第29話 新学期とクラス替え③
明日で海星学園は、新学期を迎える。
私、氷室冷夏は高校二年生になる。
【明日から、新学期だね。もしも、同じクラスならよろしくお願いします】
緊張しながら、少し前に連絡先を交換した彼に……頼君にメッセージを送った。
メッセージを送って一時間程経つが、返信はない。
「もう夜遅いし、寝ちゃってるのかな。ウジウジしないで、もっと早い時間にメッセージ送ればよかったな……」
私も寝ようかとベッドに腰かけたその時、スマホの通知音が鳴る。
【こちらこそ。その時は、よろしくお願いします】
私と同じく、短い文章が送られてきたことに頼君らしいなと思った。
彼からの連絡一つで、こんなにも心が温かくなる。
可愛いアニメのスタンプを彼に送った。
「明日、クラス替えか……同じクラスがいいなぁ」
仮に頼君と同じクラスになれたとしても私たちの性格上、特に関わり合うようなことはないだろう。
それでも、彼と同じ空間で同じ時間を過ごしたい。
そんなことを考えながら、やってきた睡魔に身を任せて私は目を閉じた。
▽▼▽▼
翌日、いつも通り朝食と身支度を済ませて午前8時前に自宅を出る。
「冷夏。なんか今日は、いつもより元気がいいな」
「え?別に普通だよ」
「いつもは少し嫌々学校に行ってるような気がしてたけど、もしかして好きな子でもできたか?」
「え!?え……別にそんなんじゃないよ」
「ハハ、冗談だよ。お父さん、今日も遅くなるから。気をつけてな」
「うん。行ってきます」
お父さんには、あんなふうに言ったけど今日学校に行くことに少しドキドキしている。
もしかしたら、彼と同じクラスになれるかもしれない。
そんな淡い期待だけが、私の足取りを軽くさせる。
学校に到着すると、校舎前には人だかりが出来ている。
皆、校舎前の掲示板に張り出されたクラス表を確認しているのだろう。
私は、そこから少し離れた場所でクラス表を眺める。
一番最初に目に入ったのは、他でもない彼の名前。
(片桐頼。頼君は、2組か……私は……)
2組の枠の中に自分の名前があることを願いながら、クラス表を目でなぞっていく。
2組
─────
─────
─────
─────
(あった……あった!)
目を擦って、もう一度クラス表を確認する。
(ある!私の名前。同じクラスだよ、頼君!)
少し興奮状態だったが、一度深呼吸をして落ち着く。
(一瞬気づかなかったけど、高田さんも同じクラスなんだ。多分、私は彼女に嫌われている。こちらも良い印象がない)
そこで、人混みの中が騒がしいことに気づく。
「おい!2組やばいよな。王子と王女いるぜ!」
「まじか!生徒会の浅野もいるし。運動部の主力も結構いるな」
2組
─────
─────
クラス表には確かに北原さんの名前があった。
それも片桐頼君の真下に……。
(北原さん……話したこともないけど、正直苦手だ。クラスで静かに一人で過ごしたい私とは対照的だ。彼女は眩しすぎるんだ。でも……多分、それだけが理由じゃない。うまく言葉に出来ないけれど、もっと決定的な何かが……私に北原さんを警戒させる)
さっきまであんなに嬉しかったのに、いつもの弱い私の心が影が射す。
(少し風に当たりに行こう……)
人目を避けるように移動し、私がやって来たのは誰もいないベンチがある旧校舎裏。
そこに座り、吹き抜けてくる少し冷たい春風を全身で浴びる。
(風が気持ちいい……もう、そろそろ予鈴が鳴るかな。早く教室行かないとね。頼君にも会いたい)
少しだけ重い腰を上げて、私は2年2組の教室へ向かった。
▽▼▽▼
靴箱で上履きに履き替えている時に予鈴は鳴ってしまった。
少し速足で、自分の教室へ向かう。
(新学期や休み明けは、特に気が重い。今朝はあれだけ浮かれてたのに……)
教室を目の前にして、臆している自分の心に鞭を打って重く感じる教室の扉を開けた。
一歩踏み出して、室内に入ると皆が私に注目している。
「えっと、氷室さんね。席は空いているそこだから着席してください。あと今日は、本鈴前に教室に入ってきたから遅刻にはしないけど、予鈴前には教室にいてちょうだい」
そう注意してくる先生に対して、私はいつものポーカーフェイスを取り繕う。
「はい、すみません」
私は先生の注意に対して素っ気ない返事をして、自分の席に腰を下ろした。
ヒソヒソと私の名前が混じった話声が、微かに聞こえてくるが気にしない。
(頼君は……あ、あの窓際の席なんだ。…………え!?)
誰にも悟られないように横目で頼君の席と様子を確認したとき、彼が私のことを見つめていることに気が付いた。
(え?……頼君、こっち見てた。もしかして、遅れてきたこと心配してくれてる?)
少し彼の意識と視線が自分に向けられていただけなのに、こんなにも嬉しい。
この時、私は彼の顔や表情を確認したくて仕方なかった。
(少し見るだけなら、目立たないよね。皆、綺麗な先生に注目してるし)
私は意を決して頼君の方に視線を向けた。
(北原さん……と頼君……何してた……?)
私が見たのは、北原さんが頼君の椅子を軽く蹴って振り返った頼君に何か訴えるような表情。
頼君も北原さんに何か問いかけてるような……。
(な、なに……なんで?関わりのない、あの二人が……)
まるで、言葉なんてなくても少しの仕草でお互いを理解できてしまうような……その一部始終を見ただけで、あの二人が深い関係性の上で成り立っているように見えてしまった。
(なん、だろう……胸が苦しい……)
この時の私は、ズキズキと痛む胸を押さえているだけで何も気づいていなかった。
彼女が……北原奈季さんが私にとって最大のライバルになることを知るのは、もう少し先の事だった。
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