第7話

「プリンセ、おで、おで。めずらしいの、とった」


周知徹底より数日、幸い素直にキングは聞き分けてくれて、黒山羊のメーちゃんに手を出すことはなかった。


彼女は今も元気に元実験農場で草をんでいる筈だ。


今日は聞き分けの良かったご褒美と、日ごろの感謝も込めてと母と共に厨房に立っていたのだ。


「いいよ、何?」


猪やシカ、兎に大トカゲなんかはよく見る獲物だし、めずらしいというからにはクマか何かかな。


父はデカい。担ぎ上げられていると身長の関係から見えないのだ。


調理台にどさりとおかれたのは、銀の被毛に浅黒い体色。特徴的な長い耳は笹の葉のような形をしていた。


「ぐぅっ」


うめいた声はちょっと高めのアルト。手足は細めでちょっと痩せているようにも思う。そして服は着ていなかった。


なお、ぷらぷら揺れるものはついていなかった。女の子か。


「って、長耳族エルフじゃない。どこでとってきたのこんなの!?」


亜人族として、人とほぼ同等の扱いを受ける種族だ。間違っても狩っていいものではない。


血の気は失せて気を失っているようであるが、幸いにして外傷らしいものはない。手足に擦り傷を作っているくらいか。


「森、おちてた。おで、ひろった」


よかった、流石に迷子のエルフをさらって食べるほど鬼畜な食性はしていなかったらしい。


私も生まれて3年だから、トロルの全てを把握しているとは言えないのだ。


そうなると、なぜ今まで見なかったエルフの子供が素裸で倒れていたのか気にかかる。


『この子、ダークエルフだね。エルフの中でも闇の素養が強い突然変異だ』


なるほど、確かに肌の色は褐色掛かっているし。髪はブラウンから聞いてた金髪ではなく銀色だ。


「ダークエルフって裸で森を練り歩く習性とかあったりする?」


ないとは思うけれど一応、世慣れた古家精ブラウンに聞いてみる。成人の儀とか、部族の風習としてならワンチャンあるのかなと。


『いやぁ。そんな事はないはずだよ。追放されたんじゃないかな。多分掟とかで最低限の年齢まで育てたら、あとは知らないって感じで』


ブラウンは痛ましそうにエルフの女の子を見遣る。


それにしたって森に放り出すのに衣服まで剥ぎ取るのは、陰険が過ぎると思うのだけれど。


細かい傷だらけの手足が痛々しい。どこから歩いてきたのか分からないけれど、限界を迎えて倒れたって感じだろうか。


「って、いつまでも調理台の上に寝かしとくものじゃないよね」


手当をして寝床ベッドに寝かした方がいいだろう。こないだ作った私たちトロル用の試作品なので、少々固いが。


「そいえば、なんで私に?」


「プリンセ、いった。ふくきてないの、たべていい」


つまり、私なら美味しく調理できると思われたと。うん、不幸な事故だね。でもまさかこんな不憫な子が落ちてるとは思わないよ。


こんこんと、2本の足で歩いて喋るのは食べたらいけないとお説教するのであった。


カニバリズム駄目、ぜったい。




「ぅ、あ。こ、ここは……?」


あれから夜半に熱を出したりもして結構危なかったが、峠は越えたようで翌朝には目を覚ましてくれた。


「おはよう。気分はどう」


「ひぃっ、ト、トロル!?」


こぼれんばかりに目を見開き、まだろくに力も入らないだろう手足を踏ん張って、どうにか身を起そうとするダークエルフの少女。


反応が肉食の野生動物に忍び寄られたときのそれと変わらず、出来るだけ刺激しないように距離をとろうとしているのがありありと判る。


『やぁやぁ。君はボクの声、聞こえるかなー?』


「あ、古家精ブラウニー……」


まぁ、こうなることも半ば予想はしていた。一応は、長耳族エルフであるなら精霊を知覚できる素質を持ち合わせている可能性も高いだろうという事で、ブラウンに待機してもらっていたのだ。


元より、ダークエルフはエルフより基礎能力が高いそうだ。賢さや敏捷性が高い代わりに、筋力や生命力は落ちるエルフに比べ、闇の精霊の司る領域、すなわち体力があるのだ。


長耳族エルフに、追加で機能を+αしたものがダークエルフであると言えるだろうか。


だからといって、その人物が尊敬されるかは別問題だったのだろうけれど。


とりあえず、ブラウンが落ち着かせて状況を説明してくれている。


ところでいと尊き王の血を引く絶世の美姫にして、稀代の魔法の使い手とは誰の事かなブラウン。


「あ、あの……助けて頂いて、ありがとうございます」


おそるおそる、おそらくは半信半疑で声をかけてくる少女。


「どういたしまして。まぁ、君を拾ったのは私じゃなくて父さんだけれど」


おお、驚いてる驚いてる。会話が成立するどころか、言葉が通じるかすら怪しんでたようだ。


遠く離れた地域までは知らないが、この辺一帯の亜人族は大体精霊たちの言葉から派生した、妖精語を使うらしい。


私たちトロルが用いる言語もそれだ。


君主制どころか、部族社会としても怪しい社会体制のトロルが、王だの姫だのという単語を使えたのもこれのおかげ。トロルに貴族制度なんてないからね。


反面、わりと精霊の世界は厳密な階級社会でもあるようだ。特に上の方は掟だの刑罰だのもあるらしいし。


「それで、事情の方は話せそう?」


「あ、はい。別段隠すような事でもありませんので……」


やはりというか、残念ながらというべきか。彼女、アプリーリルは追放されたらしい。


元より里での扱いも良くなかったようで、野の獣として飢えて死ねとばかりに裸で放り出されたとか。


「それでも、まだ死にたくはなかったので」


うん、いい事だ。息をするのすら苦しくとも、生きている以上必死に生きなきゃならないのは前世でよくよく学んだ。


「当面はここで暮らすといいよ。ちゃんとご飯も着るものも出してあげる」


むしろ着ないとご飯扱いされるが、言わぬが花かな。余り変な先入観は持ってもらうべきではないだろう。


「え? でも、その……迷惑では。自分は、その。闇交じりですし」


「細くて小さいことは気にされるかもしれないけれど、我が一族トロルに光だの闇だの、そんな差異気にするのは居ないから」


むしろ気付くのすら居ないような気もする。


「ちょっとどころか、だいぶ知恵の巡りは鈍い身内どもだけれど。悪いようにはしないよ」


堰が切れたように泣くアプリーリルが落ち着くには、多少の時間が必要だった。

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