二百五十四話 シャチ姐さんの山育ちでもわかる対海賊戦マニュアル
その一、先制攻撃を食らわして相手を動揺させつつ、相手の船に突撃します。
「クソッタレのケツに、硬くてぶっといのをブチ込んでやるであります!!」
「あったぼうよーーーーッ! 奥歯ガタガタ言わせたんぜぇーーーーッ!!」
シャチ姐の号令に従い、船は船首から突き出した衝突攻撃用の尖った鉄杭を、相手の船の後部に文字通り、突き刺す。
水夫のみなさん、テンション高すぎで私たちは軽くドン引きである。
「お邪魔するでありますよー! 茶と菓子の準備はできてるでありますかー!?」
その二、船同士が近付いたら板を渡してその上を軽快に歩き、相手の船に直接、乗り込みます。
このときに大きなバール状の金具と縄で、両者の船をがっちりと連結させることが大事です。
もうこれで、決着がつくまでお互い、勝手には逃げられない。
ちなみに板から足を踏み外して海に落ちると、死にます。
「ヒイィッ!? こ、コイツら、雌シャチの船だったんだ!?」
「誰だよォ、昂国(こうこく)の腑抜けた貨物船だって言ってやつは!」
「は、早く奥から船長を呼んで来い!」
相手の言葉は正確にはわからないけれど、おそらくそんな感じの後悔と絶望の台詞を放っているように、その表情からは察せられた。
わずかに抵抗している海賊たちも、先頭を駆けるシャチ姐と、黒ずくめの用心棒さんの刀の餌食となり、バタバタと斃れて行く。
船長としての責任と能力を示さなければ、いつでもシャチ姐はその座から引きずり降ろされて、海に投げ捨てられると前に話していた。
だから彼女はきっと、どんなに苛酷な戦いであっても常に先陣を切って、仲間たちを後ろに従わせ、鼓舞するリーダーでなければいけないのだろう。
「イノチ、ホシケリャ、ウミ、トビナ!」
「ウキイタ、ナゲテヤルヨ!」
その三、敵全員が死に物狂いで抵抗すると面倒なので、逃げ道があることを知らせてあげます。
後詰めで船に乗り込んだ水夫さんが、敵の船を武器にもなるバール状の鋼鉄製工具で、したたかに打ち壊す。
手すりや船板を浮き輪代わりに、海に投げ落としているようだ。
こうすることで、戦意を喪失した何割かの敵は、自ら進んで海に飛び込んでくれるわけだね。
「はわわ~、お助け!」
「地獄に救い!」
「きょ、今日はこの辺で勘弁しといたるわ!」
実際にそう言っているのかは、相変わらず不明。
ニュアンスとしてはそんな感じの叫び声とともに、一人、また一人と甲板から海面へダイブする。
生きて故国に帰れるかどうかわからない、おそらく可能性としては限りなく低いだろう。
「どうか一人でも多く、生き延びることができますように。恨みっこなしですよ……」
救出もできない私は、船の欄干からそう祈るのみ。
なんて、仏心を出して敵さんの安否なんかを心配していたら。
「麗央那、危ない」
「えっ?」
翔霏(しょうひ)が私の肩をドンと押した。
彼女の反対の手には、毒々しく濡れた矢じりの、一本の矢が握られている。
「しゃらくさい!」
「グワーーーーーーーッ!?」
翔霏はその矢をダーツのように投げ返して、敵海賊の喉に正確に命中させた。
視界で捉えられる範囲なら、翔霏に飛び道具の類は一切、効かないのだ。
今回の撃退戦はシャチ姐たちにお任せしているので、私たちは自分の船を護りつつ、彼女たちの戦いを見守るのみ。
けれどこのように、不意に攻撃が飛んでくる場合があります。
その四、守備要員も、決して油断しないこと。
なにせ私は看護スタッフでもあるので、怪我人が出たときはその治療に当たらないといけないからね。
「す、す、すごいな、紺!」
「見えているものなのだから、防げない理屈はないだろう」
鶴灯(かくとう)くんの賛辞にも冷静な対処しか見せない、さすがの地獄吹雪さんですね。
けれど翔霏ってば、見えてない角度から来た攻撃にも対処してるときがある気がするんだよな。
それはもう考えないようにしましょう。
世の中、謎はいくらでもあるんや。
「おお、俺の船で好き勝手しやがって、この腐れアマがあ!!」
シャチ姐さんたちが甲板上で暴威を振るう中、船室から一人の筋肉ダルマが登場した。
