第13話 自己嫌悪②
「この春服。絶対奈季に似合うよ」
私と沙也加はカフェで紅茶を飲んだ後、駅前にあるショッピングモールの洋服屋に来ていた。
「ねえ、これは私に似合ってるよね?」
「……うん」
商品の洋服を自分の体に重ね当て、そう聞いてくる沙也加の声が遠く聞こえる。
さっき、カフェの窓から見えた頼と見知らぬ誰かの姿が脳裏に焼きついて離れない。
(少しだけしか見えなかったけど、頼と誰かが楽しそうに話してた。頼……私以外の人とあんなに親しげに話すんだ)
「奈季、聞いてる?」
「……うん」
「この後、映画でも行かない?」
「……うん」
「チューしてもいい?」
「……うん」
(頼、駅に向かって歩いてたのかな。もう、帰ってるのかな……)
「奈季。私、片桐君の事好きになってもいい?」
「……うん。え、え!?な、なんて?」
「ごめん、ごめん!冗談。あまりにも、心ここにあらずだったから」
「……私の方こそ、ごめん」
沙也加は、多分私に気を遣ってテンション上げて接してくれてる。
この友人は本当に気配りが上手で私には勿体無いぐらいの親友だ。
「奈季、今日はもう帰ろっか?」
「え、……なんで?」
「もう、そのテンションじゃ何やっても楽しくないよね?」
「そんな事は、ないよ」
「隠してもダメ。ずっと片桐君の事考えてるでしょ?親友の私には、わかりますよ」
そう言って、私の頭を撫でて慰めてくれている。
「ねえ、さっきのカフェから見えた人。本当に片桐君だったの?」
「うん。私が見間違えるはずないもん……」
そう、見間違えるはずなんてない……。
「じゃあ、早く帰って片桐君に今日のこと聞いてみたら?今ここでウダウダ考えても仕方ないし」
聞く?
頼に?
誰と一緒にいたの?とか、何で一緒にいたの?とか気になる事はあるけど。
もしも聞いて、返ってくる答えはわからないけど……そう、なぜか怖いんだ。
「今は、何となく頼と顔合わせるのが怖い……かな」
「そうだよね。1番身近だった人の自分が知らない部分が存在したら怖いよね」
「……う、うん」
「あ、大丈夫だって!もしかしたら、観光客に道を聞かれてただけかもしれないし」
「うん。そうだね……」
(多分、そうじゃない。頼は他人に敏感だから。知らない人に話しかけられたら私には分かるぐらいには動揺してると思う。あんな親しげには会話しない)
その後も、気分が晴れない私を沙也加が連れ回してくれて時間は過ぎていった。
「もう、17時過ぎだね。どうする?まだ、別のお店回る?」
「18時には帰るって言って来たから、そろそろ」
「そっか」
私たちは、帰路に就くために駅へ向かいそこで電車を待つ。
「奈季、頼君の件。こんなこと初めてなんだろうから、不安なんだろうけど臆せず聞いてみたらいいと思うよ。普段仲いいんだから、きっと大丈夫だよ」
「うん、ありがとう、沙也加。頑張って聞いてみるね」
沙也加にお礼を言って手を振り、やってきた電車に乗り込んだ。
少し混んでいる電車だったが、開いている座席を見つけて腰かける。
帰ったら、頼の前でいつも通りの私を振る舞えるだろうか……。
帰ったら、いつも通りの頼が私を出迎えてくれるだろうか……。
一抹の不安が、私の中でどんどん大きくなっていく。
考えに耽っていると、あっという間に自宅への最寄り駅に到着する。
電車から降りて改札を出て歩くこと数分、頼のマンション部屋(家)の前にたどり着く。
一度深呼吸をして、玄関の扉に手を掛けて私は帰宅した。
「奈季、お帰り」
リビングに入ると、いつもと変わらない頼が私を出迎えてくれた。
「奈季、どうかしたの━━━」
たまらず頼の体に私は抱き着いていた。
……そうか。
私は、ただただ安堵したんだ。
「おい、どうし……た?」
頼が遠くに行っちゃったような気がして漠然と不安で怖かったんだ。
涙が溢れそうになったけれど、私は必死に体を震わせながら堪えた。
そんな姿を見て、彼は優しく私を抱きしめてくれた。
▽▼▽▼
何分ぐらい経っただろう。
頼と抱き合っているのが心地よくて……。
「……落ち着いたか?」
「……うん」
ずっとこのままでもよかったのに。
私は頼に誘導されてソファに腰かけた。
私が普段とあまりに違う態度を取ってしまったため、頼からしてみれば重い雰囲気を感じているのかもしれない。
