第7話 隣の席
『同じクラスになれたらいいね』
(奈季にも同じこと言われたな……俺と同じクラスになっても変わり映えしないけど。どうせ一人で行動するスタンスだし……)
30分ほど電車に揺られて、帰路に就く。
自宅からの最寄りの駅で降りて、近場のスーパーへ歩を進める。
(最近、夕食は肉料理が多いから今日は魚にしよう)
スーパーに到着し店に入って水産コーナーへ向かう。
(お、ブリが安い……ブリの照り焼きにしよう。奈季の好物だもんな。ちょっと旬、過ぎてるけど)
ブリ数匹に野菜、味噌汁の具材などを買ってスーパーを後にした。
時刻は、午後4時前。
四月が近づき吹き抜ける風も先月に比べると、かなり暖かくなってきている。
程なくして自宅に到着し、鍵を開けようとするが、
「ん?鍵、開いてる……」
恐る恐る扉を開けると、玄関には奈季の靴が乱雑に脱ぎ捨ててあった。
奈季と自分の靴を綺麗に揃えてリビングへ向かうとソファに座りクッションを抱いてテレビでアニメを見ている奈季の姿があった。
「奈季、物騒だぞ。鍵閉めないと」
「……」
声を掛けても反応はなく、俺は思わず首を傾げた。
俺が近づいても上の空という感じだったので、彼女のがら空きの脇を突く。
「ひゃー!って何すんじゃい!」
「お前が、ぼっとしてるからだろう」
悲鳴を上げた直後に反論してくる様子からも体調が悪いとかではなさそうだ。
「鍵開きっぱなしだったぞ」
「あーごめん。閉めるの忘れてた……」
俺は、持っていた買い物袋を机に置き奈季の隣に腰かけた。
「クラス会に行ったんだろ?いつもより帰ってきてるの早いな」
「……うん。途中だったけど帰ってきた……」
「何かあったのか?」
「別に……ただ早く帰りたかっただけ……」
「……そうか」
明らかに、何か思うところがあるように見えるが……。
奈季の事だから、対人関係で揉めたということはないだろうから……考えられるのはやっぱり、あれか……。
「テストの結果を気にしてるのか?」
「……うん」
今学期最終日の今日。成績上位者の順位表が張り出され結果が大衆の面前で露わにされた。
奈季は海星学園に入学してから今まで、俺に次いで学年2位の成績を維持してきたが今回は冷夏の奮闘により3位へと陥落してしまったのである。
「あんなものは、ただの学校の策略だ。誰がどの順位か露呈させて、次はアイツよりも頑張ろうって気持ちの上で相乗効果を発揮させるためにやってるんだ。今回は、3位だったけど立派な成績には変わりないだろう?」
「……頼は、何もわかってないよ……」
いつもの彼女らしからぬ暗い表情で、奈季は言った。
「クラスの奴らに、何か言われたのか?」
「違う。私の周りは良い子ばかりだよ。北原さんなら次は1位も狙えるとか、今回はちょっと運が無かっただけだよ、とかね。でも、その後ね、今回2位だった氷室さんの悪口が始まって……」
正直、この展開は容易に想像できる。冷夏の不品行な氷姫のイメージは学年全体に悪いものとして根付いてしまっている。
「周りの友達も氷室さんが、今回点数が高いのはカンニングしたからじゃないかとか色々言っててね。私を慰めるために言ってたんだろうけど気分悪くなっちゃって」
「……そうか。奈季、分かってると思うけど氷室さんがカンニングしてるとかは完全に根も葉もない話だからな」
「分かってるよ。海星は試験中にカンニングを許すような甘い学校じゃないし。氷室さん、今までの成績もいつも5位ぐらいにはいたから今回の成績は不思議じゃない」
「自分の事で他の誰かが悪く言われたのが辛かったんだろうけど。まあ、気にするな。奈季は何も悪くないんだから」
「違う!」
俺が、そう答えた直後に奈季は少し荒げてそれを否定した。
「やっぱり、頼は何も分かってないよ。私は、自分以外の誰かが悪く言われて傷心するような良い子じゃない。正直、氷室さんの事なんてどうでもいい……」
奈季は、俺の目を真っすぐ見てそう言った。
彼女のその目は、少し潤んでいて心の葛藤を感じさせるものだった。
「学年2位は、私にとってすごく特別なんだ。学年1位は頼の席で決まってて、その隣に座れるのが唯一学年2位の席なんだよ。順位表が張り出されて、1位の頼の隣に2位の私の名前が印字されている。そんなん形だけじゃんって思う?でも、私にとっては頼と唯一学校で一番近くにいられる瞬間だったんだよ」
……そうか。
俺は、自分の辛い過去から今の臆病な性格を形成してしまった。
他人と関わることが怖くて、なるべく誰とも接点を持たないように学校で過ごしている。
幼馴染の奈季は当然そんな俺の昔のことも、今の俺の気持ちも全部分かった上で学校では赤の他人を演じて接点を持たないようにしてくれている。
そんな俺なんかと唯一出来る接点、順位表の隣の席を大事にしてくれていたんだ……。
「ありがとう。奈季、俺との繋がりを大事にしてくれて」
俺は自然と奈季の頭を撫でていた。
「やっと分かったか。バカ頼……」
「順位表の座席は今回3位だったけど、今こうやってソファに二人並んで座ってるし食事の時も寝るときもお互い近くにいるだろう?学校で疎遠だったとしても俺と一番近い接点を持っているのは奈季だからな」
「うん。そっか。そうだよね」
奈季は、満面の笑みでそう答えた。
「は~、なんか思ってること口に出したらお腹空いてきた。早いけど飯にしようよ。お昼にファミレス行ったけど、あんまり喉通らなかったんだよね」
「はいはい。今から準備するから」
「因みに、今日の献立は?」
「ブリの照り焼きに味噌汁、サラダかな」
「やったぁー!」
なんだかさっきまで、ナーバスになっていたのが噓のようにいつも通りの奈季の姿がそこにはあった。
「でも、やっぱり順位表見たときのショックは大きかったな~。まるで氷室さんに頼が寝取られちゃったみたいな」
「アホなこというな」
そう言う奈季の表情はいつも通りの悪戯っ子のそれだった。
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