第8話

「おはようございます、姫様」


実験室の一角、私が寝床にしている部屋にメイドが配備された。


あれから、多少日が経ちある程度復調したアプリーリルは自らの役割を欲した。


長耳族エルフではあるが、うとまれていたため狩りなどはさせて貰えず、採取などで一人遠出させるのもまだはばかられる。


なので内向きの仕事をという事で、清掃や調理補助。それに私の補助や雑務一般を務めてもらうことにした。


メイドの役職にこだわったのはブラウンである。お屋敷感が増したと、彼はご満悦だ。


「おはよう、アプリーリル。今日は何から手を付けるんだっけ」


くぁ、と大きな欠伸をする。トロルは全体的に寝汚いぎたない性質がある。他種族と比べると若干睡眠時間が長いようだ。


「はい。ええと、果物の苗を抜きに行くとかなんとか……」


ああ、そうだった。アプリーリルは長耳族エルフなので基本草食。別段食べられない訳でもないそうだが、あまり油っけが強いと体調を悪くするらしい。


ここ数日見ていた限りだと、彼女は本当に雀の涙程度の量しか食物を必要としないようだ。


遠慮しているのかと思いきや、涙目になってもう食べられませんとうったええられたら引かざるを得ない。


生まれてこのかた一食の基準がトロルに準拠じゅんきょしていたことを改めて感じさせられる。


そうなると、量だけはたくさんあるとはいえほぼ芋オンリーの生活は、あまり心身の健康に宜しくないだろう。屋上庭園シークレットガーデンの作物はまだ植えて間もない。


以前に実物を持ち帰ったトロルに聞くところによると、森の一角に林檎っぽい樹が生えているそうなので、それを抜いて農場に移植させてみようという試みだ。


たいして準備するものもないし、顔を洗って向かいますか。朝食は向こうで採取しよう。


「あの、自分にも手伝えますか?」


『おはよー、プリンセ。アプリーリル。昨日の果樹の話?』


あーうん、直には無理じゃないかなぁと言葉を濁すブラウン。そうだね、少女アプリーリルの胴まわりくらいはある樹を引き抜いて持って来る作業だからね。


しかし、お留守番させるのも居心地が悪いだろう。彼女の性格的にも落ち着けないのが目に見えている。


「向こうでご飯にするし、足に問題なければ一緒に行こっか」


植樹の手伝いは無理でも、他の樹からリンゴの採取なら出来るだろうしね。


ぱぁっと日が差したように表情が明るくなる。籠を取ってきますね!と、ぱたぱたと駆けていく様は実に愛らしい。


思わず口角が上がり、含み笑いをしてしまう。残念ながら効果音はぐふぐふだ。


『何と言うか……種族の格差を感じずにはいられないよね』


「そだね。長耳族エルフと猫は、神様が気合入れて作った種族なんじゃないかな」


しみじみと語るが、そうなるとトロルは余った素材を寄せ集めて、適当に作られた種族っぽい気がしてならなくなる。


私は私で、自分の種族トロルも嫌いじゃないけどね。体力あるし。頑丈だし。





「ぬ、ぐ、あ”あ"ぁぁッ!!」


気合十分。どっしりと腰を落とし、目当ての樹にしがみつく。


そのまま、前後左右に揺さぶりつつ根っこを地面から引きはがしていく。


メキメキと音を立てるが、多少の細枝や根っこは切れても構わない。大事なのは樹木全体を意識して力を掛ける事なのだ。


「ふんぬっ!!」


広葉樹は案外横に広く根を張っているので、ひねりを加えて被さっている土を落とすのがポイントだ。


両手でもって持ち上げ、完全に根が離れたら適当な岩にでも立てかけるように置いておく。


林檎は自家受粉しないと聞いた事があるので、手頃なのをもう2~3本抜いていこう。


まるで根菜かなにかのように樹木を引き抜いて行く様に、アプリーリルは目を丸くしている。


「ほら。林檎一杯落ちるからさ、籠に詰めちゃってよ」


