第21話 放課後①

「うおー!あの二人が話してるの初めて見たよ!」

「でも私、以前話してるところ見たよ!王子が王女様の探し物を見つけたって!」

「えー!なにそれ!もし私そんな事されたら、ときめいて仕方ないよ!」


(はぁー。より騒がしくなっちゃったなぁ。奈季の奴、わざとやったな……。本当に最近遠慮がないんだから)


「片桐君、久しぶり。私も同じクラスだからよろしくね」

「あ、ああ、よろしく。市川さん」


 そう小声で話しかけてきたのは、奈季の中学からの親友の市川沙也加さんだった。


(市川さんとも同じクラスか……ていうか、高校に入ってから初めて話したな)


 俺と奈季の話題で盛り上がっていた教室に予鈴が鳴り響き、皆それぞれの席へ着席する。


「なあ、担任の先生誰かな?」

「俺は、美奈子先生がいいなぁ」

「去年、新任で入った綺麗な人だよな。ちょっと年上のお姉さん、いいよなぁ」

「私、ゴリラみたいな顔の体育教師だけは嫌だ。なんか生活態度にめちゃ厳しいって話だし」


 各々自席で近場の人と会話して騒がしい教室の扉が開き、教員が入室してきた。


「はーい、静かにしてください」


 ビシッと決まったスーツ姿に大人の女性を強調するプロポーション、丸みのある綺麗な髪のショートカット。

 彼女は、教壇の前に立ち俺たち生徒を一度見渡してから言葉を発した。


「今日から、一年間このクラスの担任を務めます。成瀬 美奈子です。年齢は今年で24歳になります。皆さんとは、年齢も近いですし悩みや相談などあったらいつでも声を掛けてください。では、一年間よろしくお願いします」


 礼儀正しく自己紹介をして、最後に軽く会釈をする担任となった成瀬先生。


「やったー!担任、成瀬先生だよ!」

「もう、このクラス凄いメンバーだな!」


 成瀬先生は海星学園出身で有名大学を卒業後、当校に赴任してきたらしい。

 今のような話も俺の耳に勝手に入ってくるほど生徒たちの中で話題性があり男子生徒、女子生徒問わずに人気がある先生だ。


「はい、静かに。あと5分ほどで本怜が鳴りますから、それまでに出席を取ります。取り終えたら、体育館に移動して始業式、その後、ホームルームがあって本日は終了です」


 午前中の早い段階で今日は解散ということでクラスメイト達が、放課後どうする、などという会話が聞こえてくる。


「では、出席を取りま_____?」


 先生が、そう言葉を発している最中に閉じられていた教室の後ろの扉が開いた。

 扉を開けて、教室に入ってきたのは美しい金髪を靡かせた氷室冷夏だった。

 遅れてやってきた彼女に、クラス中の注目が集まる。


「えっと、氷室さんね。席は空いているそこだから着席してください。あと今日は、本怜前に教室に入ってきたから遅刻にはしないけど、予鈴前には教室にいてちょうだい」

「はい、すみません」


 冷夏は先生の注意に対して素っ気ない返事をして、自分の席に腰を下ろした。


「氷室さん、遅れてきたのに堂々としてるな」

「流石は、氷姫だよね。初日からほぼ遅刻だし……男と朝まで遊んでたんじゃね?顔は良いし」


 俺の近くの席でコソコソと小声で会話する生徒たちの話が聞こえてくる。


(冷夏、なんともなさそうな顔してるけど……もしかしたら強がってるだけなんじゃ……)


 冷夏の事が気になり、少し彼女を見つめていると俺の椅子に少し強い衝撃が走る。


(!?……っ……、奈季、なんで蹴る?)


こんな事をしても周囲に気づかれないなんて、流石は主人公席……。

 俺は、少しだけ後ろを振り返り奈季とアイコンタクトを交わす。


『ばかっ』


 え、なんで?

