第5話 再会
終業式では、生徒会長から春休みを過ごすうえでの注意事項などのお知らせがあった。
短い休み期間ではあるが皆、目の前の休日に浮足立っているようだった。
(春休みか……勉強して、トレーニングして奈季とオタ活して……なんかいつもと変わらんな)
教室に戻り担任から成績表の返却が行われ、生徒たちはその結果に一喜一憂する。
「明日から春休みだが皆、我が校の生徒である自覚をもって行動し問題行動のないように。では、新学期に元気な顔見せろよ」
担任の先生の有難い言葉を最後に、三学期は終了した。
俺は、鞄を抱えてそそくさと教室を後にしようとするが、俺の頭の中にあった不安は杞憂に終わらなかった。
「あの!片桐君!」
少し声を張って呼び止めてきたのは、クラスメイトの女子生徒だった。
うちのクラスも最後のクラス会あるんだっけ…… やはり声を掛けられた。
確か名前は……。
「佐藤さん?」
「覚えててくれてたんだ!うれしい!」
満面の笑みを俺に向けて、話しかけてきた彼女とは少し接点というか記憶に残る出来事があった。
「ごめんね。片桐君、話しかけると気まずいかなと思ったんだけど……」
「別に大丈夫……何か用?」
(相変わらず、素っ気ない返事だな。俺)
佐藤さんは少し緊張しているようだったが数秒の沈黙の後、口を開いた。
「昨日、クラス会来なかったよね?今日、このメンバーで本当に最後のクラス会なんだけど……来てくれない?」
少し祈りにも似た彼女の言葉だと、俺は感じ取ったが……。
「今日は用事があるんだ。誘ってくれたのに、ごめん」
いつもはクラスの集まりを適当な理由で断ってきたけど今日は、この後に用事があるのは本当だ。
それでも、彼女が勇気をもって俺に声を掛けてくれたことに対して期待に応えられないことは申し訳なく思う。
そう思うのは夏休み前に俺は、佐藤さんに告白された過去があるからだ。
その告白を断ってから、特に俺と絡むこともなかったが今回の状況はあの時と酷似している。
「その、少しでも時間取れないかな?強引でごめんなさい……」
まだ、俺に未練のようなものがあるのは見て取れる。
直接的には言われていないが、俺はその気持ちを汲み取ったうえで言葉を発した。
「本当にありがとう。でも、ごめん」
「そっか……。こっちこそ、ごめん。話聞いてくれてありがとう」
俺の『ごめん』という言葉が何を指しているのかは、佐藤さんには理解できているようだった。
少し目が潤んでいる佐藤さんだが、その表情はどこか清々しいようにも見えた。
「えー!いいじゃん。片桐君。たまには、参加しようよ!」
「うんうん。きっと楽しいよ!」
俺たちの話を聞いていたであろう、クラスの女子生徒数名がそう声を掛けてくる。
「片桐君。今日用事あるから無理なんだって」
佐藤さんが、少し戸惑っていた俺をフォローしてくれる。
「えー!行こうよ、用事ってなになに?」
(これ、やばいな。どうやって乗り切ろう……)
「はいはい。片桐は、用事あるので今日は来れませーん。早く散ってください」
「えー!じゃあ、片桐君、別の機会に遊ぼうね」
強引に俺を勧誘してくる女子生徒たちを静めてくれたのは、クラスの中心人物の浅野だった。
「ありがとう、浅野」
「ああ。それより用事あるんだろ?」
小声でそんなやり取りをした俺は、そのまま学校を後にした。
(ほんと、浅野には感謝だな。あんな場面の時はいつも助け舟を出してくれる)
電車に乗って、一度自宅に帰宅して着替える。
そして、再び電車に乗り込み学校側とは逆方向に30分ほど掛けて目的の場所へ移動する。
今日、俺が向かっているのは病院だ。
中学生の時から通院していて、現在も一か月に一度のペースで通っている。
中野メンタルクリニック。
俺が通院しているそこまで大きくはない病院。
所謂、精神科である。
家庭の事情という奴で、中学時代に心身共に参っていた俺を母親が行ってみないかと提案してきたのが始まり。
結果、この病院に通うことにより少しずつ自分を取り戻していくことが出来ている気がする。
病院の受付で診察券と保険証を渡し、受付番号が印字された紙切れを受け取る。