「一体、どうしたんだ?」
ただ勝手に寂しくなって……普段通りの頼が近くにいてくれて嬉しくて……なんて言えない。
「……別に、わかんない」
そうだ、一喜一憂してる時じゃない……。
今日のこと聞かなきゃ……。
「……今日、何してたの?」
そう尋ねた私の心は、また不安に駆られていた。
頼に顔を見て話すことが出来ない。
「え?、何って……ランニングに行って家事をしてお前を起こして、おじさん────」
「それは知ってる。……今日、出かけたんじゃないの?」
聞きたいのは、その後の事……。
「ああ。電車に乗って書店にラノベ買いに行ったよ。その後、お昼にパスタ屋さんに行って帰ってきて、おじさんを見送って……そんな感じだけど」
一緒に歩いてた女の人の話は出てこない。
「それ……電車に乗って一人で行ったの?誰かと待ち合わせしてたりした?」
「別に待ち合わせとかしてない。……なんでそんな事聞くんだ?」
言え、私。大丈夫、言うんだ……。
「私、駅近くにあるカフェに行ったんだけど窓際の席から頼が金髪の綺麗な女の人と歩いてる見て……それで、単純に気になっただけ……」
「実はその書店で偶々、氷室さんと会ったんだ。それでちょっと会話して一緒に駅まで行ったんだよ」
あの綺麗な人、氷室さんだったんだ。
「あの綺麗な人、氷室さんだったんだ」
心の声がそのまま言葉になってしまった。
氷室さん……。
最近、私の頭の中にもあった名前。
学期末テスト学年2位……私の大切な頼の隣の席に座った人。
「……何を氷室さんと話すことがあるの?なんで、一緒に駅まで行くの?」
「え?いや、それは、……」
なんで今日親しげに話してたのが、よりによって氷室さんなの?
その時、私の心の不安はピークに達していたのかもしれない。
「だって、おかしいじゃん!頼は、学校で特定の誰かと仲良くないでしょ!。なんで、接点のない氷室さんと一緒に行動するの!?」
私は頼の目を真っすぐ見て声を荒げて、思っている疑問をぶつけてしまった。
この時の私は、怒っていたのか悲しんでいたのか悔しかったのか……わからない。
さっき頼に抱き着いた時とはまったく別の種類の涙が流れそうになるが、それを必死に堪えた。
「この前の学期末テストで氷室さん2位だっただろ?今回は相当力入れて勉強したみたいで1位を狙ってたらしくて。……まあ、そんな感じで俺と話の馬があって」
きっと、頼は嘘はついていない。
でも、そんな頼の言葉を聞いても私の不安が払拭される事はなかった。
数分、沈黙の時間が訪れる。
「もうこんな時間か、お腹空いただろ?夕食にしよう」
「……」
私は、俯いたまま返事をすることが出来なかった。
「今日は、豚の生姜焼きなんだ。奈季、好きだろ?おじさんにも仕事前に食べてもらって美味しいって言ってくれてさ。これから作るからちょっと待っててな」
「いらない……」
せっかく、頼がいつも通りの日常を過ごそうと頑張ってくれているのに……私は、拒絶してしまった。
それでも優しい頼は、私を心配して声を掛けてくれる。
「今日いっぱい歩いたから疲れてて。もう寝るね」
そう言った私は、いつも就寝する頼の部屋へと入り扉を静かに閉じた。
一人になった空間で、私は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
きっと頼は、嘘をついていない。
でも頼の話す言葉の節々に、私に隠していることがあるように感じた。
「……なんで、私に話てくれないの?」
小声で、一人寂しくそう言葉を発する。
本当に偶々出会った氷室さんと話が弾んで今日仲良くなったの?
ご飯食べに行ったのも、もしかして氷室さんと行ったんじゃないの?
なんで、他人を警戒するあなたが氷室さんには気を許したの?
私が学年2位じゃなくなったから、氷室さんが学年2位になったから、あんなに親しげに話していたの?
全部、私の勝手な憶測で私の醜い感情が自分を苦しめているんだと分かってる。
……それでも、なんで……。
私の胸が心臓が重く苦しい。息苦しい……。
「なに……なに、これ」
猛烈に胸が締め付けられ、私の目から溢れだした涙はいつまでも止まらなかった。
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