 彼女の目の合図で、俺はそう言われた気がした。


 ▽▼▽▼

 始業式は、教員や生徒会長が在校生、特に新入生に対してこの学校のルールや立ち振る舞いを口酸っぱく演説して時間は過ぎていった。

 教室へ戻って始まったホームルームの時間は、ローテーションの掃除登板を決めて、あとは学級委員を決定したら今日は解散らしい。


「では、クラスの進行役である学級委員を男女から1人ずつ決めます。立候補者は手を挙げてください」


 この学校で生徒会や学級委員を務めるメリットは大きいらしい。どの程度かは不明だが内申点にも影響し、主に大学入試時の面接などにおいても有効に働くものだそうだ。

 そこそこの待遇が用意されている役職だが、とにかく不人気である。

 労働は大変で学校行事の時には、しこたま働かされるらしい。

 まあ、基本的に誰もやりたがらないが……。


「「「……………」」」


少し沈黙の時間が続く。


「今日は、この学級委員決めるまでは帰れないから。本当に誰も立候補者がいないなら、推薦かクジ引きで決めることになります」

「「「「え────!!」」」


 クラス中から、不満の声が漏れる。

 早く帰りたいけど、自分は絶対に学級委員なんてやりたくない。

 皆が、そんな心境だろう。


 再び沈黙の時間がやってきたが、それを破ったのは生徒会に所属している浅野だった。


「誰もやらないなら俺がやりますよ、先生」


 自席から手を挙げて、そう発言する。


「浅野君、生徒会にも入ってるよね?兼任しても大丈夫?」

「はい、去年も学級委員と生徒会の両方やってたんで、大丈夫ですよ」

「わかりました。じゃあ、お願いね。男子の学級委員は浅野君で決定です」


 クラスメイトから拍手が湧き起こり、浅野は去年同様学級委員となった。


「よ!さすが、勇者。」

「お前が俺たち男子のヒーローだ!」


 訳の分からない賞賛を浴びて、浅野の顔は少し引きつっていた。


「じゃあ、あとは女子の学級委員だけど誰も立候補はしない?それなら無難にクジ引きで……」

「はーい。私は氷室さんがいいと思いまーす」


 俺の近くに座る女子生徒が手を挙げてそんな事を言い出した。

 確か名前は……高田だったか。


「先生さっきクジ引きか、推薦にするって言ってましたよね?私は氷室さんを推薦しまーす。彼女、前のテスト学年2位で頭も良いし適任でしょう?」

「氷室さん、高田さんに推薦されてるけど……どうする、やってみる?」

「いや、私は……」


 いつも冷静な冷夏が、少しだけ取り乱しているように俺は感じた。

 そんな彼女を見て高田は、さらに仕掛けに行く。


「氷室さん。私、去年同じクラスだったけど学校行事とかも全然積極的に参加してないじゃん。ここで頑張ってみたら?」

「え?いや……私は───」


「あー、じゃあ私がやります。学級委員」


 冷夏の言葉を遮り、重くなっていたクラスの雰囲気を断ち切ったのは、市川沙也加だった。


「市川さん、本当にやってくれる?」

「はい。体育祭や文化祭の運営もやるんですよね。ちょっと興味あるし」


 先生の問いに迷いなく答える市川さんは、とても頼もしく見えた。


「はい、じゃあ女子の学級委員は市川さんで決定です」

 「チッ」


 その決定に不満があるように高田は、周囲には聞こえないように舌打ちをしたのが、俺には分かった。


(冷夏と去年同じクラス……高田か……なるほど)


 俺はスマホを隠れて操作して、冷夏にメッセージを飛ばした。

 冷夏は、すぐにその事に気がつき短い返事をくれた。


【了解です】


 そのあと、ホームルームは終了して放課後の時間が訪れる。


「なあ、新しいクラスだし皆でクラス会しない?どこか遊びに行こうぜ」

「いいね、いいね。行こう」

「うん。、行きたい!」


 そう発言した男子生徒の提案に多くの人が賛成の意思を示している。


「ねえ、北原さんも勿論来てくれるよね!?」

 

 当然、このクラスの主役である奈季に声が掛からないはずがない。


「うん、行くよ。あ、氷室さんもどうかな?」


 そそくさと帰ろうとする冷夏に奈季が声を掛けた。

 奈季も俺と同じで、さっきの冷夏の扱いに気になるところがあるのかも知れない。


「いや、いい。用事あるから」


 そう言って、冷夏は教室から姿を消した。


「まあまあ、氷姫はほっといて……あ!片桐君、君の参加を俺たちは待ってるよ!」


 なぜか凄くテンション高く誘われたが俺は勿論参加しない。


「ごめん。俺も用事あって」

「え、用事ってなに?お願いだから参加しようよ。俺たち片桐君とも遊びたいんだよな」

「うんうん、私たちもそうだよ。たまには行こうよ」


 これを断るのは至難の業だ。

 さて、どうするか……。

 俺は、ほんの一瞬だけ奈季の目に視線を合わせる。


『貸しだぞ』

『了解』


「用事があるんだから、そんなに迫っては迷惑なんじゃない?ほら、楽しむ時間が減っちゃうから早くいきましょう」

「そっかー。片桐君、今度は参加してね」


 奈季のフォローにより、難を逃れた俺は教室を後にした。

 靴箱で靴を履き替えて、いつもなら正門から出て最寄りの駅に向かうが今日は裏門から学園を出る。

 さっき、クラス会を用事と言って断ったのは虚言ではない。

 先程、その用事を俺自身が作った。


 裏門を出て少し歩いた路地裏で、待ち人は俺を見て優しく微笑んでくれる。


「ごめん、クラスの人たちに捕まってて。待った?」

「大丈夫だよ。それより誘ってくれて嬉しい」

「じゃあ、行こうか?」

「うん」


 学校帰りの放課後、他の在校生に見られないように人けの少ない道を俺と冷夏は並んで歩いた。

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