二百二十七話 最強、同舟

 はじめての土地、腿州(たいしゅう)。

 舟による優雅な川下りの旅、のはずであった。

 

「変な気ィ起こすんじゃねーぞゥ!?」

「大人しくしてりゃあ、こっちだって鬼じゃねえんだからよぉ!?」


 私含めたいつもの面子四人、プラス白ヤギは、やたらと語尾を上げて巻き舌で喋る男たちに、恫喝され取り囲まれている。


「ええと、まずは質問しますけど、いったいなにが目的で私たちの舟は止められているのでしょう?」


 両手を上げた降参ポーズのまま、私が尋ねる。

 男たちはニヤニヤ、へらへらと笑い。


「決まってんだルォン!? つべこべ言わずに出すもん出しゃぁいいんだよぉゥ!?」

「隠し通そうったって、そうは問屋が卸さねーからなぁ!?」


 お約束のような返答を投げ返してきたのだった。


「最悪、金なら渡しちまってもなんとかなるぞ」


 小声で椿珠(ちんじゅ)さんに言われたけれど、一つ要求を飲めばさらに相手が調子に乗って、あれやこれやと追加を言われるかもしれない。

 翔霏(しょうひ)の様子をちらりと確認したところ、どうやら「逃げる」ためにはどうすればいいのか、周囲を観察して考えている気配だ。

 いくら泳げない翔霏と言えど、板や荷物袋を浮き輪代わりにすればなんとかなるかも、多分、自信ないけれど。

 一つ大きな問題は、私たちだけ逃げちゃうと舟に乗ってる他のお客さんや、乗組員さんたちに多大な迷惑をかけてしまうということだ。

 ひとまず手のジェスチャーとアイコンタクトで翔霏の行動を抑える私。

 