おそらく敵側の船長であろう。
大ぶりの手斧を振り回し、周囲に寄ってくるシャチ姐の兵を近付けまいと頑張っている。
「今さら出てきてナニサマのつもりでありますか。キサマが偉そうに奥に引き籠っていたせいで、船員たちは初手の対処を誤り、ご覧の惨状であります。キサマのようなアホウに仕切られたこの船に同情するでありますよ」
「ううう、うるせえ! てめえだけは地獄に道連れにしてやらあ! 覚悟しやがれ!」
シャチ姐の正論パンチに激昂した海賊船長が、大きな体を広げ、威嚇するように襲い掛かる。
船を導くリーダーとしては落ち度があったけれど、喧嘩はかなり強そうだ。
「不味いな」
敵の戦力がそれなりに大きいと警戒した翔霏が、助勢のために渡り板に足をかけようとした、そのとき。
「就く仕事を誤ったな」
シャチ姐と敵船長の間にスーッと、気配もなく割って入った、黒ずくめの用心棒さん。
私の目には、ただ静かに素早く両者の間を通り過ぎたようにしか見えなかったのに。
「あ、あぁ!? なな、なんでぇ!? お、俺の、腕ェェ!!」
ぼとり、と筋肉船長のごっつく太い腕が、二本とも船板の上に落ちた。
「殺気がなかった……」
「な、なにが起こったのいったい?」
驚く私に、翔霏が状況を教えてくれる。
「黒服の放ったすれ違いざま一瞬の斬撃で、海賊船長の両腕は胴体とおさらばした。まるで柿の実を樹から手に取るような、自然に流れるような動きだった」
「おお、サムライ、ニンジャ」
前に一度、翔霏は「喧嘩ならシャチ姐と用心棒さん二人がかりでも、自分の勝ち」と言っていたけれど。
「あの男、私たちを値踏みしてわざとデクノボーの振りをしていたな。一足(いっそく)間合いの刀剣に限って言えば、あれほどの使い手は戌族(じゅつぞく)にもいないだろう。東海にはあんなやつがウヨウヨいるということか……?」
怖れるではなく、不敵にワクワクした笑顔で翔霏が語る。
いや、強いやつを探しにわざわざ東の国まで行きませんからね、翔霏さん?
ねえホント、やたらイイお顔をされてますけれど、行きませんよね?
私たちが得た教訓のその五は「切り札は大事なときまで絶対に明かすな」というところだろうか。
「安心するであります。アイツは郷(くに)で見つかる限り、一番の剣士を必死で探して雇った男であります。そうそうあれくらいの使い手がいてもらっちゃ困るのでありますよ」
シャチ姐が私たちの船に戻って、言った。
後始末、要するに敵船からの物資回収と、降伏した捕虜の緊縛は仲間に任せている。
そのとき、翔霏の顔をじっと見つめて。
「まあ、常識の埒外にいるような子は、別でありますが」
そう言って首を振り、自分の刀にこびりついた血を拭った。
「けれどお姐さん、前にあの用心棒さんを、街を荒らした偽の犯人として死なせようとしましたよね」
「冗談に決まっているのであります」
私の突っ込みは、まったくの無表情であっさりと返された。
冗談と本気の境目が、わっかんないよォ~~~。
会話の最中、返り血の一滴も浴びていない用心棒さんが来て、シャチ姐に訊ねる。
「捕虜はどうする。国に戻ったときに奴隷として売るのか」
「いえ、角州公(かくしゅうこう)に引き渡すのが良いでありましょう。ソチラさまの海を荒らすバカをついでに片付けてあげたと言えば、ワタシたちの心象も良くなるでありましょうから。長く引き連れても邪魔でありますし」
「そうか」
短く答えて、彼は再び敵船の後始末に戻った。
本当に、あっと言う間に一隻の海賊船が滅ぼされ、何割かは殺され、何割かは海を泳ぎ、残りの何割かが捕囚となった。
「北方無双の地獄吹雪どのから見て、ワタシの喧嘩は及第点をもらえたでありますか?」
楽しそうに訊くシャチ姐に、自他の船と海原を見渡し、翔霏が答える。
「完璧だと思いました。なに一つとして無駄がない」
「ええ、ワタシは無駄なことが嫌いな女でありますので」
アハハ、ウフフ、と女傑二人が軽やかに笑う。
おずおずと、その光景を見ていた鶴灯くんがシャチ姐に質問を投げた。
「シャチ姐、こ、こんなに、つ、強い、のに、ま、魔人の、軍師が、こ、怖いの、か? こ、こっちには、今、紺も、い、いるのに」
