第19話 変化
今日は、春休み最終日。
短かった束の間の休暇も、もう終わりを迎える。
(明日から新年度か……クラス替えもあるし少し憂鬱だな)
考えに耽っていると、奈季が俺の顔を覗き込んでくる。
「頼、どうした?浮かない顔して」
「いや、明日から学校で気分が乗らないなって思って」
「そりゃ、ボッチの片桐君が憂鬱になるのは仕方ないことですね~」
「いや、ボッチは別に良いんだけど……クラス替えがあるだろ?新しいクラスメイトに色々言われるんだと思うと、な」
「王子とかなんとか言われるんでしょ?別にいいじゃん。私も王女様とか言われるよ。氷姫と違って揶揄されてるんじゃないんだから」
「自分が話題にされることが嫌なんだよ」
(氷姫か。冷夏は大丈夫だろうか……きっと俺以上に明日を憂鬱に感じているんじゃないだろうか)
「奈季、なんか元気だな」
「ん?私は、いつでも元気だよ」
春休み初日、高校デビューで容姿を大きく変えた金髪美少女の……氷室冷夏と行動していたところを見られた日は、奈季の様子がおかしかった。
でも、それは杞憂だったようで彼女はすぐにいつも通りの通常運転に戻っていった……と思っていたが、やはりこの幼馴染の様子がおかしい。
俺たちはテレビの前のソファに並んで腰掛けてアニメを見ている。
ここまでは、いつも通りの日常……。
「あの〜、奈季さん?」
「な〜に、頼君!」
「その、胸が当たってるんだけど……」
俺の隣に座る奈季は俺の腕を取り、自身の腕を絡ませて胸を押し当ててくる。
「なに?もしかして、意識しちゃってるの?昔はお風呂も一緒に入った仲なのに」
「それ、幼稚園ぐらいの話だろ!その……俺も男だからさ、こんな事されると色々と思うこともあるわけで」
「あ!エッチな事考えてんだ~」
「もういいから、離れてくれ」
「いや!」
まるで小さな子供のように彼女は、言葉を発する。
あの日以来、奈季はこんな感じでスキンシップは多いし普段あまりしなかった家事なども手伝ってくれる。
というか、何をするにも物理的に距離が近い。
「ちょっと、本当にどいてくれ」
俺は少し強引に奈季の腕を振りほどき、ソファから立ち上がる。
「どこ行くの?」
なんだが、すごく寂しそうな表情で彼女は俺に問う。
「トイレだよ」
「そっか」
俺の行き先が分かってなぜか安心する彼女を尻目に、トイレに向かうが……。
「おい、何で付いてくる?」
「え、一緒にいたいと思って」
「トイレにまで付いてくるな!」
俺は、勢いよくトイレの扉を閉めた。
▽▼▽▼
その日の夜は、おじさん(奈季の父)が非番だったので奈季の自宅で久しぶりに3人で夕食を食べる。
今日は、野菜の栄養を沢山取れる鍋料理、水炊きにした。
「いや、美味しいね。お酒も進むよ」
「お父さん、なんかテンション高くない?ていうかビール飲みすぎないでね」
「久しぶりに3人でテーブルを囲んでいるからね。奈季と頼君もあと数年すれば、お酒を一緒に飲めると思うと楽しみだなぁ」
「いや、私お父さんと二人っきりでお酒飲みたいと思わないし」
「そんな!頼君は違うよね?二十歳になったら一緒にお酒飲んでくれるよね!?」
「ええ。その時は、お手柔らかにお願いします」
おじさんは、いつも俺たちとの時間をとても大切に思ってくれていて何より楽しそうにしてくれる。
とても賑やかに、夕食の一時は過ぎていった。
夕食を食べ終えるとお酒が入ったせいか、おじさんは直ぐに眠ってしまった。
リビングで豪快に眠ってしまったおじさんを担いでベッドに運ぶ作業も随分と慣れたものだ。
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ。おやすみ、奈季」
