第26話 放課後②
(やばい、頼が目の前にいる……。家では、いつも近くにいるけどすごく新鮮。ちょっとテンションおかしくなるかも……落ち着け、私)
予鈴が鳴り響き、騒がしかった教室が少し落ち着いて皆それぞれの席へ戻っていく。
「なあ、担任の先生誰かな?」
「俺は、美奈子先生がいいなぁ」
クラスメイト達の雑談が聞こえてくる。
(成瀬美奈子先生か……去年何度か話したことあるけど、綺麗で良い人だったなぁ)
「はーい、静かにしてください」
教室の扉を開いて入室し、そう声を掛けていたのは噂の成瀬美奈子先生だった。
スーツがとても良く似合ってて、大人びてて綺麗でかっこいい。
「今日から、一年間このクラスの担任を務めます。
そう自己紹介する先生は、男子からも女子からも人気がある。
クラス中で歓喜の声が上がるが、頼は特に興味なさそうにしている。
(美人な大人にも微動だにしないよね、頼は。あんまり女の人に興味ないのかな……。まあ、デレデレさせても困るけど……)
出席を取って、始業式にでてからホームルームがあって解散になる。
成瀬先生が出席を取ろうとした直後に、氷室冷夏さんが遅れてやってきた。
先生に注意を受けてから着席する氷室さんに注目が集まっている。
「流石は、氷姫だよね。初日からほぼ遅刻だし……男と朝まで遊んでたんじゃね?顔は良いし」
私の近くの席でコソコソと小声で会話する生徒たちの話が聞こえてくる。
(やっぱり、氷室さんってよくない噂があるんだ……見た目は派手だけど、なんとなく悪い子には見えない。それに、あの無表情の中に少し寂さが含まれているように見える……なぜか、私の胸がざわつく)
物思いにふけるのを辞めて正面を向きなおした時、私は息をのんだ。
前に座っている頼が、氷室さんの事を一途に見つめていた。
(どうして、そんな心配そうな顔で氷室さんのことを見ているの……?)
その時、頼が持っている氷室さんへの想いは春休みに少し話したことがある関係ではないと悟ってしまった。
そう私の中で解釈された時、自然と不安と苛立ちが芽生えてくる。
(なによ!教室で私の方には見向きもしないのに、氷室さんの方はそんな真剣に見つめるんだ!)
そう思った矢先、私の足は頼の座る椅子に衝撃を与えていた。
驚いて少しこちらを振り返る彼と目が合う。
『ばかっ』
『え、なんで?』
私の目の合図に、彼は頭を悩ませていた。
▼▽▼▽
始業式を終えて、始まったホームルーム。
掃除当番のローテーションと学級委員が決められた。
学級委員、男子は浅野君。
頼と話しているのを見たことがある。
女子は決めるときに一悶着ありそうだったが、親友の市川沙也加の立候補で決定した。
「なあ、新しいクラスだし皆でクラス会しない?どこか遊びに行こうぜ」
そう発言した男子生徒の提案に多くの人が賛成し、私にもお誘いが来る。
私も参加の意思を示し、氷室さんも誘ってみたが断られてしまった。
氷室さんと頼との関係は勿論気になるけど……なぜか、彼女を放っておけない気持ちにさせられる。
でもまあ、参加しづらいよね。
「あ!片桐君、君の参加を俺たちは待ってるよ!」
絶大の人気を誇る頼は、もちろん誘われる。
正直言うと、ここで少し淡い期待を抱いていた。
もしかしたら、新しいクラスになり心機一転して私と一緒にクラスの中に飛び込んでくれるんじゃないかと……。
「ごめん。俺も用事あって」
うん、わかってた……そうだよね。
それでもクラスメイト達は頼を連れて行きたいらしく、強引に誘っている。
頼が来ないことが分かり、内心残念に思う私の気持ちなんて知らずに彼は私に助けを求めるように一瞬視線を合わせてくる。
『貸しだぞ、頼君よ』
『了解です。奈季様』
こうやって、頼に頼られるのは悪い気がしない……いや、むしろ嬉しい。
私の一言でクラスメイトたちは、引き下がり私たちは駅前のカラオケボックスへ向かった。
▽▼▽▼
「北原さん、めっちゃ歌上手いよね!」
「ああ!なにしても映えるよな!」
放課後、クラス会のカラオケ大会は大いに盛り上がりを見せた。
