はなたれみーしゃ
鈴音
はなたれみーしゃの小冒険
今日はね、素敵な話を聞いてきたんだ。
旅する魔法使いのミーシャさま。優しくて賢くて、なんでも出来ちゃうんだって。
綺麗な白猫と一緒に、たくさんの人のけがと病気を治したり、ドラゴンを退治したり、猛獣とお話して手懐けたり。おまけに悪魔に取り憑かれた王様を助けたの!!
でもね、ミーシャさまって、昔はすっごくやんちゃで、よく熱を出したりするような女の子だったの。
風吹く丘の下、羊とヤギ、小麦を友だちに、静かに暮らす村。そこがミーシャさまの故郷。
これからお話するのは、いまでこそ伝説になって語られる、ミーシャさまの小さいころのお話だよ。
――その村は、小さいけれど、豊かで楽しい村でした。
子どもたちの笑い声と、羊とヤギの鳴き声が響きわたり、丘からひゅるりと風吹けば、小麦も楽しそうに応える、そんな村。
そこでミーシャは、羊を育てる家の娘として産まれました。
生まれたときから体が弱くて、しょっちゅう熱を出すような子だったけれど、羊と遊んだり、寝る前に、お母さんが語る物語が大好きな女の子。
お気に入りの木の棒片手に、はなみずを出しながら走り回るものだから、はなたれミーシャって呼ばれていました。
そんなミーシャですが、村の子供たちと遊ぶことは、あまり無かったのです。
それは、大人たちが語る、怖いうわさ話のせい。
「丘を越えた先の、魔女の森。あそこには、ぜったい立ち寄るでないぞ。あそこには、人を喰う化け物がいるのだ。
そして、その化け物を飼い、やってきた人間を、薬の材料にしてしまう恐ろしい魔女がいる。
魔女は長い銀の髪に、人とは思えぬほど美しい顔をしているのだ。
もし、長い銀の髪の女が森から出てきても、話しかけてはならぬぞ」
と。この話を聞いた子供たちは、その日を境に、ミーシャと遊ばなくなったのです。
だって、ミーシャの髪は長くて綺麗な銀の髪。陽の光をきらきら跳ね返す、美しい髪。
だから、ミーシャのお友だちは、羊たちだけ。
まぁ、ミーシャはそんなこと、まったく気にしなかったのですが。
周りの大人は、とくにミーシャの両親は、ミーシャがいじめられないか心配していたのですが、まったく問題は起きませんでした。
そもそも、怖くてみんな、ミーシャに近づかないのですから。
そんなことよりも今日は、明日は、どこで何をしよう。
小麦畑の猫を撫でる? また、羊と追いかけっこ? 何をしても楽しいばかりのミーシャは、また熱を出すなんてことも、友達がいないことも、気にしないのです。
さて、そんなミーシャは、今日も今日とて考えごとです。
たらいに入った洗濯物を踏みしめながら、次の冒険の行き先を考えていると、次第に、洗濯物から響くちゃぽちゃぷという音が脳にこびりついてきます。
お水、川、川遊び。そうだ、魚を捕りに行こう!
あっという間に決まった今日の冒険に、心をはずませながら、洗い終わった服などを干していきます。
それが終わったら、お気に入りの木の棒を片手に、早速出発です。
といっても、お母さんにも、お父さんにもバレては困るので、こっそり家を出て、走って丘の方まで行きました。
「川に入ってはダメよ。また熱を出してしまうから。森に入るのもダメ。怖い人喰いの化け物と、魔女がいるからね」
実際に、好奇心で森に入った子供が、化け物に右腕を食べられて、泣きながら帰ってきたことがありました。三人で行ったはずなのに、帰ってきたのは、一人だけだったそうです。
それでもミーシャは、一度決めたことを曲げたりはしません。
そのまっすぐさゆえに、呆れている両親に気づかれてることも知らず、ミーシャは丘を越えて、川に向かって走り出しました。
川について、早速手頃な大岩に、石をなげつけて魚を捕ろうとした、そのときです。
ふと対岸のほうで、ふんやり揺れる、白いものを見ました。
