第6話 同族
「気づいてあげらなくてごめんね……ごめんね」
そう、涙を流しながら俺を抱き寄せる母親。
その時の俺は、精神的にも肉体的にも幼く小さく弱かった。
別に、俺のことを放任していた母さんのことを悪く思ったことはない。
ただ、必死で泣きながら俺に誤り続ける母さんを見て自分に酷く腹が立った。
▽▼▽▼
「岸辺君……岸辺君。大丈夫?」
「あ……ごめん。ぼーっとしてた」
久しぶりに再開した宮野さん……いや、氷室さんと俺は、遅めの昼食を食べるため近くのファミレスに足を運んでいた。
「もしかして、昔のこと思い出してた?」
「ちょっとね。やっぱり宮野さん……ごめん、氷室さんには分かっちゃうか」
「うん。私も同じようなものだから……」
お互いに、それぞれの過去のことを把握し理解しているため彼女とは、気が合うというか気持ちの部分で言葉にしなくても心情を察してしまうことが多い。
「それしても、変わったね……あ、内面じゃなくて容姿が。氷室さんの事は同じ学年だし知っていたけど宮野さんだって気づかなかった」
「うん。まあ高校デビューってところかな。それに容姿が変わったところは岸辺君……片桐君も同じでしょ?」
「まあ、中学生の時は背も低くて痩せてて少しヒョロヒョロだったからね……」
ニコっと静かに笑いながら、注文したオムライスを口に運ぶ氷室さん。
「そんな風に笑えるようになったんだね……氷室さん」
俺のその言葉に、彼女は持っていたスプーンを置いてうつろな声で答える。
「そんなことないよ。片桐君の……信用できる人の前だから……かな。学校で私が何て言われてるか知ってるでしょ?」
正直、学園で有名な氷室さんの噂は良いものじゃない。
ここで言葉を濁すこともできるが、俺と彼女との間には確固たる信頼関係がある。
長年の関係で築き上げたわけではないが同じ痛みを知る、所謂同族と言ったら良いのか……。
嘘をついたり知らないふりをすることは俺と氷室さんにとって全く必要のないことだとお互いに理解している。
「……氷姫。不品行な氷姫って呼ばれてることは知ってるよ」
「うん。氷姫っていうのは誰に対しても表情変えず態度も変えず素っ気ないところから命名されてるらしいよ」
「その……不品行というのは?」
「それは、一学期の時にね。クラスで人気の女子生徒の子に嫌がらせをしたとか私物を盗んだとか……風邪で学校休んだ時にホテル街を男と歩いてたとか色々言われてね……」
俺はそれを聞いて、無性に腹が立った。
「岸辺……片桐君すごい顔してるよ」
「え?ごめん。ちょっと力入っちゃって……」
(顔に出てたのか、恥ず……)
氷室さんは、そんな俺を見て優しく微笑む。
「私のために、怒ってくれるんだね……噂は信じないの?」
人の心の苦しみを知っている氷室さんが、そんな事をするはずがない。
「俺は、氷室さんがどんな人か知ってるつもりだよ。多分だけど噂を流したのは、そのクラスの中心の女子生徒なんじゃないの?自分より目立つ存在の氷室さんを目の敵にしてるとかかな」
「すごいね。よくそんなことまで分かるね。さすが学年1位の秀才だ」
「まあ、学校で大人しく振る舞っている分、周囲の人間の動きや考えに敏感になってるだけだけどね」
氷姫はともかく……不品行というのは気に入らない……どうにかできないものか。
「別に私は気にしてないよ。噂通りの事実はないし、誰にどう思われようと構わない。容姿を派手にしている私にも原因があるしね。この金髪とか……だから片桐君は気に病まないで」
俺が内心気にしていることは、お見通しと言わんがばかりに言葉を掛けてくれる。
「分かった。でも、また何かあったら言ってね」
「うん。でも私が学校で王子様に話しかけちゃうと、反って面倒になりそうだけどね」
「できれば、その王子は辞めてほしいんだけど……」
「ふふ。なんで?良いネーミングじゃない?私みたいに揶揄されてるわけではないんだし」
「個人的には揶揄されてる気分だよ」
ここでお互いに手を止めていた食事を再開する。
