第2話

父王キングともなって食堂、と称している横穴をくぐる。


そこでは岩のような巨体が、ぐふぐふと含み笑いをしながら石窯いしがまから肉塊を引っ張り出している。


潰れた鼻に、ぶっとい手足。父に引けを取らぬ大きな体を丸めて食事の支度をしているのは、我が母である。


ちなみにミトンやエプロンなど上等な代物は用いない。その手は素手でもグローブのようにごつくあるうえ、トロルの表皮は分厚いのだ。


丸ごと焼かれた、おそらくいのししであろうそれを適当に分割していくつかの皿に盛っていく。


ちゃんと皮剥ぎも血抜きも済まされた代物だ。いい匂いがしている。


使用している木を削って作った大皿は、私の作品だ。


教えたのは私とはいえ、火を使って料理をし、しかも食器に盛って提供するという文化的偉業をこの母トロルは悠々とこなしてしまうのだ。


まさしくクインの名に相応しいと言えるだろう。


父王と、集まってきた仲間のトロル。そして私にもクインは皿を差し出してくれる。


食べる時は床に座って車座だ。食事はトロルにとって最も楽しみな行為の一つである。


「プリンセ、食う。食う」


ぐふぐふと息を漏らすような笑い方は品があるとはとても言えない。けれど、食事を摂りなさいと促すその眼差まなざしは確かな愛情にあふれている。


一応は塩を振られているだけの焼肉ローストだ。野趣にあふれにあふれ、味はかつての病人食に比べても単純で、部分的には劣るかもしれない。


しかし、そこまで私は不満を感じていなかった。それは今生こんじょうの身体がたとえ毒蛇だろうが痺れキノコだろうが平然と食えるからだけではなく。


食事から確かな温かさが感じられるからなのだろう。親愛の情だ。


あとあまり味わっている暇もないからというのもあるかもしれない。


プリンセである私は、キングの威光により尊重されているが、飯となれば我を忘れるトロルは大変多くあるからして。


食事の様相は、全員が手を付けだした瞬間より、野蛮人の宴と言うにはいささか品が無さすぎる現場となる。


まか、いつもの事ではある。トロルだもの。




改めて見やると、床に座り込み肉を食らって喜びの声を上げるトロルたちは20体を少し超えるくらい。


群れとしてはごく小規模なものであると言えるだろう。


当初は素裸だった彼らは、私のブラウンの努力により、全員が腰巻こしまき胸覆むねおおい。または貫頭衣かんとういのようなものを身につけるまでになっている。


未だ多少不足はあるが、最低限の身だしなみという奴だ。


流石に一族そろって丸出しなのはどうかと思って頑張ったのだ。


それに見方を変えれば彼ら彼女らは、王家に仕える近衛騎士にして貴族である。見栄えもまた大事だ。


実際に喜んでくれているのだろう。脱ぎ散らかす者も居ない。


全員が全員、私以上の巨体なので数を揃えるのは実に苦労をした。


トロルの生活様式は狩猟採集が主であり、素材となる大型動物の皮はそれなりに入手しやすい。


だが、毛皮を革になめす工程は。全て私か、ブラウンがこなす他なかったのだ。


植物繊維から糸を作って布を織るよりは、マシであったろうか。表面積がとにかくデカいので、服一つにも量が要るのだ。


「交易も視野に入れるべきかなぁ」


今後も考えると、さすがに私とブラウンの2馬力であれもこれもこさえていくのは限界がある。


『難しくない? ボクは人の街にも居た事あるけれど、トロルの旅商人なんて見たことないよ』


それはたぶん、筋骨隆々の長耳族エルフよりも珍しいだろうね。


5より大きい数を数えられるトロルは、まごう事なき歴史に名を遺す大賢者である。


短躯族ドワーフ有翼族フォルクは? 確か旅する種族なんだよね」


持ち込むのが無理でも向こうから来てくれるなら、取引できるのではないかな。


『可能性はあるけど、運次第かなぁ。それに対価になるようなものがないんじゃない?』


ブラウンの言葉に考えさせられる。一方的に奪う訳にもいかず、ちゃんとした取引というなら相手の欲しがるものを提供しなければならない。


「炭と煉瓦レンガくらいかな。あ、毛皮も行けそう?」


身近にある素材が、樹木と土と野生動物くらいなために選択肢が少ない。


斜面に穴を掘る土木工事などは、トロルたちがあっという間に掘りぬいてくれたので炭や煉瓦焼成れんがしょうせいは成せたのだが。


『どれも嵩張かさばるから嫌がられそうだよ。取引するには、もう少し単価の高いものが無いと』


さすがは古家精ブラウニー、人の世で生きる精霊は世間慣れもしている。


こっちの世界の常識など、身内トロルからでは教わるべくもなかった。ブラウンと友誼を結べたのは幸運だったのだろう。


『前々から計画していた、金属の精錬を進めるといいんじゃないかな。鉱石っぽいのは見つけてるんでしょ?』


「ちょっと大変だけれど、それがいいかなぁ」


手を出すと大仕事になりそうだから棚上げしていたのだが、これも契機か。


洞窟すみかの拡張工事中に見つけたのは、青白橡あおしろつるばみ色の金属光沢のある石だ。問題は含まれている金属の種類なんて、さっぱり判らないことくらい。


「刃物やお鍋なんかも欲しいしね」


手製のふいごと、煉瓦窯でどこまで加熱できるか怪しいが。最悪、砕けさえしなければ有り余る体力と筋力と腕力のごり押しで、叩いて叩いて叩きまくれば何とかそれっぽくはなるだろう。たぶん。


『応援してるよ。後できたら釘も作ってよ』


木材はあるので、接合できる釘があれば作れる物の幅はぐっと広がる。


家具はあればあるだけ嬉しいが。テーブルはともかく椅子なんかは相当頑丈に作らねば実用に耐えないだろう。古家精ブラウンの要求ハードルが高い。


必要なのは判るのだけれども。


「がんばってみるよ。めざせ、健康で文化的な最低限度の生活ね」


前世の指標であるが、前文のあたりには何のうれいもないのだけが幸いであろうか。

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