「は、はい。何と言うかその……豪快ですね」


繊細さそんなものは前世に置いてきました。おそらく、火葬場で荼毘だびに臥されたことだろう。


自分も一つ林檎を拾い、丸齧りにする。瑞々しく、多少酸味が際立つが悪くはない。


「ジャムとか、アップルパイ向けかな。追肥したらまた味も変わるんだろうけど」


次の樹を選定がてら見回していると、何やら意を決したようにアプリーリルが問いかけてくる。


「姫様、色々と博識ですよね。他のトロルの方達と比べて。その、異様なくらいに……」


数日も見てたら気にもなるか。今まで言い出さなかったのは、詮索するのもはばかられると考えたからかな。


けれど、別段問題はないのだ。むしろもっと早くに聞かれると思っていたけれど、アプリーリルは追い出された身だからか遠慮がちなようだ。


「私。前世が人間、こちらで言う普人族ヒューマンかな。それだったんだよね」


しかもこことは異なる世界だったみたいでね、と続ける。


目を白黒させるアプリーリルは実に可愛らしい。


「あの、聞いた自分が言うのもなんですが。そう言った事柄は秘密にするものでは……?」


「それを気にするような一族トロルが居るならね」


十中八九、理解できずに空腹でも訴えるのではなかろうか。


生まれ落ちてよりこのかた、自重など一切せず過ごしてても彼らは欠片も気にしていないのだ。


それこそ、例えばトロルから長耳族エルフが生まれたとしても、大喜びで迎え入れるんじゃないかと思う。


「私も、普人族ヒューマン長耳族エルフに生まれてたら秘密にしてたかもしれないし、分からなくもないよ」


「そう、ですか……」


思う所もあろうからね。林檎でも食べながら少し休憩しているといい。


アプリーリルをその場に残し、目についた若木を引き抜いて行く。


根元に巣穴でもあったのか、大慌てで飛び出した野兎を踏みつけ確保する。ラッキー、お肉ゲットだ。


「アプリーリル、良かったら火を熾して。焼いてくれない?」


「あ、はい。只今! すみません、連れて来て貰ったのに物思いにふけるなど」


いいんだけどね。彼女は何と言うか、自縄自縛におちいりがちな性格をしていると思う。


型にはまって安心するタイプというか、まじめで融通が利かないと評するべきか。


まだ若く、経験が足りないんだろう。私も人のことは言えないのだろうけれど。


「いいよ。別に何かしなければいけない事ノルマがある訳じゃない。気楽にね」


「は、はぁ。でも、自分の役割ですから……」


そう言って、必死に枝を擦り合わせはじめる。精霊魔法の素養はあっても、まだアプリ―リルはまともに術として使うことは出来ないそうだ。


その間に手早く頭を落として皮を剝ぎ、内臓を抜く。ついでに木串も何本か削っておく。


こういう時に備えて、小さな岩塩の塊は常に持ち歩いている。指先で適当に割り砕いて刷り込んでおいた。


「トロルはね。みんなでご飯を美味しく食べられたらそれで十分。そんな種族なんだよ」


うつむいて、火種を作っているアプリーリルにひとりごとのように語る。


「違うことは、罪だとでも言われてたのかもしれないけれど。それこそトロルにとってはね」


「食べる物を分け合う。それだけでもう仲間なんだよ」


くすぶっていた木片に、吐息を吹きかけ枯れ枝に移す。若干の煙と共に、調理をするのに十分なだけの炎が灯った。


涙目のアプリ―リルが顔を上げる。煙が目に染みた、って事でいいよね。


「ぐすっ。自分、肉は。少し、苦手、で……」


「いいんじゃないかな。焼き林檎も美味しいよ」


トロルは雑食なので。偏食気味な長耳族エルフほどに、拘るような矜持は持ち合わせていないのだ。


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