その2 ナーちゃんとイワシ
「さあ、姫様を返せ! この悪党め!」
自称「超美形最強万能護衛隊長」イワシャールは俺の鼻先すれすれに原始人のヤリを突きつけた。
ええと。
まずはどこからツッコんだものか。
変なものを見た驚きで最初こそ気がつかなかったが実はこのイワシ、雑魚の分際でとてもいい声をしている!
歌劇とかで出てくる男性役の女性、みたいな?
歌を唄わせたらきっと期待に応えてくれるに違いない。
声だけで判断する限りこのイワシ、性別は女らしい(断定できる何物もないが)。
「これ以上姫様に狼藉を働くというのなら、この聖なるポセイドンのヤリでお前を殺すからそう思え!」
……?
ポセイドンのヤリ?
もしかして……右手に握っているそれのことか?
「公園に落ちている木の枝+ちょっと尖った石ころ」にしか見えないのは気のせいだろうか。
しかもイワシャール。
ポセイドンのヤリ(自己申告)を持つ右腕が「ぷるぷる」している。
彼女にとってこの得物の重量はかなりキツいようだ。
両腕で持てば良さそうだが――飛び出た頭部があまりにもでかすぎ、両腕が届かない。
つまり、物理的にムリがある。
俺は確信した。
このイワシャール、最強万能どころか冗談抜きで弱いに違いない。所詮は突然変異(と結論づけるには無理がありすぎるものの)のイワシに過ぎないのだ。
捕獲して魚屋かオペラ座に売り飛ばしてやろうかと思ったが――ちょっと待とう。
人魚のコが彼女(?)の姿を目にした途端「あっ!」みたいな表情をしたからだ。
道端でばったり友達に出会ったときの顔。
急に明るい表情になった彼女、前のめりになってイワシャールに何か話しかけはじめた。
声になっていない口パクだから何を喋っているのかわからない。どうやって通じ合っているのだろう?
が、イワシャールは表情のない魚顔で「うんうん」と頷いて聞いている。当たり前のことだが、そもそも魚に表情などはないのだ。
人魚の美少女とでっかいイワシの無音の会話。
――なんだこのいい加減な光景は。
学芸会かよ。
俺は呆気にとられたまま、ぼーっとその奇っ怪なやりとりを眺めていた。
人魚と魚人、こうして並べてみれば違いがよくわかる。ふと思ったけど。
三分後。
「そうでしたか。わかりました……」
イワシャールは頷き――いや、身体全体を一度前にふると、ポセイドンのヤリをすっと引っ込めた。
そしていきなり、
「いいか、そこのブサイクな人間! よく聞け!」
命令してきやがった!
「お前が連れ去ったそのお方は、私達ブルーフィッシュ共和国の姫君、ナタルシア様にあらせられるのだ!」
――今、なんと?
謎の固有名詞を聞いて俺の頭に一瞬「?」が点滅したが、すぐにピンときた。
ああ。
ブルーフィッシュ=青魚、ね。
単純だな。
「姫君はブルーフィッシュ共和国の危機を救うため、他の勢力と平和協定を結ぶべく御自ら交渉活動にあたられていたのだ。……ああ、なんと健気な姫様!」
ん?
なんか話がおかしいぞ。
平和協定? 交渉活動? 海の底で、か?
人類の与り知らぬところでサカナどもが寄ってたかって妙な企てを――って、そこ!
イワシャールがそのでっかい目玉から涙を流してるし。今の話のどこに泣けるポイントがあったのか、全くわからねぇ。
ヤツは腕で涙を拭い――というより、目玉をごしごしこすったようにしか見えないが――痛くないのだろうか。そういや魚に痛覚はないという。
イワシはポセイドンのヤリをトン、とじゅうたんの上に立て
「ナーちゃんはこう仰せになっている!」
――おい。
自分んところの姫君をいきなり「ナーちゃん」呼ばわりか。
お前はどれだけ偉い側近なんだよ。イワシの分際で。
「この人間のお方は、悪い方ではなさそうです。怪我をした私の手当てをしてくれましたし、とても勇気があってお優しい方だと思ったのです、と」
褒めすぎだよ。俺はその彼女を釣ってしまった加害者なんですけどね。
ふと視線を移すと、いつの間にかナーちゃんがニコニコして俺の方を見ている。
――そこで俺は気が付いた。
そこら中によくあるよな。
RPGで勇者にまつりあげられる的な展開。
「あなたこそ光の戦士です!」チックな、本人の意向を完全に無視しきった強引かつハタ迷惑なお話。俺が知る限り、古今東西自主的に悪者退治に立候補した英雄気取りバカ野郎はあの桃太郎くらいなものじゃねぇ? 祖国防衛という目的を甚だしく逸脱して鬼達の領土と主権を侵害した悪質な昔話。
あ。
一寸某氏とやらも似たようなパターンだったっけ?
「そこで、美しく心が海底のように広いナーちゃんは、お前みたいなどうしようもない人間の端くれに対して――」
「……待て、このイワシ野郎」
俺はなおも勝手に続いているイワシャールの話を遮った。
「思わず乗せられてしまうところだったが、要はかくかくしかじかという、お前らにとーっても都合のいい話だろ?」
「な……! まだ何も話していないというのに! お前、タダの冴えない人間じゃないな?」
ずざっと後退りしたイワシャール。動揺しているらしい。
図星かよ。
「ま、待て! 私の話を最後まで聞くがいい」
「あん?」
「そんな勇者などというインチキ話と一緒にするな。――聞いて驚くなよ? ナーちゃんはお前を『私のダンナ様に』と仰ったのだ」
おっと?
風向きがちょーっと違ったか。
とはいえ、いきなりその「ダンナ様」はどうだろう? 俺まだ未成年だし。
しかし、イワシャールの弁解には続きがあった。
「が、どう見ても貧乏くさくて器が小さそうなお前をナーちゃんの夫になどとんでもないと私は思う。しょぼいお前にとっても責任が重すぎるだろう? だから、この私が今からナーちゃんに、お前を下僕にするようにたの――」
うんうん。
そーかそーか。
最後まで聞く必要は一ミリもないね。
さっき発生した俺の頭の上の「怒りマーク」はすでに部屋一杯の大きさになっているから。
「……おい」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「ん? なんだ、非イケメン人間」
俺の拳がぱきぽきといい音を立てている。
「さっきから黙って聞いていれば、なんだって? ブサイクにはじまり、どうしようもない人間の端くれ? タダの冴えない人間? おまけに貧乏くさくて器が小さそうでしょぼくて、とどめに非イケメン? よくもまあ、それだけ悪口を思いついたものだな、おい」
轟々と燃え上がっている俺の怒りオーラを感じたらしいイワシャール。
慌てたように両手をぶんぶんと振りながら
「ま、待ちなさい! ウソをついたのなら私が悪いが、私は事実をありのまま述べたのだ! ブルーフィッシュ共和国の国是にもあるのだ。『ウソをついてはいけない』とな。――そう、そうだ! 下僕が気に入らないなら、こういうのはどうだ? 私の夫、兼召使い! これなら文句もないだろ――」
「……いっぺん三枚にオロされてこい!!」
ガシャーン――
俺の怒りのシュート炸裂。
イワシ野郎は元来た窓からぶっ飛んでいってしまった。
「あーれー――」
夜空に奴のオスカル的美声がフェードアウトしていく。
「……おとといきやがれ」
仁王立ちではーはーと息を荒くしている俺の背後では――ナーちゃんが呆然としていた。
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