第32話 種目決め
四月中旬。
高校二年生になってから一週間ほど経った。
新学期初日に初デートをした氷室冷夏とは、あれ以来一言も話していない。
まあ、お互いに学校でのスタンスを考えれば他人が大勢いる中、会話するわけにもいかない。
しかし、あの日から一つ変わった事。
学校がある日は、朝に登校してきた時と帰りの下校するタイミングで彼女からメッセージが届くようになった。
【おはよう。今日はいい天気だね】
【帰るね。今日の歴史の授業結構面白かった。また明日】
というような、一言二言のメッセージが送られてくる。
俺も似たような短いメッセージを返すことが日課になりつつあった。
気にしていた高田さんとの関係も今は特に何も無いように見えた。
「ねえ、北原さん!球技大会、何の競技がご希望ですか?」
「何言ってるの?奈季様は、どの競技でも部活生に負けない活躍ができるのよ!」
休み時間になるたびに、俺の後ろの席に座る奈季はクラスメイトに囲まれている。
奈季には、冷夏について少し話してしまったが彼女もまた家でも学校でもいつも通り明るく過ごしている。
「ねえ。片桐君は、どんな競技が得意なの?」
「馬鹿だな。片桐君も北原さん同様、どの競技でも活躍できるんだよ」
席が近いもので奈季とクラスメイト達の会話がこちらに飛び火してくることは、しばしば起こってしまう。
「あ、いや……俺、球技って苦手で」
「えー!?嘘だろ、片桐君。去年体育のサッカーでドリブルとかも凄かったじゃん。俺、野球部だけど片桐君が運動神経がスバ抜けてるの分かったぜ」
俺の一つ前に座る男子生徒は、二年生にして野球部の4番を任されているらしい。
彼の名前は確か、
(個人的なプレーは、そこそこ出来る自信はあるけどチームプレイが苦手とは言いにくいな)
「もしかして片桐君は私と同じで、スポーツ自体あまり経験がないのでは?
「そ、そうかもね。北原さん」
俺が返答に困っているところをフォローしてくれたんだろう、しかし……。
(奈季の奴、この状況楽しんでいないか?)
こんなふうに俺もクラスメイトに話しかけられることが時折起こる事で、以前よりは他人とスムーズに会話が成り立っているような気がする。
ここで予鈴が鳴り、奈季の周囲に集まっていたクラスメイトたちが自席へと帰っていく。
俺も手に持っていた文学書を鞄にしまって、前を向き本鈴に備える。
今日は六限目までの授業が終了しており、週に二度行われる七限目のホームルームを終えれば下校できる。
「なあ、片桐君。今からホームルームで球技大会の出場種目決めるだろ。俺、野球がやりたいんだよな。男子は野球かバスケになったじゃん?片桐君も野球を選んでくれない?」
前方に座っている大野君が振り返り小声で、俺にそう懇願してくる。
「で、でも大野君、野球部だろ?部活生が所属している競技選ぶと、良く思われないんじゃ……」
「大丈夫だって。選んじゃいけないわけではないし、他のクラスの奴もバスケにはバスケ部、野球には野球部入れてくるって」
大野君は目を輝かせて、そう語る。
(部活でも野球やってるのに、球技大会でも野球やりたいのか……なんか、熱量が凄いな……)
「なあ、頼むよ。このクラスの野球部、俺含めて三人しかいないから戦力欲しくてさ」
(野球か……バスケはパスしたり味方の配置を気にしたり大変だけど、野球のプレー自体は個人競技に近いものがあるからな。バスケよりは、いいかも)
俺は、少し考えて彼の申し出を受けることにした。
「わかった。素人だから戦力になれるか分からないけど。あと野球希望者が多かったら、あぶれるかもしれないし」
「全然大丈夫だよ。ありがとう!」
彼とそんな約束をした直後、本鈴が鳴った。
「はい、静かに。では、ホームルームを始めます。学級委員の二人、お願いね」
担任の成瀬先生の言葉で、浅野と市川さんが前に出る。
クラス内の決め事の進行は学級委員が進行する通例だ。
「では、球技大会男子の人数の割り当てを決めます。競技はバスケと野球です。このクラスの男子は18人なので補欠も入れて、バスケ7人、野球11人で配置します。バスケがしたい人は挙手を」
浅野の指示で手が上がったのは、バスケ部に所属する生徒たちがメインでピッタリ7人だった。
「はい、では。残りに人たちは野球ということですので、大会までにそれぞれの競技で話し合いなどを行ってください。男子は以上です」
「次に、女子の割り当てを決めます。女子の競技は、バスケとバレーボールです」
浅野の出番は終わり、次は市川さんが場を取り仕切っている。
男子の競技に関してはすんなりと決まり、女子の競技について話し合われている。
男子は、それぞれの競技で固まって作戦会議という名の談笑が始まった。
「片桐君、簡単に決まって良かったな。ちなみに好きな野球選手とかいる?」
フレンドリーな大野君は、俺によく話しかけてくれる。
「ごめん。俺、あんまり詳しくないから」
「そうか。最近の日本の野球選手凄いんだぜ。アメリカでも活躍してるし」
球技大会の種目アンケートで野球が断トツで一位だったそうだ。
大野君の言う通り、最近の日本人選手の活躍が凄まじいらしくその効果らしい。
「今度、野球部で練習試合やるんだけど見に来ないか?片桐君なら大歓迎だぜ」
「え?あー、そうだな……」
親しい人どころか知り合いも、ろくにいないのに見に行っても仕方がない。
というか大野君には悪いが、あんまり興味もない。
「おい、あんまり片桐にがっつくなよ。困ってんぞ」
そう間に入ってきてくれたのは、学級委員の浅野だった。
彼は、本当にいつも良いタイミングできてくれる。
「なんだよ、浅野。ていうか、お前も見に来いよ」
「行かない、勉強とか生徒会で忙しい。それより、女子の方も決まったみたいだぞ」
教室の前方で集まっている女子の集団が騒がしい。
「あー!私も王女様と一緒にバレーボールしたかったな!」
「私も!あ、でも同じチームだと足引っ張っちゃうから外野から見るほうが楽しいかもよ!」
どうやら、奈季はバレーボールに決まったらしい。
「みんな、頑張ろうね!」
「「「「お───!!!」」」
奈季の一言で周囲の女子たちだけでなく、なぜか遠巻きの男子たちも雄叫びを上げている。
「すごい人気だな、北原さん。おまけにリーダーシップもある」
どこか感心するように浅野は言う。
「そうだな」
(奈季は、小学校と中学校で辛い思いもしてきたから……今が楽しいんだろうな)
「氷室さん、同じチームだね。一緒に頑張ろうね」
「え?あっ……うん。よろしく、北原さん」
奈季が、教室の隅の方で一人でいた冷夏に声を掛けている。
この時、奈季と冷夏がそれぞれ内に秘めた想いを強く持って向き合っていたことを俺は知らなかった。
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