第3話

私たちの巣穴。――もとい、麗しの我が家は平野の深い森林の中、突き出すようにのぞいた石灰岩質の岩山に穿うがたれた、洞穴を元にしている。


そこそこ広く、邪魔っけな石筍せきじゅんの類はぶち折り、場所によっては光取りや空気抜きの穴をあけ、生活空間を確保している。スケールは違えどもちょっとした砦か秘密基地のようである。


私はその一角を専用の実験農場と工房兼物置とし、基本的に他の者は入ってこないよう扉を設けている。


他のトロルたちは守るのだが、父だけは何度言い渡しても頭からすっぽ抜けるのか、扉をぶち抜いて

構い倒しに来る。一応愛情故にと思っておこう。


うちの種族の成人年齢はいくつなのかは分からないが、全員が全員狩りに出る訳でもないので、私はもっぱら生活改善に努めている。


水を入れる容器や獲物を吊るす棒に木板。革紐などはあればあるだけ便利だ。


石器時代の文明水準なりに、細々と用意したものだ。


しかし今日は、それらを超えて利便性の高い道具。金属製のあれこれを作るのが目標である。


「炉を組んで、と。なんかピザ窯みたいだけどこれでいけるかな?」


塔みたいな溶鉱炉を建てるには、現状足りないものが多すぎる。効率は悪かろうが、最低限の必要量を確保できればそれでいい。


窯の部分に、確保しておいた鉱石を放り込む。含有割合は見た感じ高そうなので期待は持てる。


あとは木炭を詰め込んで火をつけ、お任せするだけだ。


そう。まがりなりにも古家精ブラウニーと名前を交わし合い、友となった私は精霊使いなのである。


熾り始めた炎に、ふいごから風を送って彼ら彼女らに呼び掛ける。


「八本足の火蜥蜴サラマンダー、麗しき風の乙女風精シルフよ。今しばらく手を貸して。つぶてが赤く燃えるまで」


炉口の中で踊りだした火と風の精霊に助力願う。ブラウンほど馴染みはないけれど、精霊たちは己の姿を見て声を聴けるものに大抵好意的なのだ。


暫く無心でふいごを吹かしていると、ようやく鉱石が赤熱を始める。


けっこう加熱したと思ったが、それでも溶けて流れるほどではない。融点の低い、銅や鉛ほど扱いやすい金属ではなかったか。


だがそれも想定の内。炉内より赤くなった鉱石を掻き出して、へこみのついた石床と石槌で一塊になるまで叩きまくる!


「か、固った。やっぱ熱量が足りない感じ? けど、一応は変形してるっぽい……」


ならもう後は、根気勝負。異様に頑丈で変形しづらかろうが、道具にするなら利点であると考えよう。


「こ、のっ! あき、らめて! まと、まれ! 乙女、なめんなっ!」


とにかく力任せにぶっ叩く。ガンガンと大音を上げ、無限と言っていいくらいに溢れる体力をもってして執拗しつように槌を振るいまくれば、最後は根負けしたかのように鉱石は延びてくれた。