じっと目を凝らしてみていると、それはぴょこんと顔を上げました。
真っ白い、絹のような毛並みの、美しい白猫。宝石のように、豊かに光をたたえた、理知的な瞳の猫。
ミーシャは、羊も大好きでしたが、同じくらい猫が好きなのです。
近くにある、森の入口近くの野草をとるために
猫は撫でたい。けど、森に入るのは怖い……どうしようかという葛藤の時間は、ほんの僅か。迷ったすえに、ミーシャは猫を追いかけました。
真っ暗な森の中からは、ひんやり湿った空気が流れてきて、ミーシャの体を震わせました。それから、くしゃみも一つ。
すこーしだけ、本当に少しだけ、ミーシャは帰ろうかなぁとも考えたけれど、それでも、あの猫を撫でることが出来たら、どれほどにいいだろうと思って、歩き始めました。
――そうしてミーシャが森に入ったとき、白猫は、ミーシャのくしゃみに驚いて振り向きました。
するとどうでしょう、ミーシャは気づいていませんが、彼女の髪がほんのり光っているのです。
その手に持つ棒も、うっすら光の膜で覆われています。
白猫は、自分の毛にぱりぱりと静電気を帯びたような感じがしました。
(もしかしたら、あの子も、自分と同じかもしれない。
それなら、ちょっと試してみようかしら)
白猫は、楽しそうに微笑みました。
ひょいひょいっと白猫は太い木の根を飛び越えて、ぬかるんでいる地面は見ずにくるりと避けて、進んでいきます。
そのあとを追いかけて進むミーシャの耳には、色んな音が聞こえてきます。
聞いたことの無い鳥の声や、動物の唸り声。いつも聞いている、優しい風の音とは違う、低く響いてくる森の風の音。 背の高い木々のせいで、光はまったく入ってきません。
恐ろしげな雰囲気に、身体がきゅっと冷たくなって、はなみずもたれてきました。でも、ミーシャは少し、楽しげです。
いままで体験したことのない冒険に、ミーシャはさっきまでの迷いはどこへやら。木の棒をいつも以上にしっかり握りしめて、はなみずをぬぐって歩いていきます。
そうして森の奥へと向かっているとき、遠くから、何かが倒れるような音が聞こえてきます。
その音は次第に近づいて、ずしん、ずしんと足音が聞こえてきます。
前を歩いていた白猫は、ヒゲを震わせながら、その音のほうを見ました。
(来た。あの子が本当に、勇気ある子かを知るための、よい相手が)
白猫は、手頃な高さの木に飛び乗りました。ミーシャは、近づいてくる音に驚き、震えながら、やってくるそれを待っています。
ばりばりと木を倒しながらやってきたのは、太く長い一本の角と、ぎょろりと妖しい一つ目の巨人。にぃっと笑うその口から吐き出される息は、遠くからでも吐きそうになるほどに臭いです。
巨人は、獲物を見つけて、喜びながら走ってきます。そして、その大きな腕を、ミーシャめがけて振り下ろしました。
でも、棒立ちだったミーシャは、ぱちっと何かが弾けるような音のあと、その腕を転がりながら避けたのです。
ミーシャも巨人も驚きました。どうして避けられたのか。
さっきまで怖くて、動けなかったはずなのに、突然動けたことに驚いたミーシャは、そのあとも、巨人の腕をごろごろ避け続けました。
しだいに巨人は、なかなか捕まらないミーシャ相手に苛立ちを覚えて、適当に腕を振り回し始めました。
ミーシャも必死にそれを避けながら、どうすればいいかを考えます。
どうすれば、あの巨人を、物語みたいに格好よく倒せるのかを。
拳を振り下ろしたり、思いっきり地団駄を踏みながら暴れる巨人は、だんだんと疲れを見せて、動きが鈍くなっていきました。
そして、とうとうその頭を下げたのです。
ミーシャが巨人の頭をよく見てみると、大きく盛りあがっている、コブのようなものがありました。
それを見て、はっとしたのです。
頭の上のたんこぶは、とっても痛い!
