第33話 体力テスト①

 ホームルームを終えて、帰路に就く。


【球技大会、北原さんと同じバレーボールになっちゃった。正直、憂鬱だけど迷惑かけないように頑張らないとだね。頼君は野球だよね、応援してるからね】


 最近、日課になっている冷夏のメッセージを受け取って、返信を送る。


【ありがとう。俺も冷夏のこと応援してるよ。また、明日】


 俺には、今回同じチームに浅野や大野君がいるけど冷夏は一人で大丈夫だろうか……奈季がチームメイトを孤立させるようなことはしないだろうから、あとは上手く立ち回れるかどうかだな。


(明日は、体力テストか……去年は変に目立ってしまったからな。憂鬱だ、冷夏も同じように考えてそうだな)


 電車に揺られながら窓から見える夕日を見ていると、落ち込んでいく気分が少し晴れていく様な気がした。


 ▽▼▽▼


「ただいま」

「おかえり、奈季。少し遅かったな、寄り道してた?」

「教室でクラスの皆に捕まっちゃって、話し込んじゃった。早く帰るつもりだったんだけど」

「人気者は、大変だな」

「頼だって、人気者でしょうが」


 いつも通り、とりとめのない会話をしながら食事をするため同じテーブルを囲む。


「ねえ、明日の体力テスト去年みたいに、また目立っちゃうんじゃないの?」

「そうなんだよな……。一応、体育の成績にも入るらしいから手を抜くわけにもいかないし」

「普通に運動部の人たちよりも好記録出しちゃうもんね、頼は。大丈夫だよ、最近、頼も教室で私たちの会話に混ざる時あるじゃない?少しずつ他人の目に慣れていってるんだよ」

「そうだといいけど。……っていうか、奈季。最近学校で俺に遠慮なさすぎだろ……そっちの会話に俺を巻き込んでくるし」

「良いじゃん、学校でも私と話せて楽しいでしょ?それに、クラスの皆も頼と話したいんだよ」


 そう答える彼女は、終始ニコニコしている。


「そういえば、氷室さんと同じチームになってさ。今日、少し話したんだ。運動は、得意じゃないって言ってたよ」

「そうか。もし奈季さえ良かったら氷室さんのこと球技大会が落ち着くまで、気にかけてあげてほしい」


 そう言うと、奈季の食事をしていた箸が止まった。


「……氷室さんのこと……心配……なの?」

「え?……うん。俺も基本的には彼女と同じで一人だから。球技大会……誰かと共同作業するときは心がきついから、な」

「……そっか、わかった。少しだけど氷室さんと話してみてなんとなくわかった。普通に良い子だし、少し頼に似てるような気がした」


 俺たちは、食事を終えて就寝するまで共に授業の復讐と予習に取り組んだ。

 まだテスト前ではないが奈季はいつも以上に集中しているように見え、その表情は何か明確な目標に向かって頑張っているように感じた。


 ▽▼▽▼


「よっしゃ!運動部として、ここは頑張らないとな!なあ、浅野、片桐君!」

「いや、俺も片桐も部活入ってないし。誰と競い合ってるんだ、大野は」


 今日の学校は、体力テストのみで一日が終了だ。

 一年生が午前の最初から、俺たち二年生が午前の途中からお昼を挟んで午後まで、三年生が午後から夕方というスケジュールになっている。


「はい。では二組は順番に握力を計り終わった人から、反復横跳びをしてください」


 成瀬先生の指示のもと、体操服姿の俺たち二組の生徒は体育館でテストをこなしていく。


「おい!女子たち、いいか!球技大会は、この体力テストから始まっているんだ!他のクラスに舐められないように良い記録出すんだぞ!」

「うっさい!私たち女子は運動が得意じゃない子が多いの!ていうか、大野の番でしょ。早くしろ!」


 女子生徒たちから冷たい視線を受けながら、大野君は握力測定器を力強く握った。


「おー!すげー!大野、握力78キロだって、さすが4番バッターだな!」

「ふふ、そうだろ!凄いだろ、毎日バット振って鍛えてるからな!」


 大野君の出した記録に男子生徒から、称賛の声が上がる。

 しかし……。


「うわー。大野、握力78だって。もう、ゴリラじゃん。バット振ってるゴリラ!」


 女子生徒たちから彼を揶揄する声が止まらない。


「ちっ、なんだよ。どうやら女子には、俺の握力の素晴らしさが分からないらしいな。次、片桐君だよ」


 俺は、大野君から握力測定器を受け取った。


(皆、大野君の話でもちきりで俺のことを見ていない。さっさと終わらせるチャンス)


 誰も見ていないことを確認して、俺は握力を計った。


(去年とあまり変わらないな。まあ、十分だろう)


 記録表を持つ先生の元へ、その結果を見せに行こうとしたのだが……。


「片桐君、どうだった?ん……え!?」


 俺の持つ握力測定器に表示された数字を覗き込んできた大野君に見られてしまった。


「片桐君!凄いじゃん!握力89キロ、高校生のレベルじゃないぜ!」


 大野君の必要以上に大きな声に、クラスメイトの注目が俺に集まる。


「え――!!すごい!流石、片桐君!」

「きゃー!やっぱり王子は、力持ちなんだ!」

「そうだよ!片桐君、去年の体力テストも凄かったんだから!」


(はぁー……やってしまった。完全に誰よりも目立ってる。な、なんか気分が悪くなってきた)


