第9話 心の傷

「偶然だね」

「うん。頼君も、もしかして限定のしおり目当て?」

「そうなんだ。この金髪ヒロインの……」


 と、ここで俺の推しているヒロインの髪型や雰囲気が冷夏に似ている部分があるような気がして羞恥心が込み上げてくる。


「へぇー、頼君は金髪ロングヘアーのヒロインが好きなんだぁ」


 冷夏は自身の美しい金色の髪を優しく触りながら俺を揶揄うように微笑みかけてくる。


「まあ、その……好きです」

「素直でよろしい」


 なぜか、クスクス笑いながら上から目線で言葉を発する冷夏。


「じゃあ、私はこの主人公キャラのしおりにしようかな。何となくこのキャラ、頼君に似てない?」

「似てないよ。その主人公、普通に陽キャだしね」


 俺たちは、そうやって談笑しながらレジに並び目当ての商品を購入し書店を後にした。


「もう、お昼だね。頼君、もしよかったら昼食一緒にどうかな?」

「うん、いいよ。実は行きたいパスタ屋さんがあってさ」

「いいね。じゃあ、そこに行こう」


 書店から歩いて10分ほどの場所にあるオシャレなパスタ屋に到着した。

 店は少し混んでいたが、並ぶことなく入店することができた。

 2人でテーブル席に着き、メニュー表を眺める。


「俺は、看板メニューのアスパラトマトパスタにしようかな。冷夏は?」

「私は、チーズたっぷりのカルボナーラで」


 ここのお店は、一品1000円かそれ以上するメニューが殆どで高校生の昼食代としては少し贅沢だが、たまには美味しいパスタが食べたい。

 これも春休みを満喫するための一つの楽しみである。

 店員さんを呼び各々、注文を完了する。


「それにしても、俺たち2日連続で会うなんて凄い偶然じゃない?」


 そう言った俺は、一口水を口に含んだ。


「そうだね。お互い行動範囲と行動パターンが似ているからかもね。偶然出会すのは、私も驚いたけど」

「案外、世の中狭いよな」


 冷夏も水を一口飲み、返答する。


「ふふ、そうだね」


 俺の数少ない友人として再会できた冷夏とは、一緒にいて楽しい……というより楽だ。

 多分それは俺だけじゃなくて彼女自身も同じように思ってくれていると感じる。


「今日、冷夏はなんかボーイッシュっていうかカッコいい服装だな」

「男作って私とお父さんを捨てたあの人は、こんな格好してなかったしね。それに男性的な服装だと学校の人にも私だって認識されにくいから。変装って程でもないけどね」


 プライベートでどこか出かけたりするだけでも冷夏は、色々な事を配慮して行動しなければならない今の環境に俺はとても悲しい気持ちになった。


「冷夏……俺が言えたことでもないけど、もっと自由に生きてもいいんじゃないかな?」

「……そうだね。でもね、私にも絶対に譲れないものがあるから」


 譲れないものというのは、出て行った母親と自分は全く別の人種だと主張する気持ちの事だろう。

 容姿が大人になるにつれてその母親の面影をはっきりと自分に感じてしまう絶望感から抗うための……。

 今の冷夏の容姿は、まさにもがき苦しんでいる姿なんだ。


「冷夏、本当に苦しくなったらいつでも言ってね」

「……私は大丈夫だよ。それに頼君は人の事、言えないよ。お父さん……ごめん、嫌いなその人と自分をだぶらせないようにトレーニングしてるんでしょ?」

「まあ、おっしゃる通りです……」


「お待たせしました。カルボナーラとトマトパスタになります。ごゆっくりどうぞ」


 そうこうしている内に、料理が運ばれてきて美味しそうなパスタソースの香りが漂ってくる。


「はい。この話はお終い。さあ、いただきましょ」

 

 そう言った冷夏の優しい笑顔は、どこか無理をしているように感じた。

 心の傷が癒えることは一生ないのかもしれない。

 でも、きっと上手に寄り添って生きていくことは出来ると思うから……。


「そうだな」


「「いただきます」」


 美味しいね、などと他愛もない話をしながら食事を進めていく。

 きっと、こういう何でもないような一時が当たり前の日常がすごく大切なんだと感謝しなければならないんだろう。


「……頼君」

「ん?」

「ありがとね。心配してくれて」


 大勢の人がいる騒がしい店内で俺と彼女が座るテーブル席だけ、静かな時間が流れていた。

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