第25話 新学期とクラス替え②
4月上旬。
今日は、新学期初日。
「頼……ちょっとペース早いよ~」
午前6時過ぎ。
現在、私は頼と共にスポーツウェア姿で早朝ランニング中だ。
「別に、無理して付いてこなくてもいいんだぞ」
絶対に付いていきたい。
頼の走る背中を見失いたくない。
最近、彼に対する独占欲が強くなってるのかもしれない。
まあ、私も最近運動不足だから体を動かさないとね。
「ハァー……いつも、こんな距離走ってるの?」
「まあ、そうだな。ていうか、よく付いてこれるな」
頼は少し感心するように私を見ている。
私のお父さんは、学生時代に陸上競技で全国レベルの選手だったらしい。
おそらく、父親譲りの体力と運動能力の良さを受け継いでいるのだろう。
「私、体力と運動神経結構自信あるからね」
GW前に控えている球技大会の雑談をしながら、再び汗を流し私たちは自宅に戻った。
シャワーを浴びて朝食を食べた後、身支度を済ませる。
「頼、今日どうする?学校は午前中で終わりだけど、新しいメンバーによっては新規のクラスで遊ぼうってなりそうじゃない?」
「まあ、そうなったらでなるようになるだろ。俺は、そんなイベント参加しないし」
(やっぱり頼は参加しないよね……)
「もしも、今日クラスの集まりあっても……私も帰ろうかな……」
(少しでも頼と一緒にいたいし……)
「いつもみたいに参加すればいいだろう?お前が来ないと色んな人が残念に思うんじゃないか?」
(頼がいないから、私が残念に思ってるんじゃん!)
「うん……そうかな」
「ほら、時間通りの電車に乗れなくなるぞ。はよ、いけ」
「うん、行ってきます」
頼に見送られて私は学校へ向かった。
電車に乗り40分ほどかけて、学園の最寄り駅へ向かう。
振動に揺られながら、私は内心ドキドキしていた。
最寄り駅に到着した電車を降りて、学園まで少し歩く。
「奈季!おはよう」
そう言いながら、市川沙也加が後ろから小走りで近づいてくる。
「おはよう」
「ねえ、いよいよだね。クラス替え」
「う、うん」
「もう、緊張しなくてもいいのに。そんなに片桐君と同じクラスになりたいんだ」
「うん。なりたい」
頼と同じクラスになれるかどうかで昨日からすごくドキドキして、あまり眠れなかった。
同じクラスになれたらどうしよう、なれなかったらどうしようと考えてたら朝になり、そのまま頼のランニングに付いていった。
「なんか奈季、変わったね。少し前なら、別に同じクラスじゃなくても、とかいってそうじゃない?」
「うん、ちょっと色々あって。頼に対して、少しずつだけど本気で向き合うって決めたから」
「そっか。ついに素直になったか!最終的には告白だね」
「こ!こくはく……まあ、そうだね。今は、そんな勇気ないけど」
そう、勇気なんてない。
仮に私が告白できたとしても、今の頼は多分それを受け入れてはくれない。
頼の気持ち以前に、彼の深い心の傷がきっとそうさせる。
「お、おい。あの人、やばくない、モデル?」
「二年生で王女様の異名を持つ北原奈季先輩だぜ」
「容姿端麗でスポーツもできて頭も凄く良いらしいよ、部活見学の時に先輩が言ってた」
「俺、この学校受かって良かった!彼氏とかいるのかな?奈季先輩」
学園に到着すると、すぐに目立ってしまったようだ。
この空気には、もう慣れたけど本来の私より過大評価されているように感じて気が引ける。
「また野次馬が騒ぎ出したか。片桐君の話はここまでだね」
小声で私にだけ聞こえるように、そう配慮してくれる。
少し歩くと、校舎前の掲示板に沢山の人が集まっている。
「もう、クラス替え発表されてるみたいだね。奈季、行こう」
「うん」
私たちは、掲示板の前まで移動する。
「あ、王女様だ。かわいい」
私に注目が集まっていることが分かる。
でも、今そんなことは一切気にならない。
ここにきて、またドキドキと心臓が鳴る。
仮に頼と同じクラスになれても、彼のスタンスを考えれば特に学校で関わることはないだろう。
それでも、物理的に彼の近くにいたい……いつでも彼を目視できる距離にいたい。
私は意を決して、掲示板に張り出されたクラス表を見上げた。
「1組は、違うね」
沙也加が、そう呟く。
学年8クラス、1クラス30人弱だから確率を考えたら……男女比も含めると……ってもうそんなことはいいんだ。
一度冷静になり、再びクラス表に目を向ける。
2組
─────
─────
─────
─────
(あった)
「あった……」
思わず口に出た。
「ちょっと、あるよ名前!。よかったじゃん、奈季!」
沙也加は少し興奮気味に小声で、自分のことのように喜んでくれる。
その光景はまるで、大学受験の結果発表でも見ているような状況だったに違いない。
「奈季?大丈夫」
放心状態のようになっていた私を心配して声を掛けてくれる。
「もう、行こうか。沙也加、教室に」
「え?うん」
私は、速足でその場を去る。
周囲に大勢の人がいる中で感情を抑えるのが限界だった。
(ウヒョー!やった、やったぜ!)