「抵抗しないから、どうか命だけは~~~」

「メエェェ~~~~」


 勝てないと分かった瞬間に五体投地して完全服従の意を示す、非常に切り替わりの早い軽螢であった。


「へっ、わかりゃいいのよ」

「てめえら! 隠されてるもんを引きずり出すぞォゥ!?」

「オオオオーーーーッ!!」


 私たちに刃向う意志がないことを確認した男たちは、舟の後部にまとめて置かれた乗客の荷物を漁……らなかった。


「ワンワン! バウッ!」


 彼らは元気な長毛の犬を連れて、荷物の周りをクンカクンカさせはじめたのだ。

 超でっかくて毛並みもふわっふわで、賢そうで可愛いワ~~~ン。


「な、なにいきなり犬なんかと遊んでんだあ、あいつら?」

「メエェンッ……!?」


 軽螢は疑問を。

 ヤギはおそらく「マスコットとして自分とかぶっているライバル」を牽制する声を出した。

 いやまあ、名前すら与えられてないただの野ヤギがマスコットだと思ったことは、私は一度もないけれど。

 さて、犬を連れた荒くれものたちは、しかし目ぼしいものを発見できなかったのか。


「……クンクン、クゥ~~~~ン?」

「っかしいなおい!? 調子悪いんかよワン公!?」

「こいつらがヤベー薬を隠し持ってんのはよぉ、まるっとお見通しなんだぜェ!?」


 なにやら、人聞きの悪い聞き捨てならないことを言ってのけた。


「そんなもの、持ってねーですよ、私たちゃ」

「俺たちが調べてんだよ! ちょっと黙ってろや!」


 私のまっとうな抗議は、大声で封殺されてしまった。


「あの犬、訓練された麻薬犬なのかな?」


 私の呟きに、椿珠さんが物珍しそうな顔をした。


「なんだいそいつは。阿片でも食わせてラリパッパにした犬のことか」


 そんな犬、役に立たねーだろ。

 なんの意味があって可愛い動物をガンギマリにさせなきゃならないんだよ、キモいし可哀想だわ。


「違くって。麻薬とかの臭いを犬に覚えさせて、国境とか港で荷物の中に悪いものが隠されてないか見破る犬のことですよ。私の故郷では普通に警察とか軍隊で使ってました」

「ほお、そこらにいるような犬っころがねえ。そんなに賢い仕事をできるなんざ驚きだ」


 犬かあ、としきりに呟いて、椿珠さんはまたなにやらどうしようもない商売の思索に憑りつかれた。 

 今の状況がわかってんのかね、このお気楽兄ちゃんは。

 そして自分たちの思惑が上手く運んでいない川賊たちは、犬を囲んで声を荒げている。


「ねえわきゃねえんだ! もっとしっかり探しやがれ!」

「服の中にでも仕舞いこんでやがんのか!?」


 荷物置き場の捜索を諦めた彼らは、私や翔霏の方を睨み、ワンちゃんをけしかけて来た。


「オラァッ!? あの女どもが隠してんだろぉ!? しっかり調べろよワン公!!」

「バウワウッ。ワフゥン」


 トテトテと私の方に歩み寄ってくる大型犬を、私はもろ手を広げて歓迎する。


「あ~可愛いね~。なに食べたらそんなにおっきくなるのぉ~? ほら干し肉あげちゃう~」

「キャウンキャゥン、ワフッ!」


 北原流畜生懐柔術奥義「とにかく甘やかす」が発動!

 私の手をぺろぺろと舐めて干し肉の欠片を美味しそうに食べたワンちゃんは、その後もへっへと舌を出してごろりんとお腹を見せてくれた。


「え、ここ? ここを撫でて欲しいの? や~ん甘えんぼちゃんですね~~いっくらでもモフモフしてあげちゃうよ~~ほれほれうりうり」

「クゥンクゥ~~~ン」


 籠絡、確認!

 このゴッドハンド麗央那の前では、勝利など容易い……。

 敗北を知りたいと思う、数え十七の秋であった。


「メェッ! メメェッ……!」


 普段自分にはしないくらいの猛烈な愛撫を、初対面の犬に私が施しているのを見て、ヤギが切なく吠えていた。

 知らんよ、きみは軽螢とイチャイチャしてなさい。


「お、おぃ女ァ!? ととと、取り調べの邪魔をすんじゃねえよ!?」

「く、クソッ、ワン公が敵の手に堕ちやがった……!?」

「お、俺ちょっと舟から『蛉大兄(れいたいけい)』を呼んで来っからよぉ! テメーらまでいいように言いくるめられんじゃねーぞォウ!?」


 叫び、慄き、走る男たち。


「船乗りの、蛉(れい)……?」


 彼らの様子を見、台詞を聞いて、椿珠さんがなにかを思い出し、告げた。


「あんたらひょっとして、腿州公から依頼されて不審船を取り締まってる『蹄湖(ていこ)義船隊(ぎせんたい)』じゃないか? 蛉って珍しい名前の親玉がいる組織、そうそうあるわけないからな」

「んだこるァ!? 最初にそう言っただろうが!」

「俺らが『仕切ってる』この川で、悪辣な商売なんてさせねーからなァ!?」


 いや、言ってない!

 言ってないよ~~~~!!


「って、あんたたち、名乗りもせずにこっちの舟に乗りこんで来たんじゃん! 威勢よく『討ち入りの時間だゴラァッ!?』とか叫びながらさあ! お門違いもいいところだよ!!」


 場にいる中の誰よりもさらにデカい声で、私は相手の挨拶不備を糾弾する。


「い、言ってなかったっけか?」

「お、俺ァてっきり、他の誰かがもう名乗ってるもんかと……」


 途端に相手のテンションが駄々下がる、

 は~~~~、なにこいつら、これでも「公的に」悪い舟を取り締まってるつもりだったの?

 州公さまあ、こいつら使えねえんじゃないかなー?

 

「どうして私たちの舟が怪しいと目を付けたんだ? おかしな挙動でもあったのか?」


 状況を極めて冷静に観察している翔霏が訊いた。

 そうそう、なんで私たちが悪者扱いされなきゃいけないのさ。

 いくらバカどもの勘違いや思い込みだからと言って、なにかそう思われる要素があったなら、改善点の一つでもある。


「い、いや、この辺りじゃ見ねえ舟だったしよ……」

「乗員も客も、知らんやつらばっかりだったからなぁ」

「そ、それによ、おめぇらみてえな若いモンだけつるんで舟旅してるなんて、おかしいだろ?」


 勝手に抱いた違和感を口々に言う自称、蹄湖義船隊のみなさん。

 一つ一つの要素に対して、私は丁寧に申し開きをする。


「まずこの舟は新しく造ってもらったばかりなので、見覚えはなくても当然だと思います。私たちも、舟を操ってくれる乗組員さんたちも、南方の住人ではなく翼州(よくしゅう)から来たんです。だから顔を知らないのもそのせいですね」

