第4話

「さて、今日は本格的にリフォームするよ」


『おお、やったね! ボク暖炉付きの書斎とか素敵だと思うんだ!』


ブラウンがはしゃいでいるが、メイド控室くらいうちに需要のない設備である。


我が家である岩山の回りには、鬱蒼うっそうとした森が広がっている。


私が生まれてこの方、森から出たことがないくらいには広く樹影も濃い。


材料となる丸太は、諸々のついでに父や他のトロルたちが、引き抜いて積み重ねて置いてくれている。


持つべきものは重機のような家族である。ありがたい。


そしてここでキラリと物理的にも光るのが、ブラウンと必死になって磨いたトロル銀の斧である。


石斧で丸太から板を切り出すのは手間暇がかかって実に大変だったが、金属斧なら板だろうが柱だろうがお茶の子さいさいである。トロル的腕力にものを言わせれば猶更なおさらだ。


基本的に、壁も屋根も頑丈極まりない岩肌な我が家であるので、材木の用途は内装材だ。


壁やドア、他にも棚や作業台などの家具類になればいいのだが、それなりに分厚く作っておかなければ強度に不安が残る。


おおよその直線を墨片で印して、斧を振るう。


『いい切れ味だね。苦労したかいがあったよ』


カッコンと軽快な音を立てて製材が進んでいくのは見てて楽しいのだろう。古家精ブラウニー的には、これが司る領域の一部となると思えば感じ入るものもあるのだろうか。


「大広間と、厨房兼食堂。道具置き場に、水場と。ねぇ、各自の個室って要るかな?」


『あっても使わないんじゃない? トロルが一人で何しようっていうのさ』


寝る時は雑魚寝だし、わざわざ部屋を分ける意味もないかなぁ。


文机に向かい詩をたしなむには必要なのだろうけれど。


「実験農場と工房、は。うっかり作物を食べられると困るけど、扉で十分かな」


未成熟な苗や、実をつけていない茎を引き抜かれては大変だが、目につかなければ問題ない。


『なら、家畜小屋は? 野山羊とかならいけると思うよ』


なるほど。世話をしなければいけないデメリットはあれど、定期的に肉や乳が手に入るのは大きい。


板塀で囲って、風通しや日光も考えて、寝床になるわらを運んで。


「……なんか、私たちよりいい暮らしになる気がする」


『なら、ベットでも作ろうよ。ついでに食卓と椅子も』


「うーん、ベンチ式ならいける、かな?」


トロルの体重を支えることを考えると、輪切りにした丸太が一番だろうか。


別段装飾性など無用の長物なのだし、ささくれないよう、綺麗に削ればそれで十分かな。


『そうだ! 玉座はどうかな。王様に相応しいどっしりとしたやつ!』


「どこに置くのよそんなの」


最低限食べ物でも隣に置いておかねば、腰掛けもしないのが目に見えている。


床でみんな車座になってご飯食べてる時が一番幸せそうだものね、父さん。


「あとは……見張り台ね。できれば、馬防柵も」


正直一番難易度が高いが、無理してでも作る甲斐はあると思う。


『必要なの? プリンセ以外は多分使えないよ』


「考え過ぎかなとは、私も思うんだけどね」


ブラウンに聞くところによると、この世界ではやはり人族が最も多い種族であり、いくつかの王国に分かれて戦争をしたり交易をしたりしているという。


他の種族も、こちらは殆どが村や集落の規模ではあるものの集団を形成して暮らしを営んでいる。


広大ではあるが、食料となるものの豊富なこの森はいつか目を付けられるのではないか。


そして、そうなってしまえば、我々トロルは交渉の機会など与えられるのだろうかと不安があるのだ。


「せめて、備えだけはしとくべきかなって」


『うーん。けどま、旅商人は来やすくなるかな。目印になるし』


外観、総天然づくりの岩山だからね。うち。


わざわざ訪ねるのは巣穴を探しに来たクマくらいだろう。




「おで、おで。めし、いっぱいくう! うまい!」


キングが快哉をあげ、匙を掲げる。


全員に行き渡った丸太の腰掛こしかけから立ち上がり、一族一同を前にして堂々たる宣言だ。


日夜、地道に木を削りささくれを落とし、生活環境を改善していった結果だ。


大物小物合わせて、結構な数の生活用品を拵えた。


クインはあれから鍋の使い方を覚え、汁物を供してくれるようになった。


適当に具材を突っ込むごった煮シチューであるが、意外なことに普通に美味い。


元々調理に手を出すという、トロル的には鬼才と言っていい知恵と慧眼けいがんの持ち主だ。


味のバランスをとれたとしても不思議ではないのだが、誰に習ったでもなく勘だけで仕立てて。それでいてハズレがまず無しとは普通に凄い。


そして、確固たる決意を胸にくいしんぼう万歳を唱えた父であるが、以前と多少異なる姿である。


「父さん、なんかでかくなってない?」


縦にも横にも高さにも増加が見えて体積で1.3倍くらいになってなかろうか。


他のトロルたちも、及ばぬものの一回り位大柄になっている気がする。


栄養状態が改善されたからだろうか。流石生命力に定評があるトロルである。


「プリンセ、ま、まだちいさい。もっとくう。プリンセ、でかくなる!」


頭を撫でられる。悪いことではないんだけれど、あまりに急に育つと服が追い付かないのだ。


現に、今の父の装束は寸足らずである。局部がぶらぶらしている。うん、食事時に見るものではなかった。


「やっぱり、もうちょっと畑も拡張、かな?」


狩りの成果も上がってはいるが、消費も増えている。備蓄や貯蔵なんて、思いもよらないのが我が一族トロルだ。


皆の様子を見るに、芋や野菜などもった方がトロルの健康には良いのだろう。


そして「はらへった」だけは、一人残らず全員がのたまう言葉でもある。


決意を改め、匙を含む。私とてまだまだ食べ盛りなのだ。


日々の健康は食事から。父の言葉を借りるようだが、お腹いっぱい食べるとしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る