第22話 初デート

「どこ行こうか?」

 

 そう話す冷夏は、足取り軽く俺の前を歩いて問いかけてくる。


「うーん、駅付近に行けば学校の人に見られるかもしれないし電車に乗って都会のほうに行くのも論外だしな」


 俺から、【放課後よかったら何処か行かないか?】と誘っておきながら何も予定を立てていないという粗末な展開である。


「お互い一緒にいるところ見られると外野がうるさくて困っちゃうもんね」

「そうだな。その……ごめん、急に誘って。クラス会にも一応誘われただろう?」

「全然、大丈夫。私は頼君と一緒にいるほうが楽しいし……それに予定がなくても、あんな大勢の集まりには行かない。頼君もそうでしょ?」

「おっしゃる通りです。俺たちには風当たりが強いっていうか、人酔いしそうだよな」

「だね」


 そんな会話をしながら、俺たちは取り合えず駅前に向かって歩いている。

 通学路の大通りではなく一本ずれた路地裏を通っているので、俺と冷夏以外すれ違う人もいない。


「ねえ、頼君。今日のデートの行き先、私が決めてもいい?」

「うん、いい……よ、……ん?デ、デート!?」

「ふふ、そう。ちなみに私は人生、初デートだよ」

「え、えっと……デートっていうのかな?今の状況」

「デートの定義は、親しい男女が待ち合わせしたり約束して会ったりすることだから間違いではないよね。二人きりだし」


(じゃあ、俺は冷夏をデートに誘ったってことになるのか……なんか、恥ずくなってきた)


 そう話す冷夏の態度は、堂々としたもので恥ずかしさなど微塵もないように見える。

 ちなみに俺には家族同然の奈季以外の女性とこんな風に出かけたこともないので、心の中に羞恥が生じる。


「ふふ、頼君。顔赤くなってるよ」

「い、いやー。これがデートってことになるなら俺……その初めてで、だから免疫がないというか」

「じゃあ、私と同じで初デートだね」


(冷夏もデートは初めてなのに、こんなに落ち着いているのか……ということは免疫は関係ないのか)


「その、冷夏はあんまり緊張とかしないんだな。こういう状況で」

「これでも、学園で氷姫の異名がありますから」


 自虐ネタのような返しをしてくる冷夏に、本当に肝が据わっていると感じる。

 なんだか自分が、つくづく小心者で情けなく思う。

 堂々とした立ち振る舞いの冷夏を横目で見ていると、彼女の長い綺麗な髪が風でなびく。


「え?」

「ん、どうしたの頼君?」

「いや別に……」


 風で髪がなびき、そこで露わになった彼女の耳が真っ赤になっているのを目撃した。


「まだ春なのに、なんだか暑いね」

「……そうだな」


(耳に出るんだな。冷夏だって、緊張してるんじゃないか……やっぱり色々な事に強がってしまう性格なんだろうな)


 どこか目的の場所へ向かう冷夏に俺は付いていく。

 彼女の耳が、赤く紅潮していたことには気づかないふりをした。


 ▼▽▼▽


 二人並んで数分歩き、駅前から少し離れた目的地に到着した。


「えっと、漫画喫茶?」

「うん。来たことある?」

「いや、興味はあったけど、来たことはないな」

「ふふ、私も。初めての場所って一人じゃ行きにくいよね」


 俺は少し緊張しながら入店し、レジで受付をする。 

 完全セルフ制のレジに、店員さんはいない。

 漫画喫茶にはいくつかのコースなどがありメニュー表には値段、あとは個室などのオプションも存在する。


「学校帰りに、海星の生徒は誰もこういう所来ないだろうけど一応個室にしようか。良い、頼君?」

「うん、わかった。値段も2人で割ると結構安いもんだな」


(2人きりで、個室か……俺にとってはハードル高いなぁ)


