二百六十七話 真摯に問う
入港、下船、そして上陸を終えた私たち一行。
本当に丸一日以上かかってしまい、徹夜明けの昼である。
シャチ姐を含めた東海商船団のみなさんと椿珠(ちんじゅ)さんが、小難しいことを話し合っている。
商売上の交渉をするため、近日中に州公の得(とく)さんと正式に会談する予定なのだ。
「斗羅畏(とらい)さんもついでに、話し合いに混ざっちゃえばいいのに」
私の提案に斗羅畏さんは小さく首を振り、真面目腐った顔で答えた。
「順序と言うものがある。角州公(かくしゅうこう)が話をまとめて、その上で俺に声をかけてくれるのなら喜んで受けよう。今は海の民と顔繋ぎができただけでも十分な収穫だ」
「相変わらず欲のないやつだな」
呆れた翔霏(しょうひ)のコメント。
斗羅畏さんは苦笑いだけを返し、話題を少し変えた。
「あの忌まわしい除葛(じょかつ)のやつは南部にいるそうだが、だからと言って北にちょっかいをかけるのをやめるようなタマではないんだろうな」
「そうですね。見えないところで色々と、ろくでもないことを企んでると思います」
姜(きょう)さんの描く対北方政策、その指針自体は非常に明確で分かりやすい。
戌族(じゅつぞく)の中に、一人勝ちするような大勢力を作らせないこと、それが基本だ。
仮に大きな勢力が発生したとしても、昂国(こうこく)との商売に依存しなければ経済が成り立たないように、実質的な「衛星国」にしてしまうことも含める。
手段の一つとして「斗羅畏さんと突骨無(とごん)さんの仲違い」を仕掛けた姜さんだけれど、これは珍しく上手く行かなかった。
ま、姜さんが各地に仕掛けている情報戦術や奸計は多岐に渡るので、中には失敗するものもあるよね。
「突骨無とはその後どうだ?」
翔霏の質問に、斗羅畏さんはこだわりなく答える。
「黒腹部(こくふくぶ)の連中を、共同で追い払ったときに会った。利益の大半を俺に譲ってくれた。遅くなったが、頭領就任祝いだと言ってな」
「仲良くやっているようでなによりだ。もうつまらんことで喧嘩するなよ」
まったく翔霏の言う通りである。
「親爺の墓に関しても、うちの領から人手を出して働かせてもらっている。そのお陰でどうにかこうにか、食って行く分には問題なさそうだ。よそさまの世話にばかりなっているのは心苦しいが……」
資源の乏しく痩せた土地を任された以上、まずなにより先に仕事と食べものを確保しなければならない。
プライドの高そうな斗羅畏さんが、方々に頭を下げてそれらを獲得している光景を思うと不思議な気もする。
けれどそれができなければ、蒼心部(そうしんぶ)はみんなが共倒れなのだ。
責任と立場、環境が、彼を成長させたのか。
いや、違うかな。
斗羅畏さんは、自分から変わりたいと思って、変わったのだ。
仲間と共に生きるために。
「わ、若い、のに、しっかり、してるん、だな。さ、さすが、頭領、どの。た、頼もしい」
「む……いや、それほどのことは、ない」
思いがけず真っ直ぐな称賛を鶴灯(かくとう)くんから与えられ、斗羅畏さんは居心地が悪そうだった。
イヤミとか皮肉じゃないから、警戒しなくていいんですよ。
私たちが憎まれ口ばっかり叩くので、素直に褒め言葉を受け取れなくなっちゃったのかな。
「とりあえず司午(しご)のお屋敷に行こうか。なにがあったかを玄霧(げんむ)さんにも説明した方が良いし」
斗羅畏さんと別れ、斜羅(しゃら)の街中へ。
私、翔霏、鶴灯くんの三人はひとまずの仕事を終えたので、腿州(たいしゅう)に戻るつもりである。
帰りは船ではなく陸路になる。
旅支度をする意味でもどうしたって、司午本家に面倒見てもらわなきゃならん。
誰かのお世話にならないとにっちもさっちも行かないのは、斗羅畏さんだけではなく私たちも同じだなあ。
「お、俺、将軍さまの、お屋敷に、なんて、は、入れない。こ、こんな、汚い、格好で……」
鶴灯くんが屋敷の前で怖気づいていた。
「将軍じゃなくて州軍の正使だけどね」
「この屋敷を見てそう言ったやつは前にもいたな」
私と翔霏は気にせずにグイグイと鶴灯くんの背中を押して、一緒に門をくぐる。
玄霧(げんむ)さんの馬が厩舎に繋がれていたので、おそらく在宅なのだろう。
勝手知ったる他人の家、とばかりに私たちはずずいと奥へ進み、母屋に面した中庭へ。
「恥ずかしながら、帰ってまいりました」
「ここはお前の家ではない……」
腕を組み、庭木を渋い顔で眺めていた玄霧さんに、ひとまず来訪の挨拶。
庭のお手入れでもするつもりなのかしらね。
翔霏も続けて事情を述べる。
「いろいろとややこしいいきさつがありまして、南部から船でこちらの港に来たのです。こいつは相浜(そうひん)の街で知り合った添(てん)鶴灯という水夫です」
「そうか。俺は大まかなことしか知らんが、どうせすぐに腿州に戻るのであろう?」
玄霧さんの問いに頷き、私は答える。
「はい。相浜でのお勉強がまだ途中ですので。遅れた分を取り戻すためにも、みっちり頑張らないと」
「ならば麗、お前に少し話がある。他の二人は適当に寛いで待っててくれるか。夕食までには解放する」
「はあ」
なんだろ、またお説教かなあ。
気乗りしないまま、私だけ玄霧さんと一緒に応接間へ。
どうやら想雲(そううん)くんはいないらしいな。
まだ河旭(かきょく)で獏(ばく)さんを家庭教師にしつつ、シティボーイのなんたるかを学んでいるのかしら。
着座した玄霧さんは、前置きのようにまずこう言った。
「無理も無茶も、説教して治るものではないらしい。そこは俺も諦めている。今日は、お前に改めて聞きたいことがあるのだ」
お小言回避、セーフ!