「はいはい。後がつかえているから男子、順番に早く計測して」

「女子もそうだよ。一通り済ませたら、お昼休みに入るからね」


 学級委員の浅野と市川さんの一声で、騒がしかった体育館が静められていく。


「片桐と大野は次に行け。俺が、クラスの連中の相手しとくから」

「ありがとう、浅野」


 俺は、浅野に小声でお礼を言って大野君と次の測定に向かった。


「なんだよ、女子の奴ら。俺の時と全然態度違うじゃんか。それにしても、凄いな片桐君。皆、大騒ぎだったじゃん」


(君が大きな声で、俺の記録を暴露したからなんだけどね)


「片桐君さ。体触るとガッチリしてるの分かるけど、どちらかというと細身の体つきだよな。どんな鍛え方してるんだ?」

「特別なことはしてないよ。ランニングしたり、公園の鉄棒とか使って筋トレしたりかな」

「はー!上手いこと必要な筋力だけが、育ってるのか!君を野球に誘って正解だったよ!」

「いや、まだ球技大会始まってもないけど……俺、野球ほとんどしたことないし」


 適当に雑談をしながら測定を進めていき時刻は、正午を迎えた。


「浅野、片桐君、野球部の連中と昼飯食うんだけど、二人も来いよ」

「俺、これから昼休み生徒会の集まりあるからパス」

「そっか。片桐君は?」


 彼の誘い自体は嬉しいが、見ず知らずの人が大勢いるところに俺が入っていけるはずもない。


「ごめん、俺も用事があって。じゃあ、また午後にな」


 大野君は何か言っているようだったが、俺は急いでその場を後にした。


(まあ、用事なんてないけど。嘘も方便……大野君、許してくれ)


 一度、教室へ戻り鞄から弁当を取り出す。


(久しぶりに、あそこに行くか。一人になれるし)


 教室を出ようとしたとき、奈季と冷夏の姿が目に入った。


「ねえ、氷室さん。バレーボールのチームでお昼食べるんだけど、一緒に食べよ」

「え、いや……でも、私は」

「ほら、行こう」


 奈季は冷夏の手を引いて、女子数人の集りへ連れていく。


(奈季、俺が言ったこと気にしてくれてるんだ。少し強引だけど、冷夏も本当に嫌なら断るだろう)


 俺は、そんな彼女たちの姿を見届けてから弁当を持って旧校舎裏のベンチへ向かった。


 ▼▽▼▽


「ふぅー、風が気持ちいい」


 このベンチに座っていると、吹き抜けてくる風を全身で感じることが出来る。


「さて、腹ごしらえをして午後も頑張るか」


 弁当を一人で食べ始める。

 今日は、和風のり弁当にしてある。

 朝、少し早く起きて俺と奈季の二人分の弁当を作るのも日課の一つだ。

 豪快に焼き鮭をメインに添えて卵焼きなどのおかずは奈季の好物を詰めてある。


(奈季、喜んで食べてくれてるかな)


「頼君……」


 ご飯を口に運んでいると、背後から声がして驚いた。

 振り返ると、そこにいたのは弁当袋を抱えた冷夏の姿だった。


「あれ、冷夏?北原さんたちと食べてたんじゃ……」

「うん……。でも、やっぱり気まずくなっちゃって。適当に理由付けて教室出てきたの」

「そっか。隣座る?」

「うん!」


 俺と冷夏は誰も来ない校舎裏のベンチに並んで腰かけて食事を始めた。


「なんか、頼君と会話するの久しぶり。メッセージ、いつも返してくれてありがとね」

「いや、俺も誰かとメッセージ送り合う事なんてほとんど無いから新鮮で楽しいよ」

「それって、頼君の幼馴染とは……あまり連絡取り合ったりしないってこと?」


 冷夏は、食事の手を止めて俺にそう問いかけてくる。


(まあ、急用がある時ぐらいか……奈季とは、わざわざ連絡取らなくても家に帰ったら話せるし)


「まあ、そうだな」

「そっか……そうなんだ」


 冷夏は、ほっと一息ついて少し笑った気がした。


「そういえば、頼君さっき凄かったね!握力計測の時」

「あー、俺としては目立ちたくなかったから、ずっとテンパってたよ」

「ふふ、そうだろうと思った。頼君なら、他の体力テストも良い成……せき、を」

「ん?どうした、冷夏?」


 突然、冷夏は言葉を閉ざして固まってしまっている。

 彼女の視線が向いていたのは、俺の弁当だった。


「大きい鮭……」

「え?ああ。少し食べる?」

「その、お弁当誰が作ってるの?」

「え?俺だけど……」


 冷夏の質問の意図が全く分からなかった。

 彼女は、しばらく放心状態で俯き黙り込んでしまっている。


「おい、冷夏?大丈夫か?」


 俺のその言葉に顔を上げた彼女の表情は、涙目で下唇を少し噛んで何かを必死に堪えている様子だった。


「頼君、聞いてもいい?」


 どう声を掛けようかと思っていた矢先、口を開いたのは冷夏だった。


「……冷夏、一体どうした?」


 彼女の様子からしても、その心境はただ事ではないように思えた。


「頼君と北原さんって、どういう関係なの?」


 俺は、その質問を聞いた時……漠然と背筋が寒くなった気がした。

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