二百四十九話 火祭り
お米の収穫がほぼ全域で終わった晩秋。
相浜(そうひん)の街では、大規模なお祭り、神事が行われるというので、私たちも勉強はお休みしてお出かけ中だ。
案内をしてくれている籍(せき)先生が、かいつまんで教えてくれた。
「太陽神である炎の鳥に捧げるべく、稲わらを燃やしてかがり火を焚くんだよ。これから冬至を迎えるにあたって、太陽の力が弱まると考えられているからね。収穫への感謝とともに、神を応援して元気付けようという意味合いの祭事だ。無礼講でね」
要するにデカい炎を中心に据え、みんなで踊ったり騒いだりするパリピ祭りのようだ。
話を聞いた翔霏(しょうひ)が感心して私に言う。
「麗央那が前に言っていた通り、山や川の神ではなく、まずなにより先に炎と太陽の神を南方では祀るようだな」
「だねえ。北の方では季節の神事はもっと、厳粛な扱いだったけど、こっちは本当に楽しい飲み会って感じ」
みんなが楽しそうにしていた方が、太陽の神さまもひょっこりと顔を出して様子を見に来てくれるという思想だろうか。
どこかの神話にもありましたよね、そう言うエピソード。
セクシーダンスを披露する薄着のお姉ちゃんを見て、太陽神よりも先に軽螢(けいけい)が魅了されないか心配。
「煙の臭いがしてきたな。あっちこっちで燃やしてるみたいだ」
「メェ、メェ」
軽螢が言うように、街の中に点在する広場、公園のような多目的空間のいたるところがお祭りの会場になっているらしい。
一つの場所で大きくやるというわけではなく、おそらくは町内会のような小規模自治組織ごとに祭りを執り行っているのだろう。
近隣住民と日ごろから上手く行っていない人にとっては、微妙に肩身が狭いイベントでしょうな。
気楽な余所者で良かったと、心から思う。
「ひとまず近場で見物してみようか。この辺りなら物騒なことはないだろうからね」
籍先生に付いて行き、私たちは三角州の対岸近くに横たわる高級住宅街の一角の広場に足を踏み入れた。
「おやおや、芋博士じゃありませんか、ささ、どうぞどうぞ真ん中へ」
「来年の舶来(はくらい)芋は、出来はどうなりそうですかねえ? 先物をいくらか抑えようと考えているんですが」
紳士淑女が篝火を囲んで、穏やかに笑みと酒を交わしている。
籍先生と奥さんも手を引っ張られて、お酒の仲間に無理矢理組み込まれてしまった。
「おお果てしなき皇河(こうが)よ、永久(とこしえ)に恵みと癒しをもたらすものよ……」
「あそーれそれっ」
中には楽器を弾いている人もいて、それに合わせて手拍子を打つ人、気持ち良さそうに歌う人と様々。
皇河というのは南部を東西に流れる大河の古い呼び名、私たちも船旅で揺られたあの河川のことだ。
皇帝一族に遠慮して今は「良河(りょうが)」あるいは単に「南川(なんせん)」と呼ばれているはずなのだけれど、地元の人は気にしていないらしい。
「日本のお花見にそっくりだなあ」
懐かしさも相まって、思わず呟いた。
見ているものが炎なのか桜の樹なのかの違いはあるけれど、この解放的で楽しげな、そしてグダグダに緩い雰囲気は、まさに日本のお花見に通じるところがある。
私も高校受験を終えた春休みに、東京に買い物へ行くついでに上野の公園で桜でも見ようかな、と思っていたのだ。
その日に色々ありまして、気付いたら今こうして昂国(こうこく)で女学生やってるんですけれどね。
ともかく、年の豊作を感謝する神事の割に、この火祭りには宗教色や儀式的な性格が薄い。
ただひたすら飲んで食って歌って踊って楽しんでいる雰囲気が、日本の花見やバーベキューパーティーに似通っていた。
「お嬢さんたちは外から来たらしいね。お金なんか取らないからどんどん食べなさい」
「この歳になると、若い人たちがモリモリ食べているのを見ている方が気持ちいいのよ」
上品なおじさまおばさまたちにそう促されて、私たちは蒸し焼きにしたお肉を分けてもらう。
固い植物の葉で肉と野菜と香辛料を包み、それを鋼鉄製の鋤の上に乗せ、キャンプファイヤーの直火で蒸した料理だ。
「ホフホフ、熱い」
ジューシーな牛肉をもがーと頬張り、幸せそうな翔霏。
そう、このお肉はなんと、牛肉なのです!
