第3話 日常

「うわー。美味そう!ねえ、チーズのせてよチーズ!」


 俺の背後から両肩に手を置き肩口から顔を出してピョンピョン跳ねながら、そう言う奈季。

 俺は、そのリクエストに応えてハンバーグの上にスライスチーズをのせる。

 熱々のハンバーグの上にのったチーズは、少しずつ溶けていきチーズ・オン・ハンバーグが完成した。


「「いただきます」」


 二人でテーブルを囲み、食事を始める。

 これが、俺と奈季の日常。


「うま~。このハンバーグのソースが絶品だよね。頼、将来料理人になりなよ」

「こんなの、一般家庭レベルだよ。コックは激務だろうし嫌だよ」

「ふふ。冗談だよ。頼は、私専属のコックだからね」

「はいはい」


 二人とも空腹だったため、あっという間に食事を平らげて俺は食器を洗う。

 奈季はソファで横になりがら、テレビで録画した深夜アニメをまじまじと見ている。

 俺と奈季は共通のオタク友達でもあり、話も合う。


「食べてからすぐに横になると、牛になるぞ」

「牛になんて、なるわけないじゃん」

「行儀が悪いってことだよ。学校では、上品に取り繕ってるのに……」

「だから、オンオフの切り替えが大切なんじゃん」


 ニヤッと俺を言い負かしたかのように不敵な笑みを見せる奈季は言葉を続ける。


「今日、ありがとね。廊下でリップ拾ってくれて」

「あれ……わざとだろ?」


 怪訝な表情で答えた俺の様子が、受けたようでケタケタと笑っている。


「やっぱり、分かった?いいじゃん、たまには学校で喋る機会があったって」

「俺が、なるべく目立ちたくないの知ってるだろう。次から、こういうのは無しだぞ」

「ちぇっ」


 少し面白くなさそうに、露骨に不機嫌になる。


(こういうところは昔から、直らないよな)


 俺は、食器を洗い終えて風呂の電源を入れて沸かす。

 ムスッとしている彼女の不機嫌さは見て取れる。 

 俺は、ソファに寝転んでいる奈季の横に腰かけて一息ついてから声を掛けた。


「ゲームでもするか?」

「する!」


 上機嫌とまではいかないが、俺から何か誘いがあると奈季は不機嫌な態度を改める。

  様々なキャラクターが車に乗りゴールを目指すテレビゲーム。

 時にはアイテムを使って相手の妨害をしたりアドバンテージを稼いだりとやり込み要素は多分にある。

 率直に言って、俺はこの系統のゲームは苦手だ。

 慣れが必要な部分では、このゲームをやり込んでいる奈季には絶対に勝てないし感覚でコツを掴むことにに関ても彼女のほうが何枚も上手だ。


 感覚で大概の事を把握してこなしてしまう彼女のずば抜けた能力が、学校生活で人との対人関係に大きく作用している。

 人の悩みや、不安を察知し相談に乗って打開策を提案したり時には嫌がらせやいじめ問題も解決したなんて話もある。

 カースト上位に位置する生徒からも孤立気味の生徒からも熱い信頼を獲得している。

 何でも話しやすく気品があり美しく決して奢らないその様が、学園の人気者で王女と呼ばれる所以なのだろう。


 ゲームは俺の大敗で、一時間ほど二人で楽しんだ。


「あ、そういえば今回のテストどうだった?今回のかなり難しかったじゃん」


 ゲームで俺に勝っていることで気分を良くしたのか、そう聞いてくる奈季は自信満々のように見えた。

 今回の結果は、俺を負かすことが出来たと思うぐらい手ごたえがあるものなのだろう。


「12教科、合計点1152点」

「げ!?」


 どうやら、その自信を打ち砕いてしまったようだ。


「そっちは、何点なんだ?」

「……1092点」

「まあ。次、頑張れ」

「ムカつく……」


 頬を膨らませて、不満を露わにしている。

 しかし、その表情は一瞬だけのものだった。


「やっぱり、すごいなぁ。頼は……」


 奈季の表情を変え嬉しそうに微笑んでいるがどこか遠くを見ているようだった。


「俺からしてみれば学校に友達が沢山いて、その人たちのために行動できる奈季のほうがずっと立派だよ」

「まあ、頼はボッチだもんね」

「お前は、学校でかなり猫被ってるけどな」

「女の子は、誰からも良いようにみられたいものなのだよー」

 

 ニッと笑いながら、そう答える。


「おじさん、これからもずっと夜勤の予定?」

「うん。多分ずっとそうだよ」

「体調崩さなかったらいいけどな」

「うん。まあ体力だけが自慢の父親だから大丈夫だよ」


 奈季に母親はいない。

 父親は、大手の警備会社に勤務しているため殆どが夜勤となっており、俺たちが学校から帰宅した際に既に出勤していることが多い。

 そのため、奈季は昔から食事を一緒に取ったり、風呂に入ったり睡眠をとるのも俺の部屋で済ませるようになっている。

 その甲斐あって、お互い片親だが寂しい想いをすこともなく過ごすことが出来ている。


「もう、高校2年生になるのか……早いなぁ」

「そんなこと言ってないで、先に風呂に入って来いよ」

「はーい」


 奈季は立ち上がり風呂場に向かいリビングを出たと思った矢先、部屋の角から顔だけを出して言う。


「のぞくなよ」


 二ッと笑いながらそういう彼女は、悪戯っ子の顔そのものだ。


「のぞかない。はよ、いけ」


 少し呆れながら、俺はテレビを操作して録画してあった深夜アニメを流した。


「……頼」

「ん?」


 奈季の声に反応して、もう一度視線を彼女に戻した。

 少し照れくさそうにしている奈季が、言葉を発した。


「2年生では、同じクラスになれたらいいね」

「……そうだな」


 満面の笑みを見せた彼女は、そのまま風呂場に向かった。

 こういう何気ない日々。

 これが俺と奈季の日常だ。

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