第20話 新学期とクラス替え①

 4月上旬。

 朝の時間、吹き抜ける風は肌寒さを残しているが、日中は過ごしやすい気温になっている。

 新年度は既に始まっており、今日から新学期がスタートする。


「頼……ちょっとペース早いよ~」

「別に、無理して付いてこなくてもいいんだぞ」


 現在、俺は奈季と共にスポーツウェア姿で、日課の早朝ランニング中だ。


「ハァー……いつも、こんな距離走ってるの?」

「まあ、そうだな。ていうか、よく付いてこれるな。結構な距離とペースで走っているんだけど」

「私、体力と運動神経結構自信あるからね。お父さん譲りかな。でも、頼には負けるけどね。今からどんな部活入っても即戦力なんじゃない?」

「そんなに甘くないと思うけどな。特にチームスポーツは、ちょっと……」

「あー、コミュニケーション取るの苦手だもんね、頼」


 奈季は少しオブラート包んで、俺の他人嫌いな点を指摘する。

 確かにその通りで、陸上や水泳など一人で取り組みやすいものならば良いが、チームを組んでプレイする球技などは本当に勘弁してほしい。

 そう強く思うのは、新学期になると海星学園で恒例のイベントも控えているわけで……。


「今年もあるよね。GW前に、クラス対抗の球技大会」

「……はぁー。そうなんだよなぁ~」

「まあ、大丈夫だって。半分ぐらいの人たちはお遊びで参加してるし……ね」

「そう。半分ぐらいの人たちはな……」


 文武両道の海星学園では、全国レベルの部活動がいくつもある。

 部活に所属し自分たちの力に絶対の自信とプライドを持っている部活生の彼らが、帰宅部または所属が異なる部活生に負けるわけにはいかないと強く奮闘する。

 帰宅部の人たちや強豪ではない部活に所属する人たちからすれば、そこまでの熱量は正直ない。

 しかし部活生が奮闘する中で怠慢プレイをしていると悪目立ちして周囲の視線が痛いことは、明白である。


「まあ、そこそこ無難に頑張らないとな」

「私は去年同様、部活生の主力とバチバチに名勝負を繰り広げるけどね」

「お前は、目立っても称賛の声しか上がらないもんな。中学の時までの内気な奈季はどこへ行ったのやら……」

「私は、臆病な自分をとっくに卒業してるからね」


 他愛もない会話をしながら、軽いランニングで帰路に就く。

 シャワーを浴びて、朝食を食べて洗濯を回す。


「じゃあ、私先に行くね」

「ああ」

「頼、今日どうする?学校は午前中で終わりだけど、新しいメンバーによっては新規のクラスで遊ぼうってなりそうじゃない?」

「まあ、そうなったらでなるようになるだろ。俺は、そんなイベント参加しないし」

「もしも、今日クラスの集まりあっても……私も帰ろうかな……」

「いつもみたいに参加すればいいだろう?お前が来ないと色んな人が残念に思うんじゃないか?」

「うん……そうかな」

「ほら、時間通りの電車に乗れなくなるぞ。はよ、いけ」

「うん、行ってきます」


 俺は奈季を見送って洗濯物を干した後、制服に袖を通して気合を入れる。


「よし、俺も行くか」


 ▼▽▼▽


 電車で40分ほどかけて、学園の最寄り駅へ向かう。

 車内は、いつもより混雑していて初々しい新入生らしき集団も目に入る。

 到着した駅で降りて、徒歩5分ほどで海星学園に到着する。


「ねえ、あの人ヤバくない?かっこいい……」

「私、知ってる2年生の片桐先輩っていうんだって」

「いつも筆記試験学年1位の王子様だって、部活見学したとき先輩が言ってた!」

「あんな王子様がいるなんて……私、この学校受かって良かった!」


(み、耳が痛い……)


 いつも通り、話しかけないでくれオーラを放ちながら歩いていると校舎前に人混みが出来ていることに気づく。


(おっと、そうだった。新しいクラスを確認しないと)


 人混みから少し離れたところで、校舎前の掲示板に張り出されたクラス表を確認する。


「ねえ、片桐君よ。クラス確認してるわ」

「私、彼と同じクラスがよかったなぁ~」


 少し何かするだけでも、周囲の生徒から俺に関する話題が聞こえてくる。


(心が乱れる……いかん、いかん。えっと、1組は違うから……)


 目でクラス表をなぞっていくと、その名前を発見する。


(あった。2組か……)


