第10話 動揺
私は、いつも通りこの寝心地の良いベッドで安眠している。
彼の自宅で寝泊まりするとき、この場所は私の特等席だ。
そんな私の安眠を妨げるように、頬に軽い刺激が与えられたのが分かった。
「おい、今日は仲良い友達とカフェに行くんだろう?もう11時前だぞ」
「は?!」
その言葉に私の意識は完全に覚醒し、スマホで時刻を確認する。
午前10時48分。
その時間を確認して焦った私は、思わず文句を口走ってしまった。
「なんで、もっと早く起こしてくれないの!?」
「いや、自分で起きるって約束しただろう」
「もう、11時半に待ち合わせなのに!」
「それなら、急いで準備して電車に乗れば間に合うだろ?」
「シャワー浴びる時間、ないじゃん!」
私は、学園でかなりの交友関係を築いているがプライベートで接点がある友達はごくわずかに留めている。
その理由は色々とあるが学園で優等生を気取っている都合上、約束に遅れるわけにはいかない。
寝起きで意識がまだ、ぼやけた状態で焦っていたせいか目の前に頼がいるにも関わらすパジャマを脱いでいることに気が付いた。
とてつもない羞恥心が私の中で襲い掛かってくる。
頼の前では、いつも気の抜けたことをしている自覚は勿論あるが私も年頃の乙女なのである。
そんな私の気持ちなんて知りもせず頼ってば、呆れた顔で……。
「慌てて行くぐらいなら、今のうちに少し遅れるって連絡しとけよ」
なんて言う始末である。
「分かってるよ!」
勝手に寝坊した上に何キレてるんだって……?
はい、私もそう思います。
反省は後でするとして、急いで清楚な衣装に着替えて顔を洗って髪をセットして軽くお化粧もして……。
時刻は午前11時丁度。
待ち合わせ場所までは、電車で20分ほどの都会にあるオシャレなカフェ。
「よし。これなら、なんとか間に合う」
急いで玄関で靴を履いていると、頼が外から帰ってきた。
「あ、お父さん帰ってきてた?」
おそらく、そろそろ帰ってきたであろう父を出迎るため、隣の私の自宅に行っていたのだろう。
話を聞くと父は、今日もお仕事のようで夜勤ということもあり少し体調も心配である。
「じゃあ、私行ってくるから。18時までには帰ると思う」
「了解。気をつけてな」
頼に見送られ、最寄りの駅まで小走りで向かい無事電車に乗れたところで空いている座席へ腰を下ろす。
待ち合わせの友人に、あと20分ほどで着くとメッセージを飛ばし一息つく。
さっきまで眠っていたのにも関わらず、まだ眠気がわずかに残っている。
電車の振動で少し体が揺れるにつれ首がカクカクと下に向く。
「おい、あの子めっちゃ可愛くね?」
「それ思った。モデルみたいだよな」
私の座っているところから、少し離れた前方で同じぐらいの年齢の男子の集団がそんな話をしている。
(いかん、いかん。眠いけど人目があるところでは、気丈に振る舞わなくては)
友人たち曰く私は、学園で容姿端麗で気品があり男性からとんでもない好感を得ているらしい。
端的に言えば、モテるということらしい。
確かに中学の時から現在に至るまで、沢山男性から告白されてきたけど……なんで外見が良いってだけで付き合いたいってなるんだろう。
私の事なんて、よく知りもしないのに……。
よくわからないし、はっきり言って付き合うとか興味もない。
……と、電車が到着したようなので改札を出て徒歩数分で待ち合わせのカフェの前に到着する。
「あ!奈季!」
「沙也加。お待たせ」
「もう、待ち合わせ時間ギリギリじゃない。寝坊でもしたの?」
「まあ、遅刻はしてないからいいでしょ。あれ、他の人たちは?」
「あと一人呼んでたけど、体調崩して来れないんだって。王女様とせっかくお茶できる機会なのにって悔しがってたよ。だから、今日は私と二人きり」
市川 沙也加。
彼女と私は中学の時からの親友で学園で唯一私と頼が幼馴染だという事実を知っている。
「そっか。沙也加だけだったら別に気丈に振る舞わなくていいし、気楽に過ごそう。早くお店に入ろ」
平日ではあるけど、学生は春休み真っ只中ということもあり高校生から大学生らしき人たちで賑わっていた。
私たちは、窓際のテーブル席に座り甘い紅茶とサンドイッチを注文して話に花を咲かせる。
「奈季。ちょっと顔色良くないよ」
「実は、寝坊しかけて少し眠いんだよね」
「あ!もしかして片桐君に起こしてもらったんじゃないの?」
「え?!まあ、そうでないかと聞かれたら、そんな感じかもしれないけど」
「相変わらず、仲いいね。学校でもオープンに接すればいいのに」
「それは、まあ色々あってね……」
「そっか。まあ色々な恋人との付き合い方があるからね」
沙也加は、私と頼が幼馴染であることを学校で黙ってくれている。
私が変な男子に絡まれたりしたときも撃退してくれたり、学校で私が立ちまわりやすいようにフォローもしてくれる。
本当に良い友人だ。
私と頼が学校で他人の振りをしている理由も私たちの事を尊重してくれて特に聞いてこない。
さっき沙也加が言ったように、色々な恋人との付き合いが……ん?恋人?