「じゃあ、ここまでだね。すごく楽しかった。皆、今日はありがとう」
私のその言葉に、今日集まった多くのクラスメイトから拍手が送られてくる。
「いや、こっちが来てくれてありがとうだよ」
「そうそう、北原さんいると皆盛り上がるし!」
「また、クラスで集まろうね!」
「今度は、絶対片桐君にも来てもらおうよ!」
カラオケボックスを出て、大勢のクラスメイトに手を振り私たちは解散した。
私は、沙也加と共に帰路に就く、と思っていたが……。
「ねえ、奈季。まだ、少し時間あるよね。行きたい激安スーパーがあるんだ。付き合ってくれない?学校の近くなんだけど」
「うん、いいよ」
私たちは、沙也加の言う激安スーパーへ向かうため駅とは逆に歩き出した。
「沙也加、今日学級委員に立候補してたけど大丈夫?」
「うん。学校行事の運営に興味あったのは本当だし……まあ、それとあの時のクラスの雰囲気悪かったから」
「氷室さんのこと?」
「いや、あれは氷室さんというより高田さんでしょ。なんか完全に目の敵にしてるって感じに見えたけど」
高田さん……さっきのカラオケでは、私に良く話しかけてくれて普通に楽しそうにしてたけど。
確かに、どこか感情の底が見えない感じがあったような。
「奈季、高田さんには気をつけた方がいいよ」
「そうなの?」
「なんか、自尊心……じゃないな。行動理念が自分のプライドのためって感じに見えるんだよね、彼女」
「わかった。頭に入れとく」
歩くこと数分、目的のスーパーにたどり着いた。
「なんか、風情があるスーパーだね」
「うん。見た目は、古い……いや、ぼろいな」
「ちょっと沙也加、お店の人に聞こえるよ」
「ごめん、ごめん。じゃあ、行こう。見た目はともかく内容は良いんだから」
沙也加の言ったとおり、そのスーパーは日用品が安いだけでなく常設よりも期限が近いものは安く売られている。
(主婦力の高い頼がいたら、食い入るように見るだろうな)
「どうした、奈季?」
「いや、頼がいたら興味深そうにするだろうなと思って」
「ふふ、また片桐君の事考えてたんだ」
「い、いいじゃん、別に。それより沙也加は何買うの?」
「今日はトイレットペーパーとか、ティッシュとかシャンプー、日用品を多めにね。うち家族多いから」
「それだけ買って、持って帰るの大変じゃない?」
「電車乗るだけだから、大丈夫だよ」
店内を歩きながら、沙也加は言葉を続ける。
「奈季、片桐君に電話してみたら。もしかしたら、何か買ってきてほしいものあるかもよ」
「え?多分、大丈夫だと思うけど」
「いいから。私も家事とかするから分かるんだけど、家の事手伝ってくれたり買い物してきてもらうとかなり嬉しいものだよ。ポイント高いよ」
「そ、そっか。じゃあ、聞いてみようかな」
「そうしな。じゃあ、私はちょっと店内急いで回ってくるわ。もう暗くなってくるしね」
沙也加は、カートを押して急いで人混みの中に消えて行った。
私は、少々騒がしい店内の中で頼に電話をかける。
『もしもし、奈季。どうした?』
「あ、頼。今、クラス会終わって学校付近のスーパーにいるんだけど」
頼は、すぐに電話に出てくれた。
買ってきてほしいものがあるか尋ねると、彼は何かを確認した後でリクエストがきた。
『奈季。片栗粉、頼めるか?あると思ってたけど切らしてたみたいだ』
「うん、了解。今日の夕飯に使うの?」
『鶏の唐揚げ、な』
「やったぜ。じゃあ、片栗粉買って帰るからね」
『ああ。助かったよ』
「うむ。苦しゅうない、なんてね」
電話を終えた、私は高揚した気持ちに満ち溢れていた。
頼に何かを頼まれる、頼の役に立てる。
買い物で些細な事だけど、その事がとても嬉しかった。
(電話して、良かった。沙也加に感謝しなきゃ)
「北原さん……?……
私はこの時、偶然居合わせていたクラスメイトにその電話の内容を聞かれているなんて思いもしなかった。
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