「おー!まじか、今年は2組、凄い面子だな!」

「ああ!他のクラスが貧相に見えるな」


(まさか……)


 俺は、もう一度クラス表を確認する。


   2組

 ─────

 ─────

 大野 将司おおの まさし

 片桐 頼かたぎり らい

 北原 奈季きたはら なき

 佐藤 真美子さとう まみこ

 ─────

 ─────


 奈季と同じクラスだった。

 まさか、8クラスもあって本当に同じクラスになるとは思ってなかった。

 奈季に言ったら拗ねられるかもしれないが、正直に言うと俺は別々のクラスになることを望んでいた。

 彼女がいると俺も対比され嫌でも目立つ。

 まあ、なってしまったものは仕方がない。


(切り替えていくか……)


「よう、おはよう片桐」

「あ、ああ。おはよう浅野」


 後ろから、声を掛けてきたのは俺の数少ない友人の浅野だった。


「また、同じクラスだな。一年間よろしくな」

「え?そうなのか。うん、よろしく」

「お前は、自分の名前しか確認しないのか?他にも有名処と同じクラスだぞ」

「あー、北原さんだろ?それは知ってる」

「あと、氷姫な。ほら氷室さんもそこにいるだろう」


 そう言われ、クラス表を再び見上げると確かに氷室冷夏の名前も印字されていた。

 掲示板から少し離れた心から、それを見上げるいつも通り美しい金髪の冷夏の姿も確認できた。


(冷夏、もう来てるんだ。俺と同じで教室、入りにくそうだよな)


「色んな意味で、騒がしくなりそうなクラスだな。特に周囲が」


 浅野はどこか、同情めいた言葉で俺の肩を叩く。


「ねえ、王子と勇者が話し込んでいるわよ」

「すごい!これって謁見の場なんじゃないの?」


 こんな会話が聞こえてきても、俺はいつも通り心を落ち着かせる。

 しかし、俺の目の前にいる浅野は溜息をついている。


「浅野、もしかして勇者って……」

「……ああ。俺の事らしい」


 生徒会に所属して、次期生徒会長の呼び声も高い彼が、そう呼ばれているのは初耳だった。


「お前にフラットに話しかける奴って俺ぐらいらしくて……それで王子に物怖じせずに話しかけられる『勇者』になったらしい……」

「その、なんだ……悪い」

「いや、片桐が謝ることじゃないし、面と向かっては言われないしな。恥ずいけど」


 俺たちは、共に靴箱で靴を履き替えて新しいクラス、2年2組の教室へ向かう。

 教室のドアを開けて俺たちが室内に踏み込んだ瞬間、騒がしかったであろうクラスがより騒音に包まれた。


「あ!片桐君だ!」

「おい、生徒会の浅野もいるぞ!王女もいるし、このクラス、オールスターじゃん!」


 浅野の話によると俺たち以外にもバスケ部のエースや野球部の4番など、錚々たるメンバーが揃っているそうだ。

 さっき校舎前で見かけた冷夏の姿は見当たらない。

 黒板には、出席番号順に座席の配置が張り出されている。

 


「じゃあな、片桐」

「ああ」


 俺たちは、張り出されている座席表を確認してそれぞれの席に向かう。

 こんな、些細な行動でも俺にすごい視線が注がれているのが分かる。

 ……それは、去年の比ではないほどに。

 やっぱり、その大きな原因は……。


 俺の座席は窓際の一番後ろの所謂主人公席……ではなく、その一つ前の席だった。

 その主人公席に座っていて、今も大勢のクラスメイトに囲まれている少女。

 出席番号が俺の一つ後に来るその名前を知った時から、この状況は予想していたが……。


 俺は自分の机に鞄を置いて自席に腰かける。

 そんな様子をさっきまで騒がしかったクラスメイト達は、静かに見守っている。


(俺は、どんな状況でもいつも通り過ごすだけだ……)


 そう言い聞かせて、鞄から文学書を取り出す。

 臨戦態勢を整えた俺に対して、動いたのは後ろに座る王女様だった。


「おはよう、片桐君。一年間よろしくね」


 そう言った奈季の静かに微笑む笑顔が、俺にだけは家で見せる悪戯っ子の表情に見えて仕方ない。


「……あ、ああ、よろしく。北原さん」


 俺たちのそんなやり取りをクラスメイト達は待っていたように黄色い歓声を上げ、教室は再び騒音に包まれた。

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