「うううう、久しぶりの牛さん、おいちい……」
昂国に来てからというもの、お腹いっぱいに牛肉を食べる機会なんて、今まで一度もなかった……!
北の方は豚と羊、たまに狩猟で獲れる鹿がメインの肉なので、牛肉をあまり食べないんだよねえ。
こんなことで泣いてるのも情けないんだけれど、今日くらい良いじゃない、泣かせてよ!
この料理はいろんな部位のコマ切れが、ごちゃ混ぜで調理されているみたいだ。
「コリコリしてんのは一番目の胃かな。分厚くて食い応えあるなァ」
「こっちのはハラミの膜か。トロトロに柔らかくて、噛まなくても口の中で解(ほぐ)れるようだ」
ウシ科動物の肉、内臓部位にやたらと詳しい軽螢と翔霏が、どの部分の内臓が特に美味かというレビュー合戦を繰り広げていた。
私は正直、言われなきゃタンしかわかりません。
食べ放題の焼肉屋さんでタンばっかり追加注文してたら、お母さんに「お店の人に迷惑でしょ! 他の肉も食べなさい!」って怒られたなあ、と遠い眼。
ともあれ、優しい紳士淑女に「あれ食えこれ食え」と進められるがままにお腹を満たし、地域交流もグッドコミュニケーションで進む中。
「籍先生、少し鶴灯(かくとう)くんの家の方に行ってみても良いですか? 多分彼、お祭りの手伝いもしてると思うんで、様子を見て私たちも手を貸したいなーって」
私が申し出たことに籍先生も奥さんも、にっこり笑って納得した。
「おお、それは良いことだ。こっちは気にしなくていいから、ぜひ行ってあげなさい」
「向こうのみなさまにも、よろしく言っておいてくださいね」
お弁当代わりに更に肉野菜の蒸し焼きセットを持たされて、私たちはもう少し込み入った市街地エリアへ赴く。
相浜の街は「水路一本、川一つ越えたらもう別の街」と言われるほど、場所によって空気感や雰囲気が変わることで知られている。
鶴灯くんの住んでいる長屋もある「旧市街」と呼ばれるエリアは、中小の商店が点在する隙間に、労働者向けの宿や小さめの住宅がごちゃごちゃとひしめいている。
文字通りの、下町というやつだ。
「お祭りをするほど、広い場所ってあるのかな」
街を眺めながらきょろきょろと歩いていると、鼻を利かせた翔霏が気付いたことを教えてくれた。
「牛小屋のある河川敷の方、あっちから藁を燃やしている匂いがする。そこが宴会の場になっているんだろう」
「確かにあそこ広いから、火を燃やしても危なくねえもンな。牛肉もその場で調達できるし」
「メ、メメェ……?」
軽螢の言葉に「お、俺は食べられないよね?」と疑問でもあるような怯えた瞳を見せたヤギ。
ふふ、お前をこんがり焼くための炎は街の中いたるところに立ち昇っているからね。
どうなるかは、わからないよ?
「おうおう、お前さんたちも来たか。とりあえず駆けつけだ、祭りのときくらい、少しは羽目を外せよ」
河川敷の放牧地に着くと、さっそく椿珠(ちんじゅ)さんがお酒を勧めて来た。
いつから飲んでるのか知らないけど、なかなかに出来上がっている雰囲気だ。
「み、みんな、来たのか。ま、待ってて、今、肉、焼いてる。いっぱい、あるから」
焚火の番をしながら焼肉の加減を見守っている鶴灯くんが、汗をぬぐって言った。
私たちが持ち寄った食べものも周りにいるみなさんとおすそ分けをして、引き続きユル~い宴会が始まる。
「ささ、奥さんももっと飲ってください。俺の地元、毛州(もうしゅう)の酒もなかなかのもんですよ」
「みんなずいぶん遠いところから来たのね~」
鶴灯くんのお母さんにべったり寄り添ってお酌をする椿珠さんを見て、我ら若者たちはなんとも微妙な気分になる。
あんたぁ、シャチ姐に惚れ込んでたんちゃうんかい?
