第4話 順位表と氷姫

 早朝ランニングをしている俺は、30分で5キロのペースで軽く走る。

 ランニングの習慣は、中学校の時から続けている。

 この運動が、俺の脳内にセロトニンの分泌を促してくれる。

 春に近づくにつれて少しづつ日差しが温かく感じるが吹き抜ける風には、まだ冬の冷たさを体感する。


(今日で、三学期も終わりか……)


 自宅に戻り、シャワーで汗を流す。

 そして、洗濯機を回してから朝食の準備をする。

 パン焼き機に食パンを2枚セットしてタイマーを回す。

 温めたフライパンに卵を二つ割り入れて、蒸し焼きにして目玉焼きを作る。

 ほんの数分でトーストと目玉焼きは完成し、二枚の皿にそれぞれ適当に盛る。

 これで、朝食の準備は完了だ。


「……さて」


 自室の扉を開けて、俺のベットで豪快に寝ている彼女に目を向ける。

 鼻提灯を膨らませながら、幸せそうに眠るその光景は見慣れたものである。


(学校の連中が見たら、腰抜かすんじゃないか?このギャップは……)


 俺は溜息をついてから、夢の中にいる奈季を現実に引き戻そうと試みる。


「おい、起きろー。おーい」

 

 俺は、奈季の体を揺さぶって眠りから目覚めさせようとする。

 しかし、いつものことだがなかなか起きない。

 軽く頬を2,3回ビンタして、ようやく反応したが、

 

「ん~~ん……あと、もうちょっとだけ……」


 起きる気力は見られない。

 奈季は学校で優等生として過ごしているので、いつも学校には比較的早い時間に登校している。

 このままでは朝食も冷めるし学校にも、いつも通りの時間に登校することが難しくなる。

 言うまでもなく、遅刻や滑り込みセーフは論外である。


(ここは、仕方ない……)


 俺は、奈季の両脇に両手を添えて高速で指を動かす。


「きゃははーー!!!やめてー!!おきる!おきるから!きゃはははーー!」


 奈季は昔から脇が、ものすごく敏感で弱い。

 脇を擽ることは最終手段だが仕方がない。

 もうすでに奈季の意識は覚醒しているが、俺はここで終わらない。


「明日からは、自分で起きるんだぞ。約束するか?」

「ははー!あしたからーー!春休みだからーー別にいいじゃん!きゃはははー!!」

「そんなの関係ない、約束するか?できるか!?」

「するー!しますー!もうーまいった!まいったあー!!!」


 約束を取り付けたところで、俺は擽りを辞めた。

 奈季は、ドッと疲れた表情をしてベットに這いつくばっている。


「もうー、朝からしんどいよー」

「昨日、深夜まで撮りためたアニメ見てるから起きられないんだ」

「頼も一緒に見てたじゃん」

「俺は、午前6時に起きることが習慣になっているから早起きは苦じゃないんだよ」


 ようやく上半身を起こして、グッと背伸びをしながら大欠伸をしている。


「朝食、冷めるぞ」

「……頼」

「ん?」


 奈季は頬を赤らませながら、言葉を発する。


「もう!朝から激しいんだから!」

「変な言い方、すな」


 彼女のその表情は、いつも通りの悪戯っ子そのものだった。


 ▼▽▼▽


 俺たちは、朝食を食べ終えて学校へ行くための身支度を済ませる。

 現在の時刻は、午前7時10分。

 自宅から学校までは、電車と徒歩を合わせて40分程度かかる。


「じゃあ、先に行くね」

「あ、今日俺、病院に行くから帰ってくるのちょっと遅いかもだから」

「了解。私のクラスも2日連続でクラス会だから、お昼は食べてくるよ」

「分かった。気を付けてな」

「はーい」


 奈季が先に出て行ったあと、洗い終わった自分と奈季の洗濯物を干す。

 奈季の家に合鍵で入りランニングに行く前に洗濯機で回しておいた、おじさん(奈季の父親)の洗濯物も干していく。

 そうこうしている内に、20分ほど時間が経過している。

 この工程をこなすことで、奈季との登校時間もずらすことが出来る。


「さて、行くか」


 少し気合を入れて、俺も学校へ向かう。

 電車に乗り、空いている席に腰を下ろしてイヤホンを装着する。

 お気に入りのアニソンを聞きながら、電車の振動で体を揺らす。


 今日は、終業式が体育館で行われ成績表を各クラスで手渡されて下校となる。

 それだけなら良いのだが、俺が憂鬱になる恒例イベントが今日行われる。

 それは、成績上位者の公開処刑である。

 昨日、返却されたテストの上位15名がでかでかと張り出される。

 学力の高い進学校である海星学園では、一大イベントとして生徒たちからは大好評である。

 目立ちたくない俺は、とりあえず一目自分の順位を確認して速攻教室に戻り防衛体制をとる予定だ。

 今まで学年2位の奈季の成績を今回も俺が上回っていることは確認積みなので、恐らく今回も学年1位の座を我が物にすることは出来ていると思うが。


 学校の最寄り駅に到着して歩くこと5分で、学園に到着した。

 靴箱で靴を履き替えて、教室に向かって歩を進めると廊下に人だかりができている。

 どうやら、すでにテスト上位15名の成績順位表が張り出されているらしい。

 順位表に皆が注目しているおかげで、俺への注目や視線は最小限のものに収まっている。

 まあ、それでも他人の視線は痛い。


 俺も、順位表を確認しようと少し遠めのところから自分の順位を確認する。


 1位 片桐 頼 1152点


(よし、取り合えずノルマはクリアだな)


「また、王子1位かよ。さすがだぜ」

「今回、平均点かなり低いのにすげぇよな」


 何やら俺の噂話が、聞こえてくるので早急に退散を試みる。


「え?まじかよ」

「ここにきて、均衡が崩れたのか?」

「これ、ビッグニュースじゃね?」


 順位表を取り巻く生徒たちから、騒がしい会話が聞こえてくる。

 俺は何事か確認するように、もう一度順位表に目を向けた。


1位 片桐 頼  1152点


2位 氷室 冷夏 1145点


3位 北原 奈季 1092点


 毎回、学年2位を維持していた奈季が3位に転落していた。


「マジか、王女様3位になってるよ」

「ていうか、氷姫2位やばいな!王子と僅差じゃない?」

「不品行て話じゃなかったのか?氷姫」


 これは、確かに驚きだ。奈季の成績を上回っただけではなく、俺も凡ミスが何問かあれば順位は入れ替わっていたかもしれない。

 俺は、今回のテストのために相当勉強した。だからこそ、この結果には衝撃だった。


「今回のテストのために相当勉強したけど、届かなかったか……」


 俺の目の前にいた少女は、小声でそう呟いた。

 美しいロングヘアの金髪に奈季にも劣らない美人な容姿。

 彼女は、無表情で俺の目の前を横切って行った。

 俺たちと同じぐらい学内で有名な彼女の噂は俺も耳にしたことがある。


(学年2位。氷室冷夏か……)


 不品行な氷姫、氷室冷夏。彼女がそう揶揄されている噂。


 少し離れた場所で順位表を確認し、必死に悔しさを嚙み殺していた奈季の存在に俺は気づかなかった。

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