 俺たちは受付で個室の鍵となるバーコードの紙を受け取って、決められた部屋に入室した。

 部屋は、そこそこ広く2人で使うには快適に過ごせそうな空間だった。

 PCが一台置かれていて、幾つかのアニメなんかも視聴できるらしい。


「ねえ、頼君。本を読む前にお昼食べない?ここ結構メニュー豊富らしいよ」

「そういえば、そろそろ昼時だもんな」


 個室にあった食事のメニュー表を2人で眺めてからPCを操作して注文を完了する。

 ドリンクバーを取りに行ったら、適当に世間話でもしたりして過ごしていると個室前に食事が届いた連絡がPCに表示される。

 俺と冷夏は2人共同じメニューのカレーライスを注文した。

 少し狭い机に2人で肩を寄せ合って食事を始める。

 口に運んだカレーライスは、空腹だったこともあり美味しく感じる。

 しかし……。

 横で、カレーを一口食べた冷夏が苦笑いを浮かべている。

 彼女も同じ事を思ったらしい。


「美味しいけど、良くも悪くもレトルトカレーって味だね」

「そうだな、実際レトルトだろうし。1番問題なのは、このクオリティーで650円は少し高いよな」

「だね。学食の400円のカレーの方が魅力的ではあるよね」


 それから黙々と食事を進めていき、少し辛くなった口の中をドリンクバーで取ってきたジンジャエールで潤す。

 冷夏も食べ終わったようなので、俺はここで話を切り出す事にした。


「なあ、冷夏。その……今日のことなんだけど」

「ん?学級委員を決める時の話のくだり?」

「うん。俺の近くに座ってる……冷夏を学級委員に推薦しようとした高田って生徒が気になって」

「あー、高田さん……ね」


 食事を終えた冷夏は口元をティッシュで拭きながら、そう答えた。


「もしかして、今日そのことで私を誘ってくれた?」


 俺の目を見てそう言う彼女の表情は少し不満げに見えた。


「え?うん。以前、同じクラスの目立つ女子に不品行のレッテルを貼られたって聞いてたから……それが、あの高田って生徒なんじゃないかと思って」

「…………」


 なぜか急に冷夏は、沈黙して壁の一点を見つめている。

 少ししたら、彼女は沈黙を破り言葉を発したが……


「そっか。ちょっと残念……」


 俺は、その言葉の意味がよく分からなかった。


「あの、冷夏?」

「あ、ごめん。高田さんだよね?まあ、頼君が察してる通りで大体合ってると思うよ。多分、私が目障りなんじゃないかな」


 紅茶を一口飲んで、冷夏は話を続ける。


「今でこそ高田さんは周囲からも悪女キャラみたいに見られてるけど高校に入学したぐらいの時は、あの北原さんに近いようなポジションに見えたよ。でも……」

「容姿端麗な冷夏の方が、高田さんより目立ってしまったってことか……」

「そうなのかもね。私は、誰かに良く思われたいから派手な格好してる訳じゃないのに」


 彼女は眉をひそめるが不快な思いを吹っ切るように、いつもの笑顔を俺に向ける。


「私は大丈夫だよ。今日みたいな嫌味のしわ寄せみたいな事は、多々あるけど……頼君が私の事理解してくれてるし。それで十分なんだ」


 今の冷夏の言葉は嘘じゃないだろう。

 でも、きっと彼女は嫌なことも恥ずかしいことも強がって我慢してしまう性格なんだ。

 もし、その我慢が効かなくなった時……冷夏への嫌がらせが目に余ると俺が判断した時……その時は……。


「頼君、大丈夫?」

「あ、ああ。前にも言ったけど、何かあったら俺に言ってな」

「うん。でも、私の事で頼君が思い悩まないでね」


 俺たちは、これ以降その話はしなくなりお互い持ち寄った漫画を読んで感想を言い合いあって楽しい時間を過ごした。


 俺は、この時……氷室冷夏に……宮野冷夏と初めて出会い、共通の趣味であるアニメや漫画のことで意気投合したことを思い出していた。


 心の苦しみを少し忘れることが出来た、あの楽しかった時間。


(まるで、あの時みたいな楽しい時間だな)


「ねえ。病院で出会って話したあの時みたいで、楽しいね」


 やっぱり俺と冷夏は気が合うんだろうと、その時強く思った。


「そうだな。楽しい」


 俺のその言葉に、病院に通っていたあの時には見られなかった笑顔を冷夏は見せてくれた。

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