第18話 決意表明

 長い長い夢を見ていた。

 昔あった過去の出来事。

 私と頼の……。


「……はっ!?」


 私は、深い眠りから目を覚ました。

 昨日、頼と氷室さんが少し一緒にいたってだけで落ち込んで……なんだがとても寂しい気持ちになって……そのまま泣き疲れて眠ってしまった。

 スマホで時間を確認すると、午前6時4分。

 いつもなら夜更かしして、アニメを見ているところ早く眠りに落ちたため、こんな時間に起きたのか。


「お風呂に入らずに、寝っちゃった……」


 起き上がり、部屋を出てリビングへ入ると頼の姿は見当たらなかった。


「そっか、日課のランニングに行ってる時間か……」


 テーブルの上には、昨日用意してくれたであろう生姜焼きとサラダがラップを掛けて並べられていた。

 昨日、沙也加とお昼にカフェへ行って以来、何も食べていないお腹が鳴る。

 私は、生姜焼きをレンジに入れて、味噌汁を火にかけてそれぞれ温める。

 温かいご飯も盛って、食事をいただく。


「あ~、美味しい……」


 本当に私は幸せ者なんだ。

 彼の近くにいられて……彼の一番近いところにいられて。

 頼には、とてもつらい過去があった。

 それを知った時、私は絶対に頼に対して裏表のない態度で嘘偽りない言葉で彼の近くにいると決めた。

 ただ一つの想いを、除いて……。

 まあ、その結果こんな甘えっぱなしの生活になっていることは否定できないけれど……。

 だから……ただ一つ除いた想い……私の初恋は、この想いは別に伝えなくていい、伝わらなくていいと思っていた。

 今の頼は、私に限らず告白とか誰かと付き合うとか、そういう事はきっと望んでない。

 ……ていうか告白して普通に振られたら、もう立ち直れない気がする。

 だから、私の頼に対しての本当の気持ちは心の内にしまっておけば良いと思っていた。

 第一そんなことしなくても、彼の一番近くにいるのは私だという実感があったから。

 そう……昨日までは。


 氷室さんと頼の関係が昨日一日だけのものだったのか、どれほどのものなのかは知らない。

 でも、相手が誰であろうと絶対に頼を……頼だけは渡したくないと思った。

 頼はかつて(実父)のトラウマから、他人としか認識していない人間を信用できない。

 今の彼は、自ら他人と接点を持たない。

 そんな、彼の苦しんでいる心の傷に私は安心を感じてたんだ。

 頼は誰とも深い仲にならないから、私の元から離れて行かない。

 ……普通に最低だ。私は……。


「シャワー浴びて、サッパリしよう」


 食事を終えて、食器を洗い風呂場へ向かい体を清める。

 シャワーのお湯を全身に浴びながら、目を閉じる。

 昨日、沢山泣いたせいか……私の気持ちの方向性が固まったせいなのか……すごく気持ちがスッキリしている。

 全身洗い終えて、風呂場を後にして脱衣所で体を拭き下着を穿く。


「ん~もしかして私、少し太ったかな……」


 鏡の前で下着姿の自分のお腹の肉を少し掴んで考える。

 次の瞬間突然、私の後方で脱衣所の扉が開く音が聞こえた。


「……あっ」

「ゲっ……!」


 ランニングから帰ってきて、滴る汗を流しているスポーツウェア姿の頼が目の前にいた。


「ぎゃーー!!!」

「わ、悪い!」


 私は、思わず奇声を上げてしまった。

 頼も慌てて廊下へと姿を消した。


「だ、大丈夫、大丈夫……。見られたのは全裸じゃない。たかが、下着姿……大丈夫」


 心の中に羞恥心が生じるが、言い訳をして自分を慰める。

 さっさと部屋着に着替えて、落ち着いているように取り繕う。


「頼、もういいよ〜」

「あの、その……ごめん。もう起きててシャワー浴びてると思わなかって……」


 さっきの出来事を結構深刻に捉えているようで、申し訳なく謝罪をしてくる。


「本当だよ、もう〜朝からスケベなんだから!」

「いや、別にスケベではない。不可抗力だし」


 私の小悪魔っぷりのセリフに彼は通常運転に戻ったようだった。


「ご飯、食べたか?体調、大丈夫か?」


 そう聞く頼の眼差しは本当に私の事を心配している物だった。


「うん、問題ないよ!昨日は本当に疲れてただけだから」


 私のその言葉に彼は露骨に安堵している。


「ねえ、今日ってなにも予定ないよね?」

「うん、どうした?」

「今日、みっちり家でオタ活しようよ。お菓子食べながらアニメ見て、ゲームして、漫画読んで」


 私のそんな無邪気な姿に彼は、本当に安心したように笑った。


「そうだな。今は、テスト勉強もしなくていいし。シャワー浴びたら早速アニメ1クールぶっ続けで見るか!」


  そうして私たちは、朝から二人だけで大好きな趣味に没頭する。

 お菓子を食べて、映像を見て、くだらない感想を言い合って……昔から繰り返して来た幸せな日常。


「もう、昼か。昼食どうしようか、冷蔵庫にはたいした物ないし」

「頼、コンビニで何か適当に買って来てよ」

「ていうか、一緒に行くか?」

「ちょっと、やる事あるから行って来てよ」

「そうか?了解」


 頼が出かけた後、私は冷蔵庫から卵を取り出す。

 昨日、夢で見て思い出した。

 頼が苦しめられてたあの日に、食べてもらおうと思った卵焼き。

 卵焼き器を温めて、卵焼きを作り始める。

 別に私が作る卵焼きなんて、大した物じゃない。

 でも、食べるてもらう機会に恵まれなかったあの日から、自分の中に封じ込めてきた初恋の想いをここから再スタートさせる。

 これは、ただの決意表明。


 出来上がった卵焼きは、以前焼いた時よりも上手に焼けた。

 味も問題ない。

 あと、大切なのはお母さんがよく言っていた愛情、気持ち。

 それも大丈夫。

 彼を想う気持ちは誰にも負けない。


「ただいま。あれ、良い卵の匂い」

「おかえり。卵焼き焼いたの」


 昼食のメニューは、頼が買って来たおにぎりとインスタントのお味噌汁に私の作った卵焼き。


「「いただきます」」


「うん、最近のコンビニのおにぎり本当に美味しいよね」

「ああ。じゃあ卵焼き、いただくよ」


 頼は、卵焼きを口に運ぶ。


「どう?」

「うん。白だしが利いてて美味しい」

「良かった」


 これは、ただの決意表明。

 私は頼に告白する。

 でも、それは今じゃない。


「ねえ、好き?卵焼き……」


       私のこと……。


「うん。好きだよ。奈季も好きだろ?」


 私はね……。


「うん………大好き」


 この想いは、きっといつか伝える。

 大好きな、あなたに。

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