟膏、根っこを煮込んで薬湯にしたりもするそうだ。


「はい。解熱剤に、やけどの薬。これなんかは胃腸薬になります。……えっと、その」


うん、アプリ―リルは兎も角。一族に必要になる図が見えない。胃腸の強さは竜とだって張り合えるか、あるいは勝っていると思う。


まぁ、あって困るものでもないし。先だって熱を出していたアプリ―リルには寝かせておくくらいしかできなかったのだ。旅の商人でも訪れたならば、交易品にもなるだろう。


なによりメインは布。そしてその原料は小山のように採れたのだから。


重ねに重ねて、自分の身長よりもうず高く積まれた背負子を担ぎ家路をたどる。


わさわさ揺れるが、やはり草であって大して重さはないので楽なものだった。


道中で飛び出してきた猪が、こちらを一目みるなり全身の毛を逆立てて慌てて逃げて行った。


草の怪物めいたシルエットは、獣から見ても驚きだったのだろうか。




「本日は、可食実験を行います」


はいと元気に返事したのは、アプリ―リルとブラウン。


対象は、小川の先の沼地で手に入れた植物。特にイグサ似の草は大量に持ち帰ったが、あれには穂がついていたのだ。


この緑色の粒状の種子が食べられるものならば、一挙両得と言える。


「ブラウンには繊維の処理をお願いしてたけど、もう終わったの?」


嫌そうに顔をしかめられた。流石にそれはないか。結構な量だったものね。


『勘弁してよ。君たちどれだけ大量に持って帰ったと思ってるのさ。息抜きだよ、息抜き』


ひいひい言いながら繊維を櫛にかけていたけれど、いかに古家精ブラウニーといえども一晩では終わらなかったとみえる。


「これは、あの草の実を袋に詰めて叩いた後にふるいにかけたものだね」


流石にそのままだと固そうだったので外殻を外してみた。


見た目は小ぶりな麦の粒によく似ている。


「食べられそうな見た目ですけれど、エルフの里では見たことないですね」


「そうだね。ブラウンも知らなかったって事は、人里でも食べられてはいない種類だと思う」


少し不安げな表情をしている。無理だったら無理でいいんだよアプリ―リル。


今回、アプリ―リルにわざわざ声をかけたのは確認のためだ。トロルには平気でも、人や長耳族エルフには毒という事だって普通にありうるだろう。


美味い、まずいの差は分かるが毒の有無は判別しづらい。多分だが猛毒のフグを丸呑みしても、トロルはおかわりと高らかに叫ぶ種族だろう。


「水を含ませて柔らかくしたあと煮たお粥と、石臼で挽いて粉にしたのを練って焼いた薄焼きパンだよ。まずは少しだけ口に含んで、異常があるようだった吐き出して」


ちなみに味見はしていない。灰汁あくなどは出なかったので、食べられないほど苦いという事はないだろうと見ている。


各人に少量ずつ盛って、覚悟を決める。いざ鎌倉。


―――最初に感じたのは仄かな甘み。熱で吸収しやすく変化したデンプンの味だろうか、それが感じられる程癖がない。


滋味豊かとはいえないが、熱量カロリーは十分に取れそうだ。


だが、なんというか特徴が無さすぎる。仙人が食べる霞とやらがこんな味なのだろうか。


食べた気がしないと敬遠されるのも理解できる。いくら沢山取れようと、わざわざこれを栽培する気にはならないだろうし、おそらくは大量の水が必要だ。


けれど意外と別の食材と組み合わせれば、いいものが出来そうなような。そうでもないような。


「アプリ―リル、大丈夫? 舌の痺れとか、喉がイガイガしたりはしないかな」


「……今のところは問題ありません、プリンセ様。なんかこう、空虚な味ですね」


これを主食にしていたら悟りが開けそうな無味っぷりだものね。パンだろうがお粥だろうがそこに変わりはないみたいだ。


「毒にも薬にもならない、の見本みたいな味」


「どこの言葉か分かりませんが、なんかこうしっくりくる言葉ですね」


追加でもう一口食べてみる。ううん、ほんと癖にもならない。


うちトロルでも食べようとしていなかったことから、本当に不人気なのだろう。


別名をつけるとしたら、トロルマタギかな。トロルもまたいで通る植物。


「なんとなくだけど使い道は思い浮かんだよ。ブラウン、取った実は捨てないでね」


『うへぇい。頑張るよ。できれば次は美味しいものにしてね、プリンセ……』


確かに、息抜きでこれを出されたら遣る瀬無くもなるだろう。


せめて口直しのお茶は美味しいものを入れてあげよう。こちらも湿地で見つけたものだが、エルフ伝統の製法でいい風味なのだ。


幸いにしてこちらは誰もの口に合ったようだった。

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