第27話 冷夏の過去
(はあ……学校、気が重いなぁ)
そう溜息をつきながら登校する私は、
この海星学園に通っている。
私は学園から徒歩15分ほどのマンションに住んでおり、とても通いやすい環境だ。
しかし、私にとって学校は居心地の良い環境ではない。
「あ、おい氷姫だ。相変わらず派手だな」
「うちの学校偏差値高い割に校則緩いけど、あれアウトなんじゃないの?金髪とか」
「成績良いから、黙認されてるんじゃないの?まあ、普通に顔も可愛いし」
「あれで、
このように私を揶揄する言葉は、日常茶飯事で聞こえてくる。
不品行……高校に入って私の事を目障りだと思った人たちが流した噂。
その噂が、私を取り巻く今の環境を形成してしまった。
噂の真偽に対して否定の肯定もしなかった私にも原因がある。
あとは、この派手にしてる容姿とか……。
むしろ他人と関わりたくないという本能が、悪い噂も丁度良いと解釈してしまった節もある。
でも、実際私は心の強い人間ではない。
他人の視線は怖いし、話すことがあっても上手に取り繕う事なんて出来ない。
だから、私は他人を避ける。
他人は、信用できない。
学校の人たちなんて、クラスメイト、先生、必要以上に関わりたくない。
……でも、彼だけは違う。
学園で人気者の
私が宮野、彼が岸辺君だった時に私たちは出会った。
最初は、本当に偶然だった。
偶然、同じ病院に同じ日に通っていた。
病院の待ち時間が長くて適当に持ってきていた漫画を眺めていると、偶然彼も同じ漫画を眺めていた。
その病院に通っているのは、大人ばかりで中学生だった私たちはお互いを認知して意識していたと思う。
それから、待合室で会うたびに少しずつお話するようになった。
共通の趣味の話、学校の話、岸辺君の幼馴染の話。
他愛もない話も多かったが私たちは打ち解けていた。
彼と話している時間は、とても充実していて荒んだ心が輝きを取り戻すように楽しかった。
「そっか。岸辺君も大変だったんだね」
「まあ、そうかな。宮野さんの話も聞いていいかな?」
私は、自分にあった事を彼に話した。
病院の先生にも、こんなに洗いざらい話してなんてないのに……多分、彼には私の事を理解してほしいと思ったんだろう。
「って、まあこんな感じかな……私は岸辺君みたいに激しい暴力振るわれたとかじゃなし、あなたに比べたら全然……」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
驚いた。
自分でも、気づかないうちに涙が流れていた。
「悲しみに、上とか下とかないよ。悲しい時は悲しいし、つらい時はつらい。そうだろ?」
そう言った岸辺君の目からも涙が溢れだしていた。
自分も辛いのに聞くに堪えない話だったのか……。
……違う。
彼は、私の悲しみを自分の事のように考えてくれたんだ。
私の事を思って、泣いてくれたんだ。
少しして私の両親の離婚が決まり、母の実家の都合で婿入りしていた父は私を連れて住んでいた母の屋敷を出た。
そうして、私は氷室冷夏になった。
仕事で忙しくしながら私を養ってくれる父に心配を掛けたくない想いから病院に通うを辞めた。
父は気持ちが落ち着くまで通えばいいと言ってくれたけれど……。
引っ越したマンションから病院は電車に乗っても少し遠い。
中学生の私には親の同伴も必要だし、父にこれ以上負担を掛けたくなかった。
当然、岸辺君とも疎遠になった。
お互い、当時スマホも持っていなかったため連絡先も知らない。
もう会うことはないんだろうと思ったその時、胸にズキズキと痛みが走った。
初めて経験する胸の痛み。
私は、この痛みの正体に気づかないふりをした。
▼▽▼▽
高校は徒歩で通うことが出来る海星学園高等学校の試験を受けた。
文武両道で有名なその学校の試験は難関だという話だった。
しかし、私にとってそれは正直問題ではなかった。
私は唯一人より優れていると自負していたのが座学だ。
入試の成績優秀者には学費免除制度が適応され、私は少しでも父に負担を掛けたくないと思い本気で勉強に取り組んだ。
試験を受けた手ごたえは満点に近い点数を取れている感触で、試験は当然合格し成績優秀者にも選ばれた。
高校生になるにあたり私は髪を染めて、ピアスをつけて、香水の香りを身に纏い、制服も少しだらしなく着こなした。
高校デビューと言えば間違いないが、自分を良い様に見せるためではなく、本来の自分を偽るため。
体が大人になるにつれて私の容姿が嫌いな母親に酷似していく事に耐えられなかったから……。
この高圧的な姿なら、他人にも話しかけられにくいだろう。
後日行われた新入生説明会で入学試験1位の該当者は、入学式にて新入生代表挨拶が行われるとの説明があった。
(え!?新入生や保護者が大勢いる前で、スピーチするの?試験の感触的に私が該当者なんじゃ……)
派手な格好をしておいてなんだが、大勢の前で話すなんて目立つこと私には無理だ。
そんな経験はないし、他人のすべての視線が私に集まる……そんな状況を想像するだけで身がすくむ。
説明会の最後に試験の点数と順位が記載された成績表を受け取った。
それに目を通した私は、愕然とした。
(え……、3位?)
私の先ほどの悩みは杞憂に終わった。
別に1位を取りたかったわけではないけれど、あれだけ勉強して好感触だった試験の結果が3位な事に納得できなかった。
得意な座学で負けた。
しかも私よりも上の人が2人もいる。
(私、全然大したことなかったんだ……)
その事実に、私の勉強への意欲が少し冷めた気がした。
4月。
迎えた入学式当日。
皆が、新しい制服に身を包み新たな学校生活に期待や不安を感じる季節。
私は学校生活に不安は感じても、期待をすることは何もない。
体育館で今行われている入学式で新入生を見渡しても、こんなに派手な格好をしているのは私だけだ。
当然、浮いている。
私にチラチラと視線が集まり、心が少し乱れるがポーカーフェイスが上手い私は平静を装う。
「では、次は新入生代表挨拶になります。新入生代表、片桐頼君。壇上へお願いします」
静かに壇上に上がる新入生代表の彼……入学試験1位の人。
私は、その人の顔に見覚えがあった。
身長が少し伸びて、体格は男らしくスポーツでもやっているような体つき。
(片桐……頼、……らい?)
全校生徒の前で、堂々とスピーチをしている彼の顔をはっきりと目視して私は確信する。
(岸辺君だ……絶対、岸辺頼君だ!)
学校生活なんかに何も期待していない。
でも、なぜか心臓が高鳴る。
少し変わってしまった彼の容姿の中でも、昔と変わらないその優しい表情から目を離すことが出来なかった。
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