「良い質問でありますね」
不躾にも思えるその言葉に、シャチ姐は怒るでも馬鹿にするでもなく、丁寧な答えを続けた。
「ワタシができることは、他の誰かもできるものであります。その上で、除葛(じょかつ)はワタシよりも大きな規模で、多くの人員を手足のように動かし、ワタシがやって見せたような戦を、寝る間も惜しんで何度も何度も繰り返しているのであります」
「そ、そうか。すごい、のは、シャチ姐、だけじゃ、ないんだ……」
鶴灯くんに並んで私もその説明に納得する。
誰かができることは、他の誰かもできる。
むしろシャチ姐の戦闘行動は、運に頼る要素を徹底的に排除しているように見えた。
一から十まで合理的に海賊を退治するにはどうすればいいのか、その研鑽と経験の蓄積がシャチ姐の強みだ。
けれど、そのノウハウが強固で妥当であればあるほど、姜(きょう)さんも同じことを学び、身に付けることができる理屈になる。
再現性の高い方法ほど、多くの人に共有される運命にあるのだから。
準備とお勉強が大大大好きで、現場ではできる限り楽をしたいと考える姜さんなら、なおさら習得スピードは速いだろう。
大事なことをたくさん学ばせてもらった海賊退治、その初戦を終えて。
用心棒さんが、こんなことを報告した。
「良い報せと悪い報せがある。どっちを先に聞きたい」
「先に良い報せを聞いて、悪い報せを聞いても凹まない心構えをしたいでありますね」
これもシャチ姐メソッドの一つかな、と私は面白い気分になる。
「海賊ども、倉庫に歯鯨(ハクジラ)の胃石を抱えてた。今の俺たちの目標はそれだろ。一つは片付いたな」
「え、本当ですか嬉しすぎ」
それは間違いなくグッドニュースだ!
このお宝を抱えて、なりふり構わず角州の港に向かえば、ミッションクリアも近いよ!
うんうんと機嫌良さげに頷き、シャチ姐はもう一つの話題を促した。
「で、悪い方はなんであります。この後に聞けばたいていのことは大した問題ではないでありましょう」
黒服用心棒さんは、敵船の捕虜たちを見て。
少しだけ暗い顔に移り、言った。
「ここの連中、柴(さい)の部隊と一戦かまして、敵(かな)わずに逃げてる最中だったらしい。俺たちを襲ったのは、柴と交渉する賄賂や人質が欲しかったんだな」
「あのバカにややこしい取引を聞く賢さがあるとは、思わんがな」
翔霏が塩コメントを呟く。
え、でも蛉斬(れいざん)の部隊と衝突したのが、目の前で沈みかけている哀れな海賊船と言うことは。
「蛉斬がこのクソッタレどもを追討するため、今まさにこちらに向かっているということでありますか?」
「捕えた連中の話では、その可能性が高い」
姜さんの軍が活動する海域、行動範囲は、日を重ねるごとに指数関数的に広がっている。
相浜(そうひん)の街からちょっと離れたくらいのこの海では、平気で追いかけてきた蛉斬に、私たちは補足されてしまう!
「あのバカ大男め、なんでこう私たちに関わるときは決まって間が悪いんだ」
翔霏がうんざりした顔で落とした肩を、私が撫でて慰める。
「話し合ってわかる感じじゃないからねえ、あの人」
実際、話しても伝わらなかったから翔霏が喧嘩して、椿珠(ちんじゅ)さんが毒で腕を痺れさせたんだし。
今の私たちの行動も、海賊を退治した、返り討ちにしてやったと言えば聞こえはいいけれど。
外国人が昂国の海で私闘を繰り広げて、相手から物資を強奪したという解釈をされれば、この船がお縄にかかってしまうのだよなあ。
「キサマたち! 速やかに撤収であります! 捕虜と龍涎香(りゅうぜんこう)だけ運んでさっさと船に戻るでありますよ! 手間をかけさせるバカがいたら、沈む船に置いて行くであります!!」
「へ、へいっ! ただちに!」
「ニゲロ! ニゲロ!」
勝利の余韻も程々に、みんな慌てて自分たちの船、その仕事に戻る。
シャチ姐の海賊船潰し講座、最後に私たちが得た教訓は。
ちょっと勝ったと言っても、ハッピーエンドは程遠い!!
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