何回も羊と頭突きしあって、その度に頭をぷくっと膨らませるミーシャだから、知っていたことです。
巨人はまだ、膝に手をついています。そーっと音を立てないように、ミーシャは巨人の背中側に回り込みました。
そして、ちょうどいい高さの木の上によじ登って、ミーシャを見失った巨人に、狙いを定めます。
息を整えた巨人が、頭を持ち上げた、そのときです。
ミーシャは、手に持っていた棒で、思いっきりそのコブを殴りつけました。
するとどうでしょう。あれほど強い巨人は、あっけなく倒れてしまいました。
ミーシャもちょっぴり疲れたけど、すぐに前を向いて、走り出しました。
くらくて足元の悪い森の中でしたが、不思議と走りやすく、すぐに巨人は見えなくなりました。
ここからどこへ向かえばいいのかわからないまま、ただ走っていると、目の前がぐんにゃりとねじ曲がって、大きな穴が地面に出来ました。
慌てて止まろうとしたけれど、木の根っこにつまづいて、その穴に吸い込まれるようにミーシャは落ちていきました。
狭くて暗い穴の中。ぐるぐる回るミーシャの悲鳴がこだまします。
勢いよく落ちていきましたが、最後はぽてっとおしりから着地しました。目を回すミーシャがハッとすると、そこはふかふかの芝生の生えた、広い空間。その真ん中に、木で作られた家がぽつんと立っていました。
その家の扉が開くと、中からさっきの白猫と、すらっと背が高くて、ミーシャと同じくらい長くて綺麗な、銀の髪の女性が出てきました。
ミーシャは何がなにやらわからないまま。けど、ようやく白猫に追いついた! そう思ったとき。白猫は口を開き、喋り始めたのです。
「いらっしゃい。小さな、新しいお友達。歓迎するわ」
にんまり笑う白猫の横で、女性はため息をつきました。
「何が歓迎するわ。よ。巻き込んでおいて。
……ま、何はともあれ、よくぞ巨人を倒してやってきたわね。色々私たちに聞きたいことがあるだろうけど、その前に。
私はあなたの願いを、なんでも叶えられるわ。体を健康にしたい。小麦とか羊を健康に太らせたい。たくさんのお金が欲しい。さ、なんでも言ってごらんなさい」
ミーシャの手を取り、いつのまにやら現れた杖を片手に、女性は……いえ、森の魔女は語りかけます。
魔女の髪は、淡い燐光を放ち、空のように青い瞳はギラギラと輝き、その異様な雰囲気に、ミーシャはそれでもまったく気圧されることなく、言ったのです。
「その、白猫ちゃん。白猫ちゃんを、たくさん撫でたい!!」
……とね。
それから魔女と白猫は、お腹を抱えて笑い転げました。魔女に出会い、求めることが、猫を撫でることだなんて! って。
ひとしきり笑ったあと、魔女は美味しいお茶をミーシャに出して、白猫を撫でさせながら、楽しげに語りました。
ミーシャの村に伝わっているお話は、森に人が寄り付かないようにする嘘だということ。あの巨人は、自分とは無関係で、今回のように巨人を倒せる勇気と力ある人の願いを叶えているということ。
ミーシャがあのとき動けたのは、無意識に魔法を使ったから。自分に、溢れんばかりの力と、勇気を与える魔法を、ミーシャは使ったのです。
ミーシャは猫を撫でることに夢中だし、話が難しくて、ほとんど理解はしていませんが、この魔女がそんなに怖いものじゃないことはわかりました。
「あなたが望むなら、魔法を教えましょうか? 魔女になれば、世界中どこにだって行けるわ。そうしたら、たくさんの動物と触れ合うことだってできるのよ」
「もし旅に出るなら、私と一緒に行きましょうよ。ずっと一人で、寂しかったの。きっと楽しいわ」
魔法を教えてあげるという魔女と、旅へ誘う白猫。二人の話を聞いて、ミーシャはお母さんの語る物語を思い出しました。
確かに、悪くないかも。そう思って、返事をしようとしたとき、急に強い眠気が襲ってきたのです。
「慣れない魔法を使って、疲れちゃったのね」
垂れてきたよだれを避けながら、白猫は言います。そして、魔女と頷きあって、ちょっとした魔法をミーシャにかけました。
魔法を使う力を持つものの多くは、体調をよく崩してしまいます。でも、それを防ぐための魔法だってあるのです。
なにか楽しい夢でも見てるのか、ときどき変な寝言を言うミーシャを、魔法で送ってあげました。
そのころ、村はミーシャがいなくなって大騒ぎだったのですが、突然眩い光が輝くと同時に、みんなも眠ってしまいました。
そうして静かになった村で、ミーシャは幸せそうに、自宅で朝まで眠り通したのです。
次の日、ミーシャはお腹の上の違和感で目を覚ましました。
目を擦りながら、その重たいものが何かを見てみると、なんと昨日の白猫です。
「あなたを、一人前の魔法使いにしてあげる」
そう言ってにんまり笑った白猫の後ろには、山ほどの本が、積まれていたのでした。
――こうしてミーシャは、今と比べたら、小さい冒険をしたのです。
……伝説にもなってる魔法使いさまが、昔は羊とよく頭突きしてたって、信じられないよね。
それに、あなたと同じで、身体が弱かったっていうのも驚きだし。それでこんな冒険していたなんて、やっぱり凄いよねぇ。
ああ、そうそう。それでね、ミーシャさまはそれから、白猫さんに色んなことを教わって、旅に出たの。
魔法の素質のある人を見つけて、弟子にしたこともあるんだって。あなたもほら、体が弱くって、綺麗な銀の髪でしょう。
きっとミーシャさまが助けてくれる。もしかしたら、弟子にだってしてくれるかも!
じゃあ、次はそのお話をしよっか!
はなたれみーしゃ 鈴音 @mesolem
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