けれど、私にわざわざ聞くことってなんだろう。
「私で分かる範囲のことなら、なんでも答えますけど」
「うむ。今回お前は、除葛のやつがなにを狙い、どう動くのかを予見した。先手を取られているのにも関わらず、やつを出し抜いてこの港まで来た。多数の商船と遠洋の宝物と言う、大きすぎる付属品まで引っさげて、だ」
「そう言われるとくすぐったいですけど、みんなの力があってこそですよ。特に今回は椿珠さんが一番、頑張ってくれましたし」
「最初に『こうするべきだ』と絵図を描いたのは、お前であろう。お前の仕掛けたバクチに、他のものが相乗りしたのだ」
「まあ、その通りです。付き合わせちゃったみんなには、大変な思いをさせて申し訳ないなとは思ってます」
なんだよ、結局責められるのかよ。
と悲観的になったけれど、玄霧さんが次に発した問いは、そうではなかった。
「どうやらお前は不思議と、除葛の狙い、やろうとしていることが見えているらしい。認めるのも忌々しいが、俺にはどうもあの男のなにが嘘でなにが真なのか、それすらわからん」
「わからないのは能力とか知識の問題じゃなく、単純に相性の問題だと思いますね。玄霧さんは基本的に善人ですから、意地悪な人間の思考回路を理解できないんだと思いますよ」
たとえば、玄霧さんなら現場で失態を犯した仲間を、有無を言わさずに処刑したりできない。
ちゃんと裁きの場を設けて、相手の事情も聞いて、その上で妥当な罰を与えるだろう。
姜さんにだって罪悪感はあるはずだけれど、それなのに「必要とあらば、仲間でも斬る」を優先して徹底させることができるのだ。
「なら、同じように底意地の悪いお前だからこそ、除葛のやることが多少なりとも見えるときがある、ということか」
「だいたいそんな感じです」
あとは、勉強好きで友だちがいない点とかが似てるからね、私たち。
私は神台邑(じんだいむら)でののどかな暮らしのおかげで、ぼっちを改善できた。
哀れ、姜さんにはそう言う機会がなかったのだろう。
だから性格は狷介のまま育っちゃって、自分の能力を恃むところすこぶる篤いのだ。
「なるほどな。して、そのお前から見て、除葛が次に大きな動きを仕掛けるとすれば、なんだ?」
おそらくは、この疑問が本題だろう。
玄霧さんも、姜さんがなにかをしでかしそうだということまでは予感していて、けれどその内容まではわからないのだ。
簡単に訊かれたって、私だってわかんねーわよ、と言いたくなる。
けれど考えをまとめ、情報を共有するためになんとか言葉を紡ぎ出そうか。
「東南海の海賊討伐は、姜さんにとって一つの手段でしかありません。後顧の憂いを断つ、と言うんですかね。南の海がごちゃついていると、姜さんがこの後でやりたいことに支障が出る。だから姜さんは自分から海域の安定に乗り出したんです」
「そこまでは俺もなんとなしにだがわかる。知りたいのは、やつが南海平定のさらにその先、なにを狙っているのかということだ」
続きを話す前に、私は一つの質問を玄霧さんに投げた。
「突骨無(とごん)さんたちの白髪部(はくはつぶ)、商売が自由化されたことで景気が良くなったと思うんですけど、実際にはどれくらいの規模で人やお金が動いているか、わかりますか?」
「ふむ? 俺も財務に明るいわけではないから詳しいことは言えんが、商人や労働者の出入りは倍以上になっているように見えるな。そっくりそのまま、隣接する黄指部(こうしぶ)の経済が縮小していると、都の官僚が話していたはずだ」
あのイケメン、しっかりやることやってんな。
もともと頭のいい人だし、刀剣よりも金銭で戦う方が得意っぽいからね。
「姜さんの基本指針は、白髪部の勢力が伸長し過ぎないように頭を押さえつけることです。このまま突骨無さんが調子良く自分の権勢を広げられないように、いずれ大きく叩いておきたいと思っているんでしょう」
「それはいくら除葛であっても不可能ではないか? 国境を超えた地に大義もない兵を遣わすなど、主上も百官もさすがに看過せぬであろう。せいぜいケチな奸計を弄するくらいしか、現状できることはあるまい」
「だから、その大義を作るんですよ、姜さん自身が。あるいは」
「あるいは、なんだ?」
一呼吸置いて、私は告げる。
そうなってほしくないなあ、けれどこの可能性が一番高いなあという、げんなりする未来予測。
「戌族(じゅつぞく)の方から、この国に攻めてくるように仕向けちゃうとか、ですかね」
「馬鹿な、それこそありえん話だ。覇聖鳳(はせお)のときような小規模な攻撃ならいざ知らず……」
小規模でもなんでも、次になにかあれば、それが導火線になるだろう。
その小さな火種にせっせと油を注ぎ、ボヤから大火事に仕立てあげてしまうくらいのこと。
姜さんなら、朝飯前でやってのけるだろうから。
ちなみに。
遠くない未来、こうしてごちゃごちゃ話し合った私たちの予測は、あえなく裏切られることになる。
良くも悪くもまったく斜めの方向で。
それはまた、別の機会に語ろう。
今はとにかく、ご飯食べて寝たいんだわ。
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