「沙也加、何が恋人なの?」
「え?奈季と片桐君に決まってるじゃん」
「……私たち別に付き合ってないよ」
「なに、今更隠さなくても……ってマジ?」
「うん、マジ」
私の至って真面目に答える表情から、彼女も状況を飲み込んだようだ。
「え、なんで付き合ってないの?奈季、私といるとき片桐君の話ばかりするじゃん。好きなんでしょ?」
「うん。好きだけど、別に私たちは、そんなんじゃないよ。わざわざ付き合わなくても一緒にいられるし」
沙也加は、呆れたように溜息をついて言葉を発する。
「いい、奈季。付き合うってことは本当の意味で特別になるってことだよ?特別になりたくないの?」
「だから、私たちはお互いに特別に思ってるよ」
「付き合ってないなら、いくら仲良くてもそれは友達止まりなの!」
少し興奮したように、沙也加は私を見つめてくる。
「片桐君。奈季と同じでめちゃめちゃモテるんだよ?」
「知ってるよ。この前も告白されたって言ってたし」
「それで、もし誰かと付き合っちゃったりしたら、どうするの?」
「え?うーん、あんまり深く考えたことないけど、それはないと思うよ。頼の事はよくわかってるし」
そう、頼の心は傷ついていて他人と、どうこうなんてなるはずない。
はあーっと溜息をついて、届けられた紅茶を一口飲んで沙也加は続ける。
「私は、片桐君の事はよく知らないけど人間なんていつ心変わりするか分からないんだから。絶対に大切なものは捕まえとはなきゃダメだよ」
「沙也加が心配してくれてること良くわかったよ。大丈夫だって」
まったく、っと首を傾げながら納得がいってなさような沙也加を尻目に、私はサンドイッチを口に運ぶ。
「沙也加、これめっちゃ美味しいよ!」
「はあ、奈季は花より団子か……」
サンドイッチをあっという間に平らげて、紅茶の香りと味を楽しむ。
ここのお店は、かなり当たりだと思う。
コーヒーも美味しいみたいだから、今度頼も誘ってみようかな。
「あれ?あの人、片桐君じゃない?ほら、あの人」
窓の外を見ていた沙也加が、そう言って指をさす。
「あー、人が多いから分かんなくなっちゃった。なんか誰かと歩いてたよね?似てたけど、片桐君だったか怪しいか、遠目だったし。奈季?」
(今一瞬、見えたのは確かに頼だった。私が見間違えるはずがない。隣にいた、綺麗な金髪の女の人。一瞬だったから誰か分からなかった。なんで……そっか。今日発売のラノベ買いに頼もこの辺り来るって言ってたっけ。そうじゃなくて、なんで女の人と……え?あの人誰?)
「……き。……なき、…………奈季!」
「え!?」
「大丈夫?顔色悪いよ」
「え、え?大丈夫だよ。それより、早く紅茶飲んで、服買いに行こうよ」
私は、この時自分がどんな状態なのか主観的に判断出来てなかった。
私自身この状況に『動揺』していたんだと自覚するには、まだ精神的に幼かったのかもしれない。
ティーカップに残った紅茶を勢いよく飲み干した。
先程の光景が頭から離れない。
さっきまで美味しかった紅茶の味を感じることは出来なかった。
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