「うん。私も戻るね」
「え?」
「うん?」
俺たちはお互いの言葉に疑問を感じ、目が丸くなる。
「いやお前、おじさんがいるときは自分の部屋でいつも寝てるだろ?」
「それは、お父さんに、頼君にあんまり迷惑かけるんじゃない、って言われるから。ほら、もうお父さん寝てるし、口酸っぱく言われないでしょ」
「もう後は、寝るだけなんだから自分の部屋に戻りなよ」
「嫌だ!お父さんのいびき凄い、うるさいんだよ」
「それは、知ってるけど……後でおじさんに、奈季をあまり甘やかさないでくれ、って言われるの俺なんだぞ」
「やっぱり……だめ……?」
懇願するように俺を見つめてくる奈季の目に、俺は折れた。
「分かったよ。でも明日から学校だから夜更かしは厳禁な」
「はーい!」
そんなこんなで、自宅に戻った俺と奈季は順番に入浴を済ませる。
風呂上がりに、適当に雑談していると時刻が0時に近づいていることに気が付く。
奈季も少し眠そうにしている。
「しまった。今日は早く寝るつもりだったのに」
「ホントだ。もう、こんな時間……」
「じゃあ、さすがに寝るか……おやすみ、奈季」
「う、うん。……おやすみ」
奈季が俺の部屋に入っていくのを見届けて俺は、母さんの部屋に向かう。
奈季が俺の部屋を占領しているため俺が睡眠をとるのは、ほとんど帰ってこない母さんの部屋のベッドだ。
ベッドで横になり、スマホでタイマーをセットする。
そこで一時間ほど前に、冷夏からメッセージが入っていたことに気が付いた。
【明日から、新学期だね。もしも、同じクラスならよろしくお願いします】
短いメッセージだが、その簡潔な文章に冷夏らしいなと思った。
【こちらこそ。その時は、よろしくお願いします】
短いメッセージを送り返すと、すぐに既読が付き俺も知っているアニメの可愛いキャラクターのスタンプが送られてくる。
スマホを置き、目を閉じてやってきた睡魔に身を任せる。
物音一つしない静かな空間で俺の意識は、遠ざかっていった。
「……………ん……?」
知らぬ間に、眠っていた。
何分ぐらい経っただろうか。
体感的に、長い時間眠っていないことが分かる。
スマホで時間を確認しようとすると、ある事実が発覚する。
「!?……なにやってるんだ、奈季」
「デヘ、バレたか……」
いつの間にか、俺の布団に潜り込んでいた奈季を発見した。
俺の意識が覚醒したのは、こいつのせいだったか。
「何してるんだ、早く部屋に戻れよ」
「え~、いいじゃん。昔はよく一緒に寝てたし」
「だから、それは幼稚園ぐらいの話で」
「頼が、どこかに行っちゃうような気がして……寂しくて」
「え?こんな夜中にどこにも行かないよ」
「おや……すみ……ら、い」
「お、おい!本当に寝るな」
そう言葉を発した俺の健闘むなしく、奈季は寝息を立てて眠ってしまった。
仕方なく、俺はリビングのソファで寝るために移動しようとなるが、奈季が俺の服を掴んで眠っているため身動きが取りにくい。
少し強引に引き離そうとするが想像よりも力強く、これ以上は奈季を起こしてしまう恐れがあるため諦めた。
俺も眠るため、楽な姿勢になり隣で眠る奈季を見つめる。
「そうだな。昔は、こうやって一緒に寝てたよな」
そうやって、さっきの奈季のセリフを思い出す。
『頼が、どこかに行っちゃうような気がして……寂しくて』
「俺は、どこにも行かないよ……おやすみ、奈季」
俺は、小声でそう呟いて目を閉じた。
すぐに睡魔はやってきた、俺の意識は遠ざかっていく。
「約束だよ……頼」
遠ざかっていく意識の中で、そんな奈季の声が聞こえた気がした。
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