第5話

「さて、畑の拡張―――と言いたい所なんだけれど」


現状、洞窟の天井に穴の開いている区画でプランター栽培をしている程度のものでしかない。


規模を広げるのなら、直に地面を耕すのが一番であるのだけれど。


『岩山の周りに作らないの? 水も日照も問題ないと思うけど』


周囲は森であるため、栄養豊富な腐葉土をそのまま利用できる。若干獣害が怖いが。


「……目についた端から、うちの身内が引き抜いて行きそうで」


一人と一精霊をして、ありありとその様子が脳裏をよぎる。喜び勇んで折角植えた苗を抜き、畑だったものにするだろう。


現状では日の目を見るより明らかな、無謀むぼうな試みであると言える。


「なので、上に伸ばそうと思います。こっちの区画は手出し無用を守ってくれてるし」


一部が崩落して日光が差し込む洞窟の一画は、暗い方が落ち着くトロルには居心地があまり良くない。よって、これ幸いと占有させて貰っているのだ。


天井の穴に向けて、丸太で作った梯子はしごを立てかける。太い丸太に階段状の切り込みを入れたもので、トロルの体重でもなんとか支えられる。


穴の淵から緑の蔦草つたくさが覗いているため、岩肌と言えども長年の堆積で積もった土もありそうだ。


そこそこ高さがあったので、これまで態々わざわざ上にあがったことはない。


期待を胸に身体を引き上げ、梯子を使いよじ登る。穴の淵に手をかけ這い上がった。


一時、さえぎるもののない日光に若干目がくらむ。


思っていた以上に、平坦な部分が多い。根の浅い、藪草やぶくさや苔に覆われているものの、広さ的にはバスケットコートが取れる程度はある。


しかも壁面の一部から水が流れている。うちの洞窟の中を流れる水源の一部なのだろう。


『へぇ、上ってこんなになってたんだ。あ、これなら見張り台とか要らなくない?』


「んー。端っこは若干荒いし、崩れても危ないからそこに展望台みたいに作ろうかな」


そして残る平地部分は屋上菜園の予定地である。これはいい場所を見つけた。


「やぐらを組んでクレーン……それよりも、バケツリレーの方が早いかな」


藪をこそいで、土を詰めれば葉物ばかりでなく芋類も行けるだろうか。


必要な土の量は、トラック換算で数台分になるだろう。


家族をピラミッド式奴隷労働にけしかける算段であるが、ショベルカーとブルドーザーが合わさったような、逞しき身内トロルである。頼りがいはばっちりだ。


2,3日もあれば、ここは見事な農場になるだろう。ついでに持ち上げる土にはふるいをかけて石を除いて貰おう。良いお野菜は良い土からだ。


姫様の秘密の花園シークレットガーデンだね』


「植えるのは薔薇じゃなくて、芋や大根かなんかだけどね」


小鳥や小動物なんかが遊びにこようものなら、迷わず丸焼きにされる素敵な庭園だ。


まさに、トロルに相応しいと言えるだろう。




若いトロルが太い丸太を担ぎ上げている。皮は剥いでいるがほぼ生木のそれは相当な重さであるが、苦にしている様子はまるでない。


「ンガ。プリンセ、もってきた」


「ありがと。そこに置いといてね」


丸太と土砂の山を、トロル海戦術でどんどん積み上げてもらう。


地上と屋上にそれぞれ人を配してのリレー方式だ。小さめの浴槽くらいはありそうなでかい桶で土は外から運んで貰う。


ある程度溜まったら自作のトンボもどきで一気に地均じならしし、水平を取る。


何度か繰り返せば、立派に耕作に適した地層の完成だ。


土砂が流出したり、風で飛んだりしないように囲うのも大事である。


現状ではまだなにも植えていないため、木枠と土で出来た舞台か何かのように見えるが。これから何を育てるか、考えるだけでも楽しいものだ。


『立派なもんだねぇ。増やすのは豆とお芋?』


完成したら、庭園の管理として力も及ぶのだろうけれど。建築には手を出せないブラウンが、育てる物を聞いてくる。


現状で確保している種や芋類を思い浮かべてみる。ここぞという時のために、せっせと採取しては保存管理していたのだ。


そら豆のような何かと、ジャガイモめいた何か。あとはサツマイモもどきと、謎カブかな。


「常々思ってたんだけれど、こっちの植物って変じゃない?」


野生種の筈なのに、食味も可食部も品種改良された栽培種並みにあるとか不思議すぎる。森に農家が種を蒔いたわけでもあるまいから、自然の物なのだろうけれど。


『ボクは直接は知らないけれど、大地の女神様の御業みわざらしいよ』


「えっと、豊穣の神様でもあるんだっけ?」


なんでも大昔に、飢えに苦しむ生き物たちを哀れみ、涙を流した。


それを受けた植物が大きく、強く育つようになったとか。


『母なる大地神として、人の村落とかではよく信仰されてるみたいだよ』


なお、女神様を模した神像は限りなく一部を平坦に作るのが太古の昔より習わしだとか。


調子に乗って盛ると、異端審問官が飛んで来るらしい。怖い。


「慈悲深い神様だね。おかげで助かってる」


神像をこしらえてもいいくらいに恩恵にはあずかっているが、立体造形は芸術的な素養がものをいう。私はその辺りに自信はないため、下手したらトーテムポールが出来上がる。


『闇と光の姉弟神、それに四大属性の神々を加えた六柱が一般的な信仰対象かな』


大きな神殿では、六柱纏めて祭っていることも多いらしい。


『他は個別で神殿とかもあるそうだけれど、闇の神殿だけはないんだって』


「なんで……あ、そう言う事?」


この世界においては個々に強い属性を宿す種族がいる。単一神殿はそれぞれの種族が奉じるものも大きいのだろう。


大は国として、小さくとも集落単位で。各種の神々はうやまわれている。


そして、闇の属性を持つ種族と言えば―――我らトロルである。


「……ねぇ、ブラウン。闇の姉神様の聖名みなは?」


『プロセルピナ様だよ』


眼を閉じて、不憫ふびん極まりない女神様に祈りを捧げてみる。眷属たる種族が、我らトロルで本当に申し訳ない。


一瞬温かいものに触れたような気がしたけれど、おそらく気のせいであろう。


御力を遣わすための原資が、どう考えても不足しているはずなのだから。


いたわしくあるので、どうぞ無理だけはなさらないで頂きたい。


「収穫が上がるようになったら、お供え物とかしてみよっか」


『いいんじゃないかな、喜んでくれると思うよ』

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