基本的に自炊している俺は、あまりファミレスには来ないのだが久しぶりに食べる料理は値段も手ごろで悪くない。
「話戻るけど、片桐君やっぱり変わったよね。なんか男らしくなった。体つきとか」
「まあ、ランニングとは筋トレとか、それなりにやってるからね」
「私も中野先生に言われたよ。適度に運動しなさいって」
「そっか。でも俺がトレーニングして体形を良くしている理由は、氷室さんが高校デビューで容姿を派手にしてるのと同じ理由かな……」
そこで、氷室さんの食事をしていた手が止まる。
そして、どこか嬉しそうな笑顔を俺に向けてくる。
この笑顔を見て俺も全く同じ気持ちになる。
同族に対して……共感に対しての嬉しさなんだろうな。
「やっぱり、私たちって似てるね」
「そうだね。その……出ていったお母さんと自分を重ねないためだよね?」
氷室さんは静かに頷いた。
「中学3年生の時かな。胸が大きくなったり、顔も垢抜けてきて一気に体が女らしくなってきたのが分かってね。その姿が、私に嘘をついて不倫して出て行った母親に重なってきて。そんなの耐えきれなかったから」
「俺も……やせ形で目つきの悪かった父親に近づいていく自分が嫌になって……今も足掻いてる途中かな」
俺たちは、お互いに苦笑いを浮かべてそのまま黙々と食事を済ませた。
ファミレスを後にした俺たちは、二人で駅まで向かって歩いた。
「片桐君、入学式で新入生代表挨拶してたじゃない?実はその時から、片桐君が岸辺君だって気づいてたんだ」
「え?それなら声かけてくれても……って俺たちの性質上そんなことしないか」
「うん。声は掛けたかったけど片桐君は人気すごいし、話しかけちゃったら周囲がうるさいから」
「俺たち、他人への警戒心高すぎるもんな。いや俺は臆病なだけなんだけど……」
「私もそうだよ……でも、何度か岸辺君……片桐君にわざと近づいたり独り言行ったりして気づかせようとしたことあったんだよ。全く効果なかったけど」
「そうなの?容姿が全然違うから、金髪とか……その中学の時よりも美人になってるし……その、ごめん」
別にいいよ、とクスクス笑いながら話す氷室さんは少し楽しそうに見えた。
そうこうしている内に、駅に到着した。
「じゃ、俺こっちだから。」
「待って」
俺の裾を掴んで、呼び止めてくる氷室さんはポケットからスマホを取りだした。
「連絡先交換しない?中学の時は、お互いスマホ持ってなかったから」
「うん。いいよ」
お互いにスマホを持ち、IDを交換する。
「これで、いつでも漫画やラノベの話も出来るね」
奈季の影響もあるが、中学生の時に出会った氷室さん(当時は宮野さん)に色々教わって俺のオタク趣味が始まった経緯がある。
「そうだな。また連絡するよ。宮野……ごめん。氷室さん」
その後、なぜか氷室さんは意を決したように言葉を発した
「ねえ。お互い呼びにくいし、ややこしいよね。名前……。片桐君さえよければ、下の名前で呼び合わない?」
「そうだね。そっちのほうがお互い楽だしね。えっと……じゃあ、冷夏さん……で」
「下の名前で呼んでるのに、さん付けだとより他人行儀に聞こえるよ。呼び捨てにしてくれる?」
奈季以外の人を下の名前で、しかも呼び捨てにすることは初めてなのですごく緊張した。
「そっか。冷夏。これでいい?」
「うん。頼君」
そう呼んだ、彼女の笑顔は本当に俺にとって眩しかった。
「俺は呼び捨てで、そっちは君付けなのか?」
「君付けは、一般的だから良いんです」
そんな会話をしていると、俺が乗車する電車がやってきた。
俺は、電車に乗り込み彼女に手を振る。
「……頼君」
『間もなく、扉が閉まります。駆け込み乗車はご遠慮ください』
乗務員のコールが駅内に響きわたり、電車の扉が動き出す。
冷夏は、それと同時に言葉を発した。
「2年生、同じクラスになれたらいいね」
扉は閉じられ、電車は走り出した。
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