第16話 過去③
「北原さんってアニメとかも見るんだ。普段難しそうな本読んでるからイメージなかったな」
「めっちゃ可愛いよね北原さんって。サラサラの髪の毛どうやってお手入れしてるの?」
数日前、素行の悪かった女子生徒3名は先生と保護者を交えた話し合いで今までの事を自供した。
先生と保護者同伴で私に対して謝罪をしてきたが、彼女たちの不貞腐れた態度は多分一生忘れないだろう。
お父さんには、頼が全部経緯を説明してくれた。
頼にもお父さんにも本当に心配をかけてしまった。
その一件が学内で話が出回り、私は不良娘たちを成敗したというレッテルを貼られ、一躍時の人となってしまった。
休み時間になるたびに、引っ切り無しに話しかけられ忙しい時を過ごしている。
「北原さん、ごめんね。北原さんが、嫌がらせ受けてたの私たち知ってたんだけど……」
そう、誰しも不穏な問題に首を突っ込んで自分が標的にされるのは困る。
匿名の目撃情報があったのも私の事を心配してくれた誰かがいてくれたことでもあるし、むしろ感謝してる。
「全然気にしてないよ。むしろ、気にかけてくれてて嬉しい。ありがとう」
私のその言葉に多くのクラスメイトが、ホッと胸を撫で下ろしてくれたようだった。
「北原さん、色々酷い目にあったのに不良娘のこと許したらしいぜ」
「まじで、女神だ。俺たちのアイドル」
男子たちの、こういう会話が私には気恥ずかしくて仕方がない。
「それより、北原さん。岸辺君とは、どんな関係なの?」
「え!?な、なんで?」
「いや、絶対お互いに意識してるでしょ。もうただの幼馴染には見えないって」
「私たちは、別にそんなんじゃ……」
「岸辺君の事、好きな女の子いっぱいいるけど、相手が北原さんだったらしかたないよね!」
クラス中の女子生徒たちが、私によくわからない期待の眼差しを向けてくる。
私は、どう答えたら良いのか返答に困っていた。
「はいはい、そこまで。奈季、困ってるじゃん。別にどんな関係だっていいでしょ」
助け舟を出してくれたのは、親友の沙也加だった。
そのタイミングで予鈴が鳴り、皆各自の席へ戻っていく。
「沙也加、ありがとう」
「うん。岸辺君と奈季の関係は、私が守るから!」
彼女は、親指を立てて意気揚々と言葉を発する。
(沙也加も、なにか勘違いしてるんじゃ……)
「そういえば、岸辺君って最近素っ気ないよね」
「うん。話しかけても返事するだけで、誰も寄せ付けない感じだよね」
「勉強で疲れてるんじゃない?ほら、あの海星学園狙ってるらしいし」
「そっか。この学校で海星行けるぐらい頭良い人って岸辺君ぐらいなんじゃない?」
本玲を待つ間、ヒソヒソと話すクラスメイトの会話が耳に入ってくる。
最近、私は頼と過ごす時間が極端に減った。
登下校の時も、先に行って、と言われたり学校終わりに一緒に遊んだり勉強したりすることも、しばらくしていない。
学校での態度も、愛想よく男女共に慕われていた頼の姿は影を潜めていた。
(もしかして私、頼に避けられてるのかな……いやいや、ネガティブはよくない。今日は絶対学校終わったら一緒にいよう……違う、一緒にいたい)
放課後になり、クラスメイト達からの遊びのお誘いを丁重に断って頼のクラスを訪ねた。
「岸辺君?多分、もう帰ったよ」
「え?そうなんだ。……ありがとう」
頼のクラスメイトにお礼を言って、私も急いで帰ることにした。
私に一声無く帰っちゃうなんて……。
(やっぱり、知らない間に私何かしたのかな……)
漠然とした不安と焦りが私の中で大きくなっていく。
急いで、帰ってきた私は頼の部屋(家)の呼び鈴を鳴らした。
……誰も出ない。
(まだ、帰ってきてないのかな)
仕方なく、自分の部屋(家)に戻った私は突然閃いた。
お父さんが、夜勤で出勤の日は頼がいつも私の分の夕食も準備してくれる。
そんな頼に対して、申し訳ない気持ちがあった私は最近密かにある料理の特訓をしていた。
頼が作った、私が大好きな卵焼き。
それの作り方を以前、頼に聞いていつか私が作った卵焼きを食べてもらおうと思っていた。
私は、今日それを決行することにした。
(まあ、頼の作った卵焼きよりは完成度低いだろうけど)
早速、台所へ行き料理に取り掛かる。
卵を溶いて砂糖とポイントの白だしを少々入れて、温めた玉子焼き器に少しずつ投下する。
固形になってきたら丸めてそれを繰り返す。
……自分が思っていたよりも、完成度が低くなってしまった。
出来上がった卵焼きは、形が歪で端の部分は少しだけ焦げてしまった。
料理で一番大切なのは、愛情、気持ちだって亡くなったお母さんが言っていた。
味見を少しして、絶賛されるものではないがそれなりに上手くできたと思った。
大丈夫……多分。
お皿に盛った卵焼きを持って隣の頼の自宅の呼び鈴を鳴らす。
……やっぱり誰も出ない。
「……!?」
出直そうかと思ったその時、頼の部屋から大きな物音が聞こえてきた。
(頼、家にいるの?)
玄関のドアに手を掛けるが、しっかりと施錠されている。
私は、ポケットに入っている頼の自宅の合鍵を手に取った。
緊急時のために私と頼は、お互いの自宅の合鍵を持ち歩いている。
親しき中にも礼儀あり。
お父さんには緊急で用事がある時以外は、いくら仲が良くて勝手に入ってはいけないと念を押されていた。
別に、卵焼きを頼に食べてもらいたいのは緊急の用事じゃない。
でも、最近一緒にいる時間が少なくなって……ただ会いたい。
私は、合鍵で施錠されてる扉を開けた。
「頼、いるの?ら……い」
玄関から見えたリビングで展開されていた光景に私は絶句した。
お腹を押さえて倒れている頼に何度も何度も蹴りを入れている彼の父親の姿が、そこにはあった。
あまりの衝撃に持っていたお皿を落として大きな音が家中に響き渡った。
こちらに気づき鋭い眼光で睨みつけくる男。
数日前に見た頼の手首のあざ、最近素っ気ない頼の態度、私を避けていた理由。
すべての合点がいった。
今、目の前にいる頼の父親が……こいつが全ての元凶だったんだ。
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