第12話 自己嫌悪①
「……落ち着いたか?」
「……うん」
俺に抱きついていた奈季は、数分間硬直状態だったが少し落ち着いたようだ。
奈季をソファに誘導し座らせる。
少し重苦しい雰囲気だが、俺は口を開いた。
「一体、どうしたんだ?」
「……別に、わかんない」
答えになっていない回答が述べられて、俺も困惑する。
それから、数分間の沈黙を破り今度は奈季の方が口を開いた。
「……今日、何してたの?」
「え?、何って……ランニングに行って家事をしてお前を起こして、おじさん────」
「それは知ってる。……今日、出かけたんじゃないの?」
俺の言葉を遮り質問してくる彼女の様子は、まだいつもの様子とは大きく異なっている。
「ああ。電車に乗って書店にラノベ買いに行ったよ。その後、お昼にパスタ屋さんに行って帰ってきて、おじさんを見送って……そんな感じだけど」
「それ……電車に乗って一人で行ったの?誰かと待ち合わせしてたりした?」
俺は奈季のその質問に一瞬ギクリとした。
別に悪いことをしたわけでもないし、やましい事もないのだけれど、ここで冷夏の存在を明るみにして良いものかと考えたからである。
「別に待ち合わせとかしてない。……なんでそんな事聞くんだ?」
「私、駅近くにあるカフェに行ったんだけど窓際の席から頼が金髪の綺麗な女の人と歩いてる見て……それで、単純に気になっただけ……」
まさか、あれだけ人が多かったところ冷夏と歩いてるのを見られていたとは……。
「実はその書店で偶々、氷室さんと会ったんだ。それでちょっと会話して一緒に駅まで行ったんだよ」
多少誤魔化した部分はあるが嘘はついていない。
氷室さんとの接点に気づかれると、その経緯を……彼女も病院に……精神科に通っているということを奈季に説明しなければならなくなる。
奈季が、それを知って氷室さんの事を誰かに口走ったり揶揄する事は100%無いと断言できる。
しかし、この事は本当にデリケートでプライベートな問題なだけに俺の口からその事を明かす事はできない。
それが、俺の1番身近な人間の……奈季だったとしても。
「あの綺麗な人、氷室さんだったんだ」
奈季は、俯いた状態で言葉を続ける。
「……何を氷室さんと話すことがあるの?なんで、一緒に駅まで行くの?」
「え?いや、それは、……」
「だって、おかしいじゃん!頼は、学校で特定の誰かと仲良くないでしょ!。なんで、接点のない氷室さんと一緒に行動するの!?」
先ほどの俺の回答に不信感を抱いたのか、少し声を荒げて質問してくる彼女に驚いた。
さっきまで、俯いて話をしていた様子とは打って変わって真っ直ぐ俺の目を見て発言してくる。
奈季の力強いその目は、少し潤んでいるようだった。
「この前の学期末テストで氷室さん2位だっただろ?今回は相当力入れて勉強したみたいで1位を狙ってたらしくて。……まあ、そんな感じで俺と話の馬があって」
これも、嘘はついていない。
「……そっか」
奈季は、再び俯き力無くそう返事をした。
それから、また数分の沈黙が訪れ場の空気は重くなる。
俺は、このままではいけないと話題を変えてこの重い空気を払拭することにした。
「もうこんな時間か、お腹空いただろ?夕食にしよう」
「……」
彼女は、俯いたままで返事はなかった。
「今日は、豚の生姜焼きなんだ。奈季、好きだろ?おじさんにも仕事前に食べてもらって美味しいって言ってくれてさ。これから作るからちょっと待っててな」
「いらない……」
いつも俺の夕食を楽しみにしてくれている奈季が食事を拒否した事は今まで、重い風邪を引いた時ぐらいだった。
「奈季、やっぱりちょっと様子おかしいし、体調悪いのか?」
俯いていた彼女の表情は、はっきり見えなかったが下唇を噛んで何かを堪えているようにも見えた。
「おい、奈季。大丈夫か?」
そう声を掛けると、彼女はソファから立ち上がり言葉を発した。
「うん、大丈夫。今日いっぱい歩いたから疲れてて。もう寝るね」
そう言った奈季は、いつも就寝する俺の部屋へと入っていき扉は静かに閉じられた。
(大丈夫かな。あんな奈季の姿は初めて見たな……)
いつも単身爛漫な彼女の姿を見ているからこそ、今日の状態は深刻なものなんじゃないかと考えてしまう。
それと、同時に気持ちの悪い何かが俺の胸や胃を蝕んでいく。
俺は、さっきの話の流れで嘘はついていない。
しかし、色々と誤魔化した部分があるのは事実。
俺は、奈季が寄せてくれている絶対の信頼を裏切ったんだ。
「なんだ……なんだ、これ」
猛烈に胸や胃が締め付けられ、さっきまでの自分に吐き気を覚えた。
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