トロル転生 ~ちょっとこの種族規格外過ぎない? 平穏無事に過ごすため、自重も遠慮もマイ棍棒で殴り飛ばします!~

悠神唯

第1話

点滴だらけの腕は、どこまでも細く青白く生気を感じさせなかった。


もはや咳き込む体力すらなく、呼吸器の内側をわずかに吐息で曇らせるのが精々。


虫の息とは、まさに今の私の状態を示すのにもっとも相応しき言葉であることだろう。


元より難病を抱えており。学校に通えた日数よりも、病院に入院していた時間の方が長い生活をしていた。


世界的流行病COVID-19は、そんな死に掛けの私にとどめを刺すに十分すぎたらしい。


長く生きられるとは自分でも思っていなかったけれど、せめて高校は卒業したかった。


どうしても足りない出席日数を、様々な課題で埋めてくれた先生方に申し訳なく思う。


そして何より―――


「□□□□□□□□……」


音も聞こえない集中治療室の窓に、縋りつくようにして泣いている母と、その肩を抱く父には。本当にどう詫びればいいのやら。


私の身体が弱かったのは、別に二人のせいではないというのに。


涙を流して、生きて欲しいという両親の切なる願いを踏みにじる、我が身の親不孝がやはり少しばかり悲しい。


視覚も聴覚も、少しずつ暗く遠くおぼろげになっていく。


医師の先生方の必死の救命措置も、残念ながら功を奏してはいないようだ。


現代日本で生まれ育った私は、それほど熱心な宗教観は持っていないけれど、それでもこれが最後だ。


死ぬ間際くらいは、祈ってみてもいいだろう。


だからもし居るのなら、神様。


願わくば、次の人生は丈夫な身体で過ごさせてください。


丈夫な身体に産んであげられなくてごめんなんて慟哭どうこく、そう何度も何度も聞きたいものじゃないから。


―――そうして私。ヒイラギ ナナハの人生は終わった。





「グロォオオオオオオオォアッ!」


そんな過去に思いを馳せる、生誕からおよそ3年目になる私とがっぷり四つに組みあい、押しあいへし合いをしているのは今生の父君。


たくましき巨体に、野太い四肢。髪はなくギラギラと闇の中に光る眼を持ち、皮膚はゴツゴツした灰褐色。


獣から剝がしたような生皮を纏いつつも。丈が足りずに、ちんち〇をぶらぶらさせている。


「ふんぬぁら!」


腰を落とし、相手の重心を前のめりにさせることで、まさに怪力剛力と言っていい父のかりを受け流す。


「グォアァッ!?」


何も考えてない、いや本人的には娘に構って欲しくてちょっかいを掛けたつもりなのだろう父と身体を入れ替え、投げ飛ばした。


あっという間に身体も育った私は、父や仲間たちには及ばぬものの対抗できるくらいの力がある。


ズズンと軽く地響きを立てて、洞窟の壁に激突した父は目を回している。


まともな運動もままならなかった前世から思えば、埒外なほどに恵まれた体躯だ。息切れもしないし、食事も美味しく頂ける。


だが、上下逆さまになって衣服がめくれ、色々とお目汚しな部分がもろだしの父を見て思う所もなくはない。


前世で有名だった、とある幼少期に襲撃された少年魔法使いが主人公の作品にて、最低位の知性を示す種族がある。


洞窟に住み、闇に親しみ、その巨躯と生命力に一目置かれるも、けして机を共に並べて勉学しようなどとは思われない。


ファンタジーの金字塔たる種族、エルフやドワーフに劣らない知名度を誇る。父と私、そして仲間たちこそが。


「トロル、なんだよねぇ……」


確かに丈夫な身体で生きたいとは願った。病気知らずであるし、体力に関しては底なしと言ってもいい。


容姿に関しては、種族差もあるだろうから一概には言えない。前世基準で出来る範囲で身頃は清潔にしているし、多分相当整っている方だろうと思われる、トロルの中ではであるが。


けれどせめて、髪くらいはおまけに願っても罰は当たらなかったろうか。


つるつるの頭を撫でて、嘆息を一つ。


健康であることの尊さこそ理解はしているが、もう少しどうにかならなかったものだろうか。




『いやぁ。すごいね。王サマキング投げちゃった』


ふよふよと漂う、妖精めいた光の塊が笑い声をあげている。


目を凝らしてよくよく見れば、小人サイズの少年の姿が見て取れた。


その声は空気を震わせるようなものではない。精霊語と言われるテレパシーに似た言葉である。


「いい加減慣れたよ。それよりブラウン、縫物はできたの」


『当然! ボクらをなんだと思ってるのさ。古家精ブラウニーだよ?』


地球においては、一杯のミルクやクッキーなどと引き換えに家事をしてくれる妖精だがこちらの世界では精霊の一種族らしい。


精霊は、素養のない人間には姿も見えないし、声も聞こえないそうなのだが、親しめば魔力を対価に力を貸してくれるという。


『けど、流石に革をなめすとこからはしんどいよ。魔力貰うねー』


頭の上に張り付かれ、熱量を奪っているような、採血でも受けているような微妙な感覚。


魔力という謎エネルギーを媒介に、ブラウンたち精霊は魔法を行使してくれる。


種族ごとに特徴があるようで、古家精ブラウニーならば家事や機織はたおりの手伝いなどだ。


前世なら貧血やめまいに襲われたのかもしれない。が、今世の身体はとにかく頑丈である。多少吸われた程度では影響はほぼない。


『あ、そういえば王サマキングが農場入り口のドア吹っ飛ばしたてから修理してよ?』


「また? 結構丈夫に作ったのになぁ」


『あれが無いとさすがにこの洞窟を家と認めるのは苦しくなるからね! いまでも結構きつくないかなぁとか、思わなくもないんだよ』


精霊は、司る場では力が強くなるが、それ以外の場所では存在する事すら危うくなるらしい。


力の強い個体はある程度無理もできるそうだけれど、それでも限度はあるとか。


「木板の在庫もそんなにないし。ううん、フローリングは夢のまた夢だね」


『贅沢だってのは分かるんだけどねぇ。君ら、地べただろうが石畳だろうが沼の中だろうが、何の問題もないでしょ』


むしろ雷雨の最中に野ざらしだろうが平然と熟睡できる。頑丈さと生命力は我が種族トロルの代名詞と言ってもいい。


「日光は眩しくてちょっと苦手だけどね」


『そこは仕方ないよ。君達の種族は闇の属性が強いし方だし』


土の属性が強いのは短躯族ドワーフ。火の属性が強く働くのが竜人族リザードマン。水の属性が強ければ人魚族マーメイド。風の申し子と言われるのが有翼族フォルク


そして光の属性が強ければ長耳族エルフになるとか。


「グゥ……んん。プリンセ……」


逆さまになっていた父が、頭を振って起き上がる。


なお、プリンセというのは今世における私の名前だ。父が付けた。


妙に文化的で、階級を意識させられる名前なのは、父も精霊を見て、会話が出来るゆえだろう。精霊にも王や姫は居ると聞くから。


起き上がった父は、何かに気づいたように此方を見据え、堂々と宣言する。


「おで……おで………は、はらへった!」


インテリなのだ。父はこれでも。……トロルの中では。

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