「じゃ、じゃあなんだってこんな若造ばっかりで、北のモンがわざわざ南方に来ンだよぉ!?」

「そうだそうだ、紛らわしいんだコノヤロウ!?」


 彼らの詰問に、翔霏は大事にしまっていた私たちの身分証を開いて提示する。


「農業を学ぶため、腿州に留学に来たんだ。私もこっちの女の子も国、朝廷の女官で、この仕事も朝廷からの指示だ。男二人は、なんとなくくっついて観光しに来ただけだな」


 翔霏の説明に重ねて、私も相手方の目をきつく睨んで言う。


「というわけですので、私たちに危害を加えると昂国(こうこく)、朝廷から直々に罰が下ります。朝敵、逆賊になりたいのならお好きにどうぞ」


 イヤミっぽく、敢えて上から目線で強めに言った。

 相手が躊躇っているこの空気で、ガンガン押して行った方が後の運びが楽だと思ったからだ。


「ど、どうする?」

「こいつらの言ってることが本当かも、わからねーしなァ……?」

「やっぱり蛉の兄貴に判断してもらうしか……って、オイィ!?」


 男の一人が、翔霏が見せびらかしている朝廷発行の証書を見て、素っ頓狂な子を上げた。

 そして、澄ました顔で立つ翔霏を見て、まるで浜辺で巨大サメを見たように後ずさりして、言ったのだ。


「こ、こここ、こいつ、翼州の紺(こん)だ! 皇都と北方を猛威で吹き荒らした『地獄吹雪の紺』じゃねーか!?」


 なんだ、それ。

 地獄吹雪の、紺。

 ダメだ、笑うな。

 絶対に笑ってはいけない舟の上24時である。


「なっ!? こ、こいつがあの『北方無双』の、紺翔霏かよ!?」

「い、生きてたのか……!? 噂では流行り病にかかって、死に目を誰にも見せないために西方に旅立ったって聞いてたが……」


 わけのわからないことを言われて、翔霏は本当に意味不明、理解不能だと眉をひそめ、ぽかんと口を開ける。


「な、なに……? 吹雪が、なんだって?」

「恥ずかしい二つ名付けられちゃってるね、翔霏ってば。いや、ちょっとカッコいいかな。ギリギリでナシ寄りのアリ」


 事態解決まで、笑うんじゃない、麗央那!


「わけがわからん。麗央那もこいつらも、なにを言ってるんだ?」


 私には、少しだけわかってしまう。

 若い身空で皇帝のお城と北方全域を戦い抜いた翔霏という可憐な女の子。

 その物語は、噂話に尾ひれがついて「伝説化」してしまったのだろう。

 で、遠く離れた南方では、実績の原型は跡形もなくなってしまった、と。

 さて、男たちは怯えて翔霏は戸惑っているけれど、私はこの状況を利用しなければいけない。


「そう、あの『紺翔霏』が、天下万民を救いたいという皇帝陛下の思し召しもあり、こうして南方に学びに来たの。わかったら、舟を通してくれると嬉しいなあ。でないと、どうなっちゃうかわからないから、フフ、フフフ……」


 悪ぅい笑顔を浮かべて、私は男たちを圧迫する。

 ここの空気は、完全に私が掌握した。

 問題なく舟旅を進められるだろう、と思っていたら。


「本当か! 本当に『あの』紺なのか!!」


 相手方の船から、これまた私にも負けないくらいのバカデカい声で叫ぶ人物が乗り込んできた。

 昂国八州、その北側四州だけでなく、国境を超えた北方西方でも最強「だった」翔霏と。


「生きている間に相見(あいまみ)えるなんて嬉しいな! 偽者でなければ、の話だが! どれ、俺っちが一つ、その伝説の真偽を試してやろうか!!」


 南部四州で、今もなお最強の武名を誇る男が、このときはじめて出会った。

 天を摩るほどの巨漢を見て、椿珠さんが教えてくれる。


「南川(なんせん)無双、柴(さい)蛉斬(れいざん)だ……」

「知ってるんだ、椿珠さん」

「ああ、昔、若い頃にちょっとな」


 思わせぶりな台詞はともかくとして。

 バキバキに引き締まった体が服の上からでもわかるほどの蛉斬という男。

 翔霏を見て、実に楽しそうに笑う。

 対する翔霏はと言えば。


「ふむ……」


 相手の体全体を、いつもより厳しめの無表情で、じっと見ていた。

 ただ、じぃっと見続けていた。

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