第11話 意識させたかった事

「パスタ、美味しかったね」

「うん、そうだな」


 昼食を済ませた俺と冷夏は、駅に向かって歩を進めていた。

 その間も、最近面白かったアニメや漫画の話をして会話が途切れることはなかった。


「冷夏。そういえば、聞きたかったんだけど此間の学期末試験、学年2位になってたよな?それまでも好成績だったみたいだけど今回はいつも以上に勉強したのか?」

「うん。いつもは、まあ順位表に乗ればいいやぐらいに勉強してたけど……今回はちょっと頑張ろうと思って」


 少し含みのある言い方のように感じた俺は、あえて突っ込んで聞いてみることにした。


「もしかして学年1位を狙ってたとか?」

「半分正解。まあ結局、頼君の成績には届かなかったけどね」

「いや、かなり僅差だったし危なかったよ」

「でも、こんなに成績良いのは多分今回限りだよ。どの教科も私が得意な範囲が多かったんだ。数学だと図形とか、現国だと好きな文学作品の題材問題とはね」

「そっか」


 正直、今回のようなペースで高得点を重ねられると俺が負かされるのも時間の問題かと思ったが、そういう事でもないらしい。

 今の話が謙遜でないなら、今後十分に奈季にも逆転の目が残されているだろう。


「その……あとの半分はなんだと思う?」


 俺のほうを見ながら、少しニヤニヤして返答を待っている。


(この残り半分の理由が、さっき感じた含みの正体なのか……)


「行きたい大学……進路が決まったとか……?」

「はーい。ちがいまーす」


 俺の回答は空しく速攻で否定された。

 少し呆れたように溜息を吐いて、彼女は答える。


「自分の事に関して鈍い誰かさんに、私の事を意識させてあげようと思ってね」


 そう答えた、彼女の頬は少し赤面しているように見えた。


「え、もしかして俺の事?」

「あなた以外誰がいるの?本当は学年1位を取って悔しがらせようと思ったけど。2番目の、隣の席で我慢しとく」


 冷夏は楽しそうに微笑みながら、そう語る。


 (隣の席か……奈季もそのことを大事にしてくれたよな)


「ごめん。今の今まで、冷夏が宮野さんだって気づかなかったことは悪かったと思ってるよ」

「本当にそうだよ。でも本当の意味で意識させたかったことはそこじゃないけど……ね」

「え?そうなの」

「まあ、気になるなら自分で考えてね」

「いや、多分一生分かんない気がする……」

「ふふ、かもね」


 そんな会話をしていると俺たちは駅前まで、たどり着いていた。

 時刻は、午後2時を過ぎたところぐらいで仲の良い友達が解散するには早い時間なんだろう。

 でも、俺と冷夏の考えはおそらく似たり寄ったりなんだろうなと思う。

 俺は、帰って夕食の準備などをするまでに今日買ったラノベの読書を早く始めたい。


「じゃあ、頼君。ここで解散だね」

「一応、聞くけど解散するには早いしどこか行く?」

「いや、大丈夫。私もそうだけど早くそれ読みたいでしょ?」


 本当に気が合うというか、ある程度口に出して擦り合わせなくてもお互いを理解できている。


「ねえ、ラノベの感想とかメッセージ送ってもいい?」

「いいよ、俺あんまりスマホ見る方じゃないから返信遅いかもだけど」

「わかった。じゃあ、次こそ会うのは新学期にだね」


 お互いに、軽く微笑み冷夏と別れタイミングよくやってきた電車に乗り込んだ。

 空いている座席に座り、イヤホンでアニソンを聴くいつものスタンス。


(人混みの中歩くと、ドッと疲れるな。ランニングで鍛えてるからスタミナに自信はあるんだけど、また別物だな)


 20分ほど電車に揺られ、地元の最寄駅へ辿り着く。

 そこから少し歩き行きつけのスーパーへ行くいつものコース。


(今日、おじさん帰ってきて何も食べてないだろうからガッツリしたもの食べて仕事に行ってもらおう)


 豚ロースとキャベツ、生姜などを買いスーパーを出て帰路につく。

 自宅に帰ると、手を洗いスマホのタイマーを16時にセットして早速読書を始める。


 俺の読んでいるラノベは、ファンタジーの世界が展開されていて貴族の主人公は家柄の高い期待に応えるか、ヒロインとの約束に応えるか、葛藤する。

 どんな状況でも先が見えない中、確実に正解を引く選択はできないものだろう。

 そうなると選ぶ基準になるのは、やはり後悔しないための選択になる。


「後悔しないための選択……か」


物思いに耽っていると、スマホのタイマーが鳴ったことに気づく。

 没頭している時ほど、時間が経つのが早い。

 スマホのタイマーを止めて、いつも通りの家事をこなす。


 洗濯物を取り込んで畳み、米を炊き、買ってきたキャベツを刻み、豚肉を焼く。

 十分に火が通ったロース肉数枚に、醤油、味醂、酒、生姜などを加えて火を通して生姜焼きの完成だ。

 昨日の残りの味噌汁を温めて、さらに盛り付けた料理をお盆に乗せて隣の奈季の自宅へ持っていく。

 時刻は17時10分。

 おじさんはいつも17時30分に起きてくるが、夕食を食べてもらうため早めに起きてもらう。


「おじさん、起きてください。夕食作ったので食べてください」

「あー、おはよう。良い匂いがするね。いただくよ」


おじさんは空腹だったのか起きたばかりなのに、どんどん食事を進めていく。


「すみません。寝起きなのにガッツリしたもので」

「いやいや、もう十年以上この生活だからね。気にならないよ。それにしても美味いねえ。頼君、コックにもなれるんじゃない?」

「それ、奈季にも言われましたよ」


軽く談笑しながら、おじさんは食事と身支度を済ませて仕事に出発する。


「それじゃあ、行ってくるね。奈季の事、よろしくね」

「はい、お気をつけて」


 おじさんを見送った後、洗い物をして奈季の部屋(家)を施錠して、自宅へ戻る。


「18時前か、そろそろ奈季帰ってくるかな」


 そう思った矢先、玄関の扉が開いた。


「奈季、お帰り」


 リビングに入ってきた彼女に声を掛けたが返事がない。

 上の空の状態で、先日テストの事で落ち込んでいた様子と重なって見えた。


「奈季、どうかしたの━━━」


 言葉を発したその刹那、奈季は俺に抱きついてきた。


「おい、どうし……た?」


 俺に抱きついてきた奈季の背中が少し震えているのが分かった。

 状況は、理解できなかった。

 無意識に目の前で震える小さな背中に手を回して俺は、奈季を抱きしめた。

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