第6話

「プリンセ。おで、てつだう。ヤギ、とる」


土木工事を終えて。苗木も植えたので、さて今日はどうしようかと思案していたら、めずらしく父さんが提案してきた。


「うん、いいよ。行こうか」


丁度、家畜化計画も腹案にあった事だし、生け捕りにチャレンジだ。


ぐふぐふと上機嫌な父さんをうながして、狩場に向かう。


野山羊は自分たちが住処にしているのとは別の岩山に住み着いている。


どうしてそんな所にと思うような急斜面を器用に登り、壁面に生えている植物や岩塩を食んで生活しているのだ。


外敵から身を守る術としては、中々に賢いやり方と言えよう。


そんな獲物に対し、狩人たる父はというと。意気揚々と腕を回し、十分な気合をもって相対する。


「グォオオオオオッ!!」


咆哮ほうこうを上げ、岩肌に肩から突撃する。局所的な地揺じゆれをもってして、山羊を落とそうという試みだ。


あまりの知略の落差に、若干遠い目になる。偶蹄類ぐうているいの方がよほど賢い。


しかし、体格も増した父のぶちかましは、こんな脳筋狩猟法にもかかわらず確かな効果を上げる。


一瞬、身体が浮き上がるほどの振動と落石。


それに伴い、数匹の山羊がべぇべぇと悲鳴を上げながら落ちてくるのだ。


慌てて逃がさないように首根っこを引っ捕まえて確保していく。いくらトロルが怪力とはいえとんでもない。


『凄いね、王サマ。上位魔法だ』


「魔法?」


やることが無くて暇だったのか、ついて来ていたブラウンが思わずといった風に声を漏らす。


再び突撃を繰り出している父を見る。そう言えばいつの間にか強い大地の精霊の気配がする。


『”大地よ目覚め震えよアースクエイク” 使えるのは、精霊魔法が得意な種族。長耳族エルフでも一握りだよ』


司る場に居る精霊から力を引き出し、事象を歪める術が魔法。この場合は精霊魔法と呼ばれている。


神から力を引き出せば神聖魔法、悪魔から力を引き出すならば暗黒魔法だ。


大きな町などであれば、どれか1種類でも使えれば魔法使いであるとして尊敬を集めるのだとか。


魔法使いウィザード……」


山羊を捕まえた私を振り返り、キングは得意そうに口の端を歪める。


「おで、おで。ヤギ、もっとおとす!」


再び咆哮ほうこうを上げて岩山に突撃する。先ほど以上の地揺じゆれに、あわれな山羊が悲鳴を上げながら落ちてくる。


雄々しく吠え猛るキングの局部は、後ろから見てもやっぱりぶらぶらと揺れていた。


『立派な父さんだね。その、色んな意味で』


家族のために収穫を求め、類稀たぐいまれなる手段でそれを成し。そして、娘に良いところを見せようと張り切る彼は、まさしく善良にして働き者の父である。


だが、両手に余るほどの山羊を、どうやって確保するべきか考えが及ばない。そう言った点ではまさにトロルである。


現に落としたはいいものの、逃げ散っていく山羊の方がはるかに多い。


調子にのってごわんごわん岩山を揺らし続ける父を止めるべく、確保した山羊を振りかぶる。


すまない、罪もなき山羊さん。トロルは言葉では止まらないのだ。


空飛ぶ山羊は見事その身に帯びた使命を果たし、王への忠言を届けてみせたのだった。




「べぇ~」


「よしよし、なんとか落ち着いてくれたね」


旧実験農場。洞窟の一角に繋がれた、お腹を大きくした黒山羊を撫でる。


確保した山羊の多くは足を折っていたり、絶命したりしていたのだが、この黒山羊のみは負傷なく済んでいたため飼育することにしたのだ。


健康な個体は普通に逃げ散るので。あの狩猟法では仕方がない。


妊娠していたが故に逃げられなかったのだろうけれど、ミルクを採取することを考えたら大当たりである。


『大丈夫? 食べられちゃわない?』


「暫くは平気じゃないかな。焼肉パーティ大盛況だったし」


傷ついた山羊さんたちは、スタッフが美味しくいただきました。


岩塩だけの味付けであれども、さばき立てのお肉で作るあぶり焼きは大層滋味じみ深く、良い香りも相まって実に幸福な一時だった。


特に勇猛なる、父をいさめるためのマイ棍棒代わりにさせて頂いた、空飛ぶ山羊のローストは絶品であった。


おっと、いけないいけない。舌なめずりをする私を黒山羊ちゃんが怯えた目で見ている気がする。


「扉も新しく直したからね。ちゃんと繋いどけば逃げる心配もないし」


『それは良いけどさ、王サマに言い聞かせとかないと』


確かに。洞窟の崩落した区画、実験農場として私が占有しているここに立ち入るのは、自分が手伝いを呼んだ時を除いて、父王キングだけだ。


しかも、山羊は普段から食べてるので、この子だけ特別というのも理解してもらえるか怪しい。


岩山周辺に畑を作っても、すぐに引っこ抜かれてしまうのと理屈は同じ。区別がつかないのだ。


おやつを見つけた。これ幸いと、持って行かれる可能性も多分にある。


「よし、なら特別な特徴があればいいわけだ」


過日の晩餐となった山羊たちだが、皮革はしっかり採ってある。


体色の関係から、白山羊がいいかな。ぱっと見で目立つようにケープマントの状態に仕立てていく。


『なるほどね。”服を着てるのは食べちゃダメ”、分かりやすくていいんじゃない?』


「みんなの衣装に回す分が減っちゃうのは、痛い所なんだけどね」


家畜の数が増えたらそれも厳しくなるだろうが、当面はこの子だけだから致し方ないとしよう。


慣れてきたら首輪でもなんとかなるかな?


「君と君の子の命を守るためだからね。ちゃんと身につけておくように」


「べぇ~」


理解しているとは思えないが、一応忠告として言い含めておく。


幸いそこまでうっとおしがられはしてない様子。


二本足で立ちあがれば、タロットカードの絵柄になりそうな見た目にはなったがインパクトは十分だろう。


せっかく共同生活をおくるのだ。できるだけ長生きして欲しいものである。

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