「せっかくの祭りなのに働きっぱなしじゃないのか? 火の番くらい私が変わるから、お前もみんなと酒でも飲め」
ツンデレな優しさを発揮した翔霏が、鶴灯くんの仕事を奪おうとするも。
「だ、ダメ、だ。ここの、火の番は、お、俺、だから。決まり、だから」
と、頑なに藁キャンプファイヤーの管理を譲ろうとしなかった。
その理由を、鶴灯くんのお母さんが、お酒でとろけた表情で教えてくれる。
座ってるだけなのに、一々いろっぽ過ぎるマダムである。
「炎の神さまは、女神さまだから~。お祭りで火をくべるのは、若い男の役目なのよ~」
「良い趣味してるなあ、鳳凰さん」
神さまの要望とあれば仕方ないと、私たち女子グループは勧められるがままに出されるものを飲み食いするだけの機械と化した。
「神さまが女だってのも、なんかピンと来ねぇ話だな。神さまなんだから男も女もないだろ、普通は」
北部出身の軽螢が、何気に示唆に富んだ深い疑問を口にする。
確かにほかの三神である龍も麒麟も獅子も、あまり人間的な性別を設定されてない神さまに思えるね。
きっと南部は文化的に深く長く母系社会を維持していて、男性的な王朝国家に組み込まれてからも無意識に女性の持つ神秘を尊いと感じているのだろう。
気のせいか、街の人たちも総じて女性に対して優しい気がするし。
鶴灯くんのお母さんも、文字通り至れり尽くせりにチヤホヤされてすっかりご機嫌である。
火の前に屹立して立派に肉を焼く我が子を誇らしげに眺め、しんみりと言った。
「うちの人はしっかり、鶴に『男の子がするべき仕事』を小さい頃から仕込んでくれたの。一昨年、漁に出たとき運悪く時化に流されて、母一人子一人になっちゃったけど、なにも不自由しないで暮らせるのはみいんな、うちの人が鶴を躾けてくれたからなのよ……」
「海の事故で、お父さんは亡くなられたんですか」
私は初耳だったけれど、椿珠さんはすでに知っていることらしく、うんうんと感慨深げに頷いてその話を受ける。
「鶴は本当に街のこと、川のこと、海のこと、なんだって知ってるからな。お会いできないのが本当に残念だが、親父さんがよほどしっかりした人だったんだと、言われなくても分かる気がするよ」
「不良息子には耳の痛い話だな。実家が大変なことになっているというのに、はるばる南まで来て昼間から酒を飲んでるのだから」
翔霏の鋭すぎる突っ込みが放たれて、渋面を作った椿珠さん以外の全員がケラケラと笑った。
そのとき、他の酔客が私たちに向かって、ヘロヘロのていで問いを持ちかけて来た。
「おお~い、ここに竹筒を置いたままにしたやつは誰だぁ? おおお、俺が飲んじまうぞぉ、ひゃひゃひゃ」
全員、顔を見合わせる。
私たちが持って来たものではない、と首を振ってジェスチャーする。
「なあ~んだよぉ、誰かが忘れてったんかぁ? それならもったいねえから飲まねえとなあ、へへへ、儲けた儲けた」
酔っ払いは実に嬉しそうに、竹筒の詮をポンと開けて中身をゴキュゴキュと実に美味しそうに飲む。
お祭りだから、気が緩んでいた。
そう言ってしまえば、それまでだけれど。
「……うぅ、うっぐぅ!?」
由来不明のお酒を拾い飲みした男性が、驚いたように、苦しんでいるように呻く。
「ブメエエエエエエエエエッ!!」
「おっぶぇ!!」
異変を察知して、誰よりも早くヤギが反応し、男性のお腹に全力タックルをぶちかました。
「メエッ! メエエエッ!!」
「おぐ、おぶ、おごっぇ……」
男性を転ばせた後も、執拗に背中に体当たりを食らわすヤギ。
のた打ち回りながら、男性は口から反吐を吐き、地面に撒き散らす。
「毒だ! 吐かせろ! 誰か水を持って来い!!」
次に事態が緊急であると察したのは翔霏だった。
男性に駆け寄るなり、無理矢理に喉の奥へ指を突っ込んで、胃の中にあるものを一滴残らず吐き出させる。
「な、なに? なんなの?」
フヌケて驚いている私の耳に、遠くからさらに二つ、三つと、怒声が聞こえて来た。
「誰かが毒を置いて仕掛けやがった!! こんなめでたい祭りの日だってのに!!」
「ああ、あんたぁ~~~! 起きとくれよ! あたしを一人にしないでおくれよ~~~!!」
あんなに幸せだった祭りの場が、一瞬にして悲しみと怒りの充満した空間に変わって行った。
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