第17話 過去④
「頼!大丈夫!?頼!?」
私は、慌てて頼の傍に駆け寄って彼の安否を確かめた。
「チッ」
頼に暴力を振るっていたそいつは、私たちに目もくれず舌打ちをして玄関から出て行った。
「……な、き?」
「頼!大丈夫?これ、どうなってるの!?」
「あ、大丈夫だよ。……なんでもない」
「なんでもないことない!どう考えても、おかしいよ!」
私は、頼の着ていた長袖の服を強引に捲り上げた。
驚愕だった。
頼の上半身はあざだらけで、色もかなり変色していた。
昨日、今日で出来るような傷じゃなかった。
いつも頼が学校でも自宅でも長袖の服装だったのは、この腕に出来た傷やあざを隠すためだったんだ。
「頼のお父さん……あいつ、許せない!」
「待って、……俺は、大丈夫だから。だから、今日のことは、……見なかったことにして」
「なに言ってるの?これは、どうみても虐待だよ!」
「違う、俺が……俺が父さんの機嫌を損ねたから、いけないん……だ」
頼は、そう言いながらぐったりとしている。
「頼!大丈夫、苦しい?」
「……大丈夫。ちょっと眠いだけ」
頼の顔は真っ青で目の下にはクマが出来ている。
ここ数日、いやもっと前から熟睡出来ていないことが表情から伺える。
「とりあえず、私の部屋に行こう。一度しっかり寝ないと」
少し強引に頼を連れ出して自宅に連れて行き私のベッドで体を横にさせる。
いつ、あの男が帰ってくるか分からないこの状況で、頼を自宅で放置するのは危険だと思った。
「頼、ここなら安心して眠って大丈夫だよ……おやすみ」
ベッドで横になっている頼の頭を優しく撫でる。
いつも、私が落ち込んだり傷ついたときに頼がそうしてくれるように……。
「……奈季、ありが……と」
心身ともに疲れていたのか、頼はすぐに深い眠りに落ちていった。
「頼、……ごめんね。いつも、あなたは私を助けてくれるのに……私、自分の事ばかりで……頼がこんなに傷ついていることにも気づきもしないで」
『頼のこと何も知らないくせに分かったように言うな!』
数日前、不良娘達に言った自分の言葉を思い出す。
「私、なにも分かってないじゃん……」
そう呟いた私の目から、涙が溢れて止まらない。
(私なに、泣いてんだ。今、泣きたいのはお前じゃないだろう?)
自分にそう言い聞かせて私は早速行動に出ることにした。
頼のさっきの発言と性格上、今回の件は誰にも相談できていないはず。
関西へ単身赴任で働いている頼のお母さんに、一番に電話をするか悩んだが物理的にも距離が近い私のお父さんに電話することにした。
私が学校から帰ってくる少し前まで家にいたと思うので、まだ職場には着いていないはず。
私は、はやる気持ちを静めながら父に電話を掛けた。
「奈季、どうしたんだい。お父さん、これから仕事だけど。なにか緊急の用事かい?」
父の優しい声を聞いて、緊張していた私の心は安心感を取り戻した。
さっきあった事を、頼の体が大変なことになっていることを冷静に丁寧に父に伝えたつもりだった。
しかし涙が流れて、声を上手く出せない私の話を父は最後まで静かに聞いてくれた。
「概要は、大体わかったよ。頼君は、そのまま寝かせておいてあげて。奈季、今から帰るから鍵をしっかり掛けておくんだよ。もしも、岸辺さんが訪ねてきても出ちゃいけないよ」
「わかった。なるべく早く帰ってきてね」
「会社に一度電話を入れるから30分後にはそっちに帰れると思う。……奈季、よく頑張って伝えてくれたね」
電話を終えた私は、眠っている頼の手を握って父が帰ってくるのを待った。
時折、頼は何か寝言を発していてうなされているようだった。
▼▽▼▽
もう日が沈みかけて薄暗くなってきた時、父は約束通り30分ほどで帰ってきた。
「奈季、頼君は?」
「今、眠ってる……お父さん、これからどうしよう?」
「とりあえず、頼君のお母さんに僕から連絡するよ。その後、問題の父親とも面と向かって話するかな」
「大丈夫?あいつ、なんかやばいよ。普通じゃない……こういう時、虐待相談所とかの方がいいんじゃないの?」
「確かに、そこに連絡すると最低限のことはしてくれるかもね。でも、警告や厳重注意で終わったりすることも多いみたいだから。それに、彼を守る大人が……今は、僕がいるからね。奈季は心配しなくても大丈夫。お父さんは、色々な意味で強いつもりだからね」
父は、そういって私を安心させるように頭を撫でてくれる。
「ん、んー、あ。奈季、おじさん……」
私たちの会話で、頼を起こしてしまったようだ。
「頼君、まだ横になっていなさい。気分はどうだい?」