ここまでくればしめたもの。はしたなくも無意識に舌なめずりをしてしまうが、それだけ金属の塊には使い道があるのだ。


炎の中で踊る小さな精霊たちがおそおののいていた気もするが、多分気のせいである。


再度精霊たちにお願いして加熱をし、小分けにして形作る。


何本かの包丁とナイフ。斧の頭。鍋を1つにリクエストの釘をそこそこ。残りは交易や補修に使いやすいように棒状に纏めておく。


とにかく固い金属だったので、焼き入れなどは不要だろう。むしろ砥石を掛けても削れるのか疑問に思う程だった。


一通り打ち終わり、精霊たちにお礼と魔力の提供をすませてから。あらためて、釘を一本手に取ってみる。


打ち終えたばかりのそれは、不純物は燃えたか分離したのか、若干緑の入った銀色で鉄とかに比べるとあきらかに軽い。


研磨する前だが、どことなく気品のある金属のような気がする。


「ふしぎ金属。トロル銀とでも呼ぼうかな」


叩いても叩いても一向に堪えない頑丈さは、ある意味親近感がわく特性だった。


なんにせよ、念願の金属製道具類。大事に使おう。


『お疲れ様。それにしても器用だよね、プリンセ』


石槌と燃えにくい木箸で成型した割には、ちゃんとそれっぽく見える出来になっているそれを、感心したように見やる。


「こっちに生まれて、ものづくり三昧だもの。慣れだよ」


あとは、私の性格によるものだろうか。今の身体の体力を思えば三日三晩でも集中していられる。


前世においては、人間の集中力だと90分がおおよその限界であると言われていた。


「あとは研ぎだね。そっちは手伝ってよ、ブラウン」


『まぁ、うん。家事の内かな、多分きっと……』


拡大解釈かもしれないが、魔力は大目に渡すのでどうにか頑張って欲しい。





さて、多大なる労力と資材を費やして文明の利器を手に入れたのだ。身内にも還元かんげんはせねばなるまい。


普段の食事をはじめ、資材集めには協力して貰っているのだ。


何より鍋と言えば、万物を変成へんせいさせる錬金術の基礎。


老いた魔女が不気味な笑い声を立てていながらも、他人から求められる所以ゆえんでもある。


煮炊きをすることで有用になる動植物を、人は数多く発見してきたものなのだ。


「一応野生種なんだけれど立派なもんだよね。こっちのお野菜」


カブっぽい見た目の皮を剝き、適当に乱切りをして鍋に放り込んでいく。


隣では母がぐふぐふと笑いながら手元をのぞき込んでいる。


かつて石窯の使いかたすら覚えてみせた、我が一族トロルきっての料理上手にして才媛さいえんである。


実際にたった一度で使い方を覚えてしまった母は、手間を惜しまず日々の食事を用意してくれる。


それよりは単純な、”煮る”という料理の工程もきっとすぐに使いこなしてくれるだろう。


石を積んで増設した専用かまどに火を入れて、ぐつぐつとカブ似の野菜を茹でていく。


このまま食べることもできるが、あまり美味しくはないだろう。予想通り結構な灰汁が出ている。


煮汁を笊で濾して、灰を一振り。そして上澄みを集めて再び火にかけ、とことん煮詰めていけば。


「完成。ブラウンシュガー」


「グゴォオオオオォォッ!!」


味見に一口食べさせた母が、吠えたける。衝撃だろう。


糖分はエネルギーに直接変換できるため、大体の生き物が好むものだ。


極稀に野性の蜂蜜を取ってくる者も居るが、砂糖の甘さはそれと比較してすら一線を画す。


「プリンセ、食う。食う」


そんな代物を、独り占めどころか作った私に食べろとうながす。


第二の生を受け、トロルらしからぬ言動を繰り返す私ではあるが、母は。父も一族もだが、特に気にもしていない。


理解が及ばぬのだろうし、愚鈍でもあるのだろう。他と比較するような知識の集積もないし、風聞を耳に入れるような聡さもまた持たない。


前世からしてみれば、醜い巨躯の怪物であること変わりはない。


だが、私の名前を呼ばれるたび。髪の毛すらもない頭をでかい掌で撫でられるたびに。


私は一族トロルの一員であると、親愛の情を感じずにはいられない。思わず頬も緩むものだ。


異分子でもない、客人でもない。私は私でありながら、受け入れられて愛されている。同胞に恵まれていると実感する。


「待ってね。このお砂糖で大学芋モドキにするから」


サツマイモではまずないのだろうが、味は似ている芋がある。


これもまた身内の誰かが採ってきたものだ。


輝くような黄金の芋は、どのような財宝よりもトロルを魅了することだろう。


晩餐が楽しみである。


―――念のため、マイ棍棒は準備しておこう。トロルはみなで共に囲む食事はとても大事にするが、この味は流石に未知の領域だろうから。

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