(受付番号は、18番か……今、診察室にいる人が多分16番の人だから次の次か……)
メンタルクリニックでは、呼び出しの際に名前ではなく受付番号で呼び出される。
他人に自分の名前を認知されないための配慮というやつなんだろう。
通院している人は皆デリケートな問題を抱えている人が多いと思われるため、この配慮というものは、とても大切である。
俺が精神科に行くと決めたときも、母親は地元の人や学校の人間の目に触れないように少し距離のあるこの病院を紹介してくれた。
今通っている海星学院からも逆方向で、この病院通いが学校の人間の目に留まることもないだろう。
待ち時間の間、俺は鞄から文学書を取り出して読書を始める。
本当はラノベや漫画のほうが好みではあるが、人目があるこの状況でそうする度胸は俺にはない。
程なくして、診察室から診察を終えたであろう中年の男性が退出してきた。
「受付番号17番の方、診察室へどうぞ」
病院のスタッフさんの声が院内に響き渡る。
俺は自分の18番と印字されている番号を再び確認する。
(やっぱり、次か)
再び読書に戻ろうとした矢先、俺は目の前を横切る一人の少女に目を奪われる。
長い金髪を靡かせた美しい容姿と、堂々とした立ち振る舞い。
(……
彼女は、俺の事など目もくれずに診察室へ入っていく。
(え?今の氷室さんだった?この病院通ってるの?ていうか、誰にも会わないためにせっかく距離のある病院に来てるのに……)
俺は、軽くパニック状態だった。
そうこうしている内に、氷室さんは診察室から退出してくる。
(え?早いな。1,2分ぐらいしか入ってなかったんじゃ……え?)
彼女は、俺の座るソファの横に腰かけた。
気づかれないぐらいの視線で横を確認すると、学園で氷姫と言われている噂通りの無表情で何を考えているのか分からない様子だった。
「受付番号18番の方、診察室へどうぞ」
なぜか、俺は氷室さんの事が気になって仕方なかったが診察室へ向かいノックをして入室する。
「失礼します」
「やあ、元気かい?」
彼は、この病院の院長で俺の主治医である中野先生だ。
頻度は少ないが、数年顔を合わせているので気兼ねなく会話をすることが出来る。
「運動は、続けてるみたいだね。たくましい体つきにもなっている」
「はい。先生のおっしゃる通り、太陽光を浴びながら適度な運動をすると気持ちのリフレッシュに繋がっている気がします」
「それは、よかった」
「私と話せるぐらい学校でも社交的になれる日も近いかもしれないね」
「それは、追々頑張ります……」
「そうだね。ゆっくり無理のないようにね」
先生のゆったりとしたスタンスの話し方や態度が、初診で訪れた俺の荒んだ心も解きほぐしてくれた。
「頼君は海星学園に通っているんだよね?」
「あ、はい。それがなにか?」
「……いや、実は私の母校でね。勉強大変だろうけど無理のないように頑張ってね」
そのあとも数分他愛もない話をして、俺は退出した。
院内を見渡したが、そこに氷室さんの姿はなかった。
受付で会計と次回の予約を済ませて病院を出る。
「奈季は、今頃クラス会か……。もう昼過ぎだな。帰ってもご飯ないし、久しぶりに外で食べようかな」
「片桐君……」
声がした背後を振り返ると、そこには氷室さんの姿があった。
「えっと……氷室さんだよね?」
彼女は、少し悲しそうに微笑んだように見えた。
俺は、動揺していたが氷室さんは語りかけてくる。
「久しぶりに、この病院に来たんだ」
「久しぶりにって、以前にも通ってたの?」
「うん。中学の時に……ね」
氷室さんの綺麗な髪が、風でなびく。
髪の毛を整えているそこから見えた彼女の表情は学園で氷姫と言われている事が不思議なぐらい、とても優しい笑顔だった。
「ほんと……久しぶりだね。
岸辺は俺の旧姓だ。
父親が俺に暴力を振るうようになって、両親が離婚して心が死んでいた。
そんな時、似たような境遇の女の子と出会った。
そう、君と出会ったんだ。
「久しぶり。
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