「あ、はい。久しぶりに少し眠れて……あの、俺戻ります。ありがとうございました」
そう言って、ベッドから起きて立ち上がった頼だが、足取りは不安定でふらついている。
「まだ、寝てないとダメだよ!それに帰ったら、またアイツに何されるかわからないよ!」
「大丈夫だよ、奈季。父さんは、本来優しい人なんだ……。だから、……大丈夫」
私には何で頼がこんな目に合ってまで、あんな奴を庇うのか全く分からなかった。
「頼君、今日はここにいなさい。おじさんが君のお父さんと話をしてくるから。」
「いえ、大丈夫です。俺は……大丈夫なんです」
少し沈黙の間ができた後、父は少し強い口調で語り出した。
「いいかい、頼君。今の状態は、もう常軌を逸している。現実を見なさい。自分の傷ついた心と体を見なさい。賢い君なら、もうわかってるはずだよね?」
そう語った父の言葉を聞いた頼の目からは大粒の涙が溢れ出していた。
いつも強くて賢くて動じない頼が、涙を流しているのを私は初めて目撃した。
父は、頼の体を抱き寄せて優しく声を掛ける。
「辛かったよね、痛かったよね、頼君。いつも奈季を助けてくれてありがとう。おじさんはね、頼君のことを本当の息子みたいに思ってるよ。少し……ほんの少しでいいから、おじさんの事信用してくれないかな?」
その言葉を聞いた頼は、父にしがみ付き心の糸が切れたように声を荒げて涙を流した。
無職となってパチンコに通うようになってから父親の様子が変わり始めた事。
一年ぐらい前から、父親による軽い暴言、暴力が始まり最近急激にエスカレートした事。
自分が我慢すれば昔みたいな、優しかった時の父親と過ごした日常が帰ってくると信じていた事。
母親や私たちに迷惑を掛けたくなかった事。
他にも、溜めに溜めていた様々な事実と悲しみを震える声で彼は、私たちに訴えた。
全てを話し終え今まで我慢していたものを吐き出した頼は、深く眠りに着いた。
その後、父は頼の母親に連絡を入れて今までの経緯を話した。
おばさん(頼の母)は、それを聞いて大きくショックを受けていたようだ。
その日の夜遅くに、おばさんは帰ってきて涙を流しながら頼に謝罪をしていた。
おばさんも頼の父親がパチンコに通ったり様子がおかしい事には気がついていたそうだが、こんな事になっているとは思っていなかったらしい。
次の日の朝に呑気に帰ってきた頼の父親は、おばさんと父が待ち構えていて面食らっていた。
三人で話し合いが行われ、いつも温厚で優しい父が声を荒げて頼の父親を怒鳴りつけていた。
頼の父親は、放心状態で特に言い返す事もなく話し合いは進んでいった。
おばさんは、泣いていた……多分、何もできなかった自分を悔いて。
その後も色々な大人達の介入があり、頼の両親の離婚はあっという間に決まり頼の父親は二度と息子に近づかないという約束で家を出ていったそうだ。
「頼、大丈夫?」
「……うん」
頼もまた放心状態だった。
この時の頼は、自分が家庭を壊してしまったと思っていたらしい。
おばさんは、どうにかしようと奮闘していたが結局一度、心の病院に行ってみようという事になった。
私は、あまりその病院のカウンセリングに期待していなかったが頼は少しずつ元気を取り戻していった。
きっと良い先生に巡り会えたんだろう。
でも、頼はこの一件をキッカケに他人に敏感になり自発的に誰かと接点を持つ事をしなくなった。
それでも、私には以前と変わらず接してくれる。
私は頼にとって特別なんだと実感できて嬉しかった。
「頼、何読んでるの?」
「ラノベだよ。ほら、アニメになってる原作の小説」
「頼が文学者以外、読んでるの珍しいね」
「うん、病院で出来た友達に紹介してもらって……」
「……そっか」
きっと、その友達は頼が元気を取り戻す一つのキッカケになったんだろうと思う。
今の頼と友達になれるなんて、きっとすごい良い人なんだろうな……。
「奈季、ありがとう」
「ん?なに、急に」
「奈季が、本当の意味で今回俺を助けてくれたんだと思って。それに人間皆、裏表あるけど……奈季は俺に対して、いつも真っ直ぐぶつかってくれるから」
「ふふ、じゃあもっと我儘になっちゃおうかな〜」
頼は、少し笑った。
彼の笑った顔を見るのは久しぶりだった。
この時、私は頼に対して我儘でも願望でも嫌われても素直で真っ直ぐに彼に向かっていくと誓った。
きっと、それが頼も望んでいる事だと思ったから。
私と頼は、紆余曲折ありながらも受験シーズンを乗り越えて難関と呼ばれた試験を突破して海星学園高等学校へ入学した。
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