その時、私は内心バカみたいに喜んでいた。
▽▼▽▼
「奈季、ちょっと待ってよ。奈季!」
「あ、ごめん」
靴を履き替えて、一人速足で進んでいた。
あまりの嬉しさに、周りが見えていなかったようだ。
「もう、奈季ってば。私だって奈季と同じクラスなんだよ?全然気づいてないでしょ。片桐君のことばっかりで」
「うっ。ごめん。ちょっと、舞い上がっちゃって……」
「もう、可愛いな。奈季は」
沙也加は、そう言って笑顔を向けてくれる。
「でも、気をつけてね。氷室さんも同じクラスだから」
「え?そうだったんだ」
本当に頼の事しか考えていなかったので、全く気が付かなかった。
「春休みにカフェから見えたの……片桐君と氷室さんだったんでしょ?」
他言するつもりはなかったが私の事を心配してくれる沙也加には、あの時の人が氷室さんだったと告げていた。
「どういう事情か知らないけど、あの誰とも関わらない今の片桐君がプライベートで一緒に行動するなんて……うかうかしてたらダメだよ、奈季!」
「う、うん」
沙也加の忠告を真摯に受け止めて、私は目の前にある教室の扉を開けた。
「おー!北原さんだ!」
「北原さん!おはよう、同じクラスだね!」
「王女様、今日も美人だなぁ」
「みんな、おはよう。一年間よろしくね」
新しいクラスメイトたちに歓迎されながら黒板に貼られた座席表を確認する。
(やった!出席番号順だから予想してたけど頼の後ろの席だ!)
確認を終えて、私は自席に向かう。
そこは、窓際の一番後ろの席。
(主人公席だ。帰ったら頼に自慢してやろ)
自席に腰掛けると、私の周囲にすぐに人が集まる。
「ねえ、北原さん。昨日のあのテレビ番組見た?」
「ええ。芸人さんのリアクションが面白くて」
「そうそう!来週も楽しみだよね!」
「北原さんって、そういう番組も見るんだ!」
「ばか!北原さんは、どの分野でも博識があるんだよ!」
その後もクラスメイトたちと数分話を弾ませていると教室の扉が開かれ、彼がやってきた。
「あ!片桐君だ!」
「今日もかっこいい!」
頼は淡々としているが、私には平静を装っているのがすぐに分かる。
彼は座席表を確認して、私の前の席に腰掛けて鞄から本を取り出している。
後ろに座る私のことを見ても眉一つ動かさない。
頼の学校生活のスタンスを考えれば分かっていたことだけど、私は悔しい気持ちになった。
(せっかく、同じクラスなのに……私より文学書の方がいいの!?)
少し迷ったが、行動に出る事にした。
「おはよう、片桐君。一年間よろしくね」
私は、緊張しながら頼にそう話しかけた。
平常心を保つために、家で彼に接する時に……彼にだけ見せる私の本当の笑顔を静かに頼に見せた。
(頼、ごめんね。でも、一歩踏み出さないと……学校でもずっと他人なのは嫌だから)
「……あ、ああ、よろしく。北原さん」
私たちのそんなやり取りを見てクラスメイト達は黄色い歓声を上げる。
その時、そんな騒音が全く気にならないぐらい私の気持ちは高揚していた。
学校で、頼と会話ができた。
その事実が私